秋田から森の「民主化」を。植林だけで終わりにしない、人と森林の新たな関係性

難波寛彦

こどもたちが身近な自然で遊ぶことができる、自然環境教育事業の『森の学校』を展開する株式会社このほし。2020年に秋田県の五城目町に移住してきた代表取締役の小原祥嵩さんが、実際に現地で生活していくなかで気づいた今後の課題とは。そして、人々がさまざまな形で森林に関わっていくという、同社が掲げる「森の民主化」の目指す未来について聞きました。

【前編】家でゲームばかりしていたこどもたちに、身近な自然と触れあえる場所を。地域住民とつくりあげた秘密基地のようなツリーハウス

ーーツリーハウスを活用した自然環境教育事業のほか、エネルギー課題解決のためのコンサルティング事業も行われています。コロナ禍、そしてロシアによるウクライナ侵攻の影響でエネルギー価格が高騰したことも要因となっていますか?

秋田の寒い冬を乗り切るための暖房費が年々増加し、世界的なエネルギー価格上昇の影響を実感したことは大きなきっかけです。そこでふと思ったのは、「これだけ町内に森林があるのに、なぜエネルギー資源の調達は町外に依存しているのだろう?」ということ。多くの森林があり林業も盛んな五城目町であれば、未利用の間伐材などのいわゆる木質バイオマス(​​再生可能・生物由来の有機性資源)を燃やして発電ができるかもしれない。であれば、エネルギーも自給自足できるのではないかと考えました。

起業前は外資系IT企業で戦略コンサルタントとして働いていた経験もあるので、そのキャリアを生かして自治体向けのコンサルティング事業に着手することにしたんです。まずは五城目町役場に話を持ちかけ、町内でのエネルギーの自給自足について検討を始めました。

その際にポイントとなったのは、この町にどんなエネルギーがどれだけ必要で、それを生み出せるだけの資源、そして体制があるのかということ。まずはエネルギーについて調べてみましょうという役場へのアプローチを、コンサルティング事業としてスタートさせました。

木はたくさんある。でも…

こうして始めた五城目町のエネルギー資源の自給自足を検討する取り組みは、2024年3月で一旦終了しました。

結果的に、町内の森林を取り巻く現状を鑑みると、豊かな森林資源があるにもかかわらず、地域のエネルギーを賄うことは構造的に困難だということがわかりました。

理由として、木はたくさんあるものの資源としてすでに買い手がついているケースが多いこと。また、少子高齢化により林業の規模が縮小していくなか、現状でできることが限られていることの2つがあります。

特に、林業の規模が縮小していることにより働き手の数が少なく、今まで通り木を伐採して木材にするだけでも精一杯であることは大きな要因のひとつです。これまで以上に伐採しエネルギー資源として生かすことができるようにする体制は、現時点では構築できなかったんです。今回の取り組みでは課題が山積していることが明らかになりましたが、今後もさまざまな自治体に働きかけ、さらにブラッシュアップして同様の取り組みを行っていきたいと思ってます。

小原祥嵩さん
小原祥嵩さん
Hirohiko Namba / OTEMOTO

ーー主要産業だった林業の衰退とともに五城目町の人口も減少しています。コンサルティング事業に着手したことで得られた気づきはありましたか?

五城目町も含め日本の地方には森林がたくさんあるのに、100%の有効活用ができていないと感じましたね。日本の森林率は約66.4%で、世界平均の約30%を大きく上回っている世界有数の森林国ですが、現在は海外産の安価な木材も多く流通し、国産の木材が売れないという状況になっています。

さらに、戦後の植林などによって50年以上育った木が今やっと収穫期を迎えていますが、一度伐採してしまったらまた数十年に渡って待たなければならない。伐採後に手をかけられず放置された場合、どんどん禿山になってしまうんです。

企業森の新たな関係

長期的なビジョンを持ち、従事する人材を育てていかないと、林業はどんどん衰退していってしまうのではないか。また、熊も人里におりてくるようになり、こどもたちも森に寄り付かなくなる悪循環になることも不安に感じました。森を手入れをできる人材を増やし、そのための資金がしっかりと確保できるようにすることが急務だと思いました。

そこでスタートさせたのが、長期的な森づくりのために都市部や地元の企業と森林所有者をつなぎ、森林のスポンサーを募るマッチング事業です。これまではCSR(企業の社会的責任)活動の一環などで植林を進める企業もありましたが、私たちが提案しているのは企業として森林を所有すること。

企業が森を持っていれば、カーボンクレジット(二酸化炭素などの温室効果ガス排出削減量を企業間で売買可能にする仕組み)のような形での価値としての転換や、ワーケーションやアクティビティの場所として、従業員などステークホルダーに活用してもらうこともできます。あるいは、地元企業が地域に貢献することで自社のイメージアップにつなげられるなど、植林をして終わりにするだけではない、森林との新たな関係の提案です。

ーー地方の森林にまだまだポテンシャルがあると感じたんですね。新たな関係を構築していくため、「このほし」としてどのようなことができると考えますか?

数十年後に育つ木材のためだけには資金を投じづらい企業も、森林を所有するという形を選択することで、そこから得られるさまざまなメリットを享受できる。さらに、権利を持ちながらも管理することができず困っている所有者さんも、森林の有効活用につなげることができます。

もちろん、離れた場所で資金だけを捻出していては企業も不安に感じると思うので、私たちが間に入って森の現状や進捗もお伝えし、森の状況をふまえた活用方法もその都度提案したいと考えています。森の成長フェーズに合わせてどのようなメリットを享受できるのかを知ることができるプラットフォームとして、このほしが機能していきたいと考えています。

このほしの勉強会の様子
写真提供:株式会社このほし

ーー森林の所有者もいる五城目町の住民や役場とはどのように関わっていますか?

日本の特徴として、林業従事者以外が森林のなかに入ることはほとんどないということがあります。土地を所有している人ですら、滅多に入ることはないというケースも多いんです。そこで、ツリーハウスなどを活用した自然環境教育事業の『森の学校』で、こどもたちが森林に慣れ親しんでいる姿を親や祖父母などに見てもらう。それが、代々受け継いできた地域の森林に目を向けるきっかけになればと思っています。

自然環境教育事業の『森の学校』でも活用しているツリーハウス
写真提供:株式会社このほし

また、五城目町と地域住民のみなさんとは「脱炭素化の推進」の取り組みを通し交流を続けています。エネルギーの自給自足にはさまざまな課題がありましたが、バイオマスを用いたエネルギー創出事業などで、今後の可能性を検討中です。

今後、エネルギー視点でどのように町を変えていくべきかを役場とも話し合い、脱炭素化に向けた1.5ヶ年のマスタープランも策定しました。地域住民向けのワークショップの開催や、専門家を講師として呼んだ地方議員を対象にした勉強会も開催しています。地域の人たちとともに町としてできることを模索し、地域のエネルギー課題を見直している最中です。

「森の民主化」のために

ーー会社設立のきっかけとなったツリーハウスをはじめ、地域住民との連携も大切にされています。自然と人のさまざまな関わり方を模索されている印象ですが、このほしの今後の展望について教えてください。

「このほし」という会社名の由来は、地球という惑星としての「この星」、そしてひとり一人が輝く「個の星」。森づくりやエネルギー資源の見直しを進めていくことで、ひとつしかない地球がこれからもずっと輝き続けていってほしいという願いを込めています。その実現のため、私たちが掲げているのは「森の民主化」です。

このほしのツリーハウスの案内板
Hirohiko Namba / OTEMOTO

元々、森は人々の共有財産だったと思うんです。もちろん、現在は所有している人や管理している人など権利を持っている人がいますが、それは人間が後から線引きしたこと。そんな思いがあるので、現代だからこそ実現できる新たな森への関わり方を、テクノロジーなども活用しながらデザインしていきたいと思っています。

そのために実現したいのが『森の民主化』なんです。所有者だけが存続のために頭を抱えたり、林業従事者だけが日々向き合う森の未来を憂うよりも、地域住民を含むさまざまな人がそれぞれの関わり方を見つけ、グラデーションのように森に関わっていく。そんな形が理想です。

ツリーハウスなどの自然環境教育事業や自治体向けのコンサルティング事業、所有者と企業をつなぐマッチング事業などもその一環。森に関わる人が多様化していく、あるいは森への関わり方が多様化していく。そんな未来を目指していきたいです。

著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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