昭和8年創業の銭湯は「誰にも閉じない場所」 小杉湯三代目の、老舗と街をつなぐ挑戦

難波寛彦

創業から90年を迎えた東京・高円寺の老舗銭湯、小杉湯。音楽ライブなどのイベント開催や異業種コラボなど、老舗ながら革新的な取り組みを行い各界から注目されています。長い歴史をもちながら今なお変革を続ける小杉湯の三代目当主、平松佑介さんにお話を聞きました。

東京都杉並区の高円寺にある銭湯、小杉湯。建物は国の登録有形文化財にも登録されている長い歴史をもつ老舗銭湯は、今年の7月で創業から90年を迎えました。

独自の「中央線カルチャー」を牽引する高円寺の街を拠点とする小杉湯は、住民たちに愛される老舗銭湯でありながら、音楽ライブなどのイベント開催や異業種コラボなど、革新的な取り組みも注目の的。そんな小杉湯を率いているのは、三代目当主として家業を継いだ平松佑介さんです。

平松佑介(ひらまつ・ゆうすけ)/ 小杉湯 三代目当主。1980年、東京・高円寺生まれ。
大学卒業後、住宅メーカーに就職。ベンチャー企業の創業を経て、2016年から家業の小杉湯で働き始める。2017年に株式会社小杉湯を設立し、2019年に代表取締役に就任。1日に1,000名を超えるお客さまが訪れる銭湯へと成長させ、空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」など銭湯を基点にしたコミュニティを構築。2020年に会員制スペース「小杉湯となり」、2021年にサテライトスペース「小杉湯となり-はなれ」をオープン。同年、WEBメディア「ケの日のハレ」も立ち上げた。
Hirohiko Namba / OTEMOTO

大学卒業後、平松さんが新卒で就職したのは住宅メーカー。まずは社会のなかでチャレンジし、成長したいという考えからでした。

「就職した会社では不動産営業の仕事を経験し、その後はさらなる挑戦のためベンチャー企業も立ち上げました。BtoCとBtoBの両方の仕事ができたことは、とても貴重な経験でしたね」

一方で、36歳で家業を継いだ当時は、ローカルな仕事では世界が狭まってしまうような気もしていたという平松さん。しかし、実際に小杉湯で働き始めてみると、訪れてくれるさまざまな人たちとの関わりによって、むしろ世界は広がったと話します。

危機感が原動力に

戦後の日本では、公衆衛生を担う社会のインフラとしての側面もあった銭湯。しかし、その後の高度経済成長を経てユニットバスなどが普及したことで、平松さんが幼少期を過ごした1980年代にはすでに斜陽産業となっていました。

「小杉湯を継いでからは、『銭湯は社会に必要なのか?』という問いが常にありました。経営する過程で必要な存在であると確信することはできたものの、同時にこれまでのやり方では難しいとも感じていました。そのため、さまざまな試みに挑戦しているのは危機感からです。斜陽産業であることがむしろ原動力になっていましたね」

筆者も実際に小杉湯を訪れてみて感じたのは、銭湯を利用するハードルの低さ。タオルのレンタルやアメニティの充実など、従来の「銭湯観」を覆す利便性の高さが印象的でした。

「小杉湯を継いだ当時に参考になったのは、スターバックスコーヒーの『サードプレイス(自宅でも職場でもない第三の居場所)戦略』です。少し時間ができたタイミングでふらっと訪れることができる、そんな場所にすることが重要だと考えました。そのため、女性でも手ぶらで来ることができるよう、シャンプーやコンディショナーをはじめ、クレンジングオイルや化粧水なども備え付けにしています。まるでF1で車がピットインするように、日常のなかで心と体が『ゆるまる』ような場所を目指しています」

Hirohiko Namba / OTEMOTO

人と人とのつながり

さまざまな企業や団体とのコラボレーションも行っている小杉湯では、2023年9月18日から1週間にわたって、保護猫団体の持続的・自立的な活動を支援するneconote(ネコノテ)とコラボした「ねこの湯」と題したイベントを開催中。浴室内で、保護猫の譲渡会や実在の保護猫をモデルとしたグッズ販売などを実施しています。そのきっかけとなったのは、コロナ禍で小杉湯の隣にオープンした「小杉湯となり」でした。

平松さんの祖父が遺した風呂なしアパートだった建物を改築し、建築家の加藤優一さんをはじめとする小杉湯のファンたちがオープンさせたのがこの会員制スペース。1年間限定の銭湯付きアパートメントとして2017年2月に始まった「銭湯ぐらし」というプロジェクトを経て、銭湯付きコワーキングスペースとして活用できる施設として2020年3月にオープンしました。

「そんな『小杉湯となり』の会員で、以前からの知り合いでもあったのが、neconote(ネコノテ)代表取締役の黛純太さんです。実は、開催中の『ねこの湯』は、黛さんら会員と『小杉湯となり』のスタッフの話が盛り上がったことで実現したイベントなんですよ。最初から企画しようと思って開催したものより、会員やスタッフ同士の出会いや対話によって実現したイベントが他にも数多くあります。小杉湯でのプロジェクトは、こうした人と人が関わることで生まれるプロセスを大事にしています」

左奥から、小杉湯と小杉湯となり
Hirohiko Namba / OTEMOTO

街の良さを大切に

2024年には、東京・原宿の神宮前交差点にオープンする商業施設「ハラカド」内へ2店舗目となる銭湯をオープン予定の小杉湯。高円寺というホームを離れての挑戦となりますが、原宿での開業をどのように位置付けているのでしょうか。

「銭湯を開くという点に関して、『人と街を繋ぎたい』という思いに変わりはありません。ですから、原宿店においても富士山の壁画やミルク風呂、温冷交互浴など、小杉湯のアイデンティティを大切にしています。一方で、原宿という街の特性を考え、休日に遊びに来る方や、観光で来日した外国人観光客の方も利用しやすい場所にしたいと考えています」

Hirohiko Namba / OTEMOTO

自身が継いだ小杉湯を、「誰にも閉じない場所」だと語る平松さん。今後の銭湯の経営、そして次世代へ継承していくために大事にしていることとは。

「かつては『体を清潔にする』という公衆衛生を支えるインフラだった銭湯も、現在は心と体の健康を保つための場所へと変化しています。だからこそ、誰に対しても閉じないというスタンスを重視しているんです。今ではなくなりつつある書店や喫茶店、映画館など、日本の人々の日常を支えてきた街の良さを大切にしながら、時代に合わせた取り組みを高円寺や原宿から行っていきたいです」

著者
難波寛彦
秋田県出身。玉川大学卒業後、外資系アパレル企業を経てファッション誌のウェブ版の編集に携わる。Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画を担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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