家でゲームばかりしていたこどもたちに、身近な自然と触れあえる場所を。地域住民とつくりあげた秘密基地のようなツリーハウス

難波寛彦

人口約9000人の秋田県五城目町。2020年にこの町に移住した小原祥嵩さんは、地域資源エネルギー事業を展開する株式会社このほしを設立しました。そのきっかけとなったのは、シンガーソングライターのあいみょんさんも訪れたツリーハウス。その背景にあったのは、移住して目にした身近な自然を遊び場にできていないこどもたちの姿でした。

大規模干拓で知られる八郎潟の東に位置する、秋田県の五城目町。古くから林業が盛んな町としても知られ、町内にはブナやスギなどの広大な森林が広がる自然豊かな町です。

人口は約9000人ほどと決して大きな町ではありませんが、町も移住・定住支援に力を入れており、全国各地からさまざまな人たちがこの地に移り住んでいます。また、2013年に開設された廃校を活用したシェアオフィス「BABAME BASE」には、若き起業家たちも集います。

五城目町で地域資源エネルギー事業を行う株式会社このほしで代表取締役を務める小原祥嵩さんもその一人。2020年、それまで拠点としてきたベトナムからこの町へと移住してきました。

「これまでに住んでいたホーチミンや東京などの都会では、どこか気を張っていました。でも、ここはそういう場所じゃない。自然が身近に感じられて、いつも癒されているような場所ですね」

大学院修了後、外資系IT企業に入社し戦略コンサルタントとして働いていた小原さん。2010年には当時の同僚たちと共同で株式会社ハバタクを立ち上げ、ASEAN地域へのビジネス展開事業などを行ってきました。

「東南アジア諸国を中心に事業をスタートさせたのですが、これからのグローバル時代を考えたとき、世界に先駆けて高齢化社会となっている日本という足元を見ずして、世界を語ることはできないと思ったんです。なかでも、秋田県は特に少子高齢化が進行している場所。そこで、3人の共同代表のうち一人が移住しBABAME BASEに事業所を構えたことが、五城目町との最初の出会いです」

コロナ禍で叶った幼少期の夢

小原祥嵩さん
小原祥嵩(おはら・よしたか)/ 株式会社このほし代表取締役
秋田県五城目町在住。1982年兵庫県生まれ。戦略コンサルタントとして複数業界・業種のクライアントに対する組織・業務変革の支援を行ったのち、2010年、ハバタク株式会社設立。2011年ベトナムオフィス開設。 東南アジア各国を舞台にした人材育成事業及び当地域への事業展開支援を行う。2020年に五城目町に移住。 2021年人と自然が繋がりなおす暮らしの実践を目指し、株式会社このほしを創業。自治体向け脱炭素化コンサルティング事業などの展開をスタート。
Hirohiko Namba / OTEMOTO

日本の事業所の拠点に五城目町を選んだ小原さんたち。当時はベトナムのホーチミンに居を構えていた小原さんも、日本帰国の際は休暇も兼ねて事業所がある秋田を訪れていたといいます。

その後の2020年には自らも五城目町に移住。生活の拠点にも、自然豊かなこの地を選びました。

「秋田に移住してからも、ベトナムと日本の行き来は続けるつもりでいました。ですが、移住してしばらく経った頃には、すでに自由に海外に行くことができない状況になっていました」

小原さんが移住した2020年といえば、その後数年にわたって続いたコロナ禍の初期。行動制限などにより、それまでは容易にできた日本と海外の行き来もままならない状態になっていきました。

「当時、ハバタクで担当していた仕事はコロナ禍で全て白紙になってしまいました。そんなときに思い出したのが、五城目町の自然の豊かさに魅せられて移住したこと。せっかくなら、ここで思いっきり遊びたい。お金はないけど時間はたくさんあるし、こどもの頃からの憧れだったツリーハウスをつくってしまおうと思ったんです」

衝撃を受けたこどもたちの姿

憧れるきっかけとなったのは、幼少期に観た青春映画の金字塔、映画『スタンド・バイ・ミー』。劇中で主人公たちのたまり場として登場した秘密基地のようなツリーハウスを、移住したばかりの五城目町内に建てることを思い立ちます。さらに、移住して感じた違和感もツリーハウスづくりを後押ししました。

「田舎のこどもは野生児のように野山を駆け回っていると思っていたのですが、移住してみると印象が全く違ったんです。大人による車の送迎がないと遊びにいける場所もないし、最近は熊が出没して危険だからと山にも気軽に入らせてもらえない。では何をしているかというと、みんな家でゲームをしているんです。アウトドアブームで大人たちは森や山に繰り出している時代に、こどもたちは自然に囲まれた屋内から出ない…これには驚きましたね」

このほしのツリーハウス
地域住民たちとも協力してつくりあげたツリーハウス
写真提供:株式会社このほし

地域のこどもたちが、すぐそばにある豊かな自然を遊び場にできていなかったことに衝撃を受けたという小原さん。こうした背景もあり、五城目町でのツリーハウスづくりを計画します。興味を持ってくれた地域住民らが土地の提供をしてくれたり、建設技術を持つ人を紹介してくれるなどし、資金調達のためにクラウドファンディングも立ち上げました。その母体となる会社として設立したのが、現在の株式会社このほしです。

ゲームがなくても遊べるこどもたち

一方、この時点ではツリーハウスをビジネスと結びつけようとは考えていなかったと小原さんは振り返ります。

「ツリーハウスは、私のこどもの頃からの夢を叶えるため、そして森などの自然と地域住民をつなぐ入り口としてつくりたかったもの。ですが、自然のなかでの新たな発見や自由に遊ぶ体験などの機会を、これからを担うこどもたちのためにも増やしたいという思いがありました。そこで始めたのが、自然環境教育事業の『森の学校』です」

ツリーハウスで遊ぶこどもたち
写真提供:株式会社このほし

五城目町を含む秋田の自然のなかで、1泊2日もしくは2泊3日で行う『森の学校』。季節に応じた外遊びや、テントでの宿泊など、自然のなかでこどもたちが共同生活を行います。

「『森の学校』という名前ですが、特に何かを教えるというつもりはなくて。こどもたちに、自然のなかでとにかく目一杯遊んでみてほしいという思いで始めました。夏の川遊びや冬の雪合戦などの遊びもそうですが、お米を炊いたりドラム缶風呂を沸かすなど、暮らしていくうえで必要なことは、こどもたちにもできるだけ協力してもらうことを大切にしています」

あいみょんさんのサイン
ツリーハウスに残されたあいみょんさんのサイン
Hirohiko Namba / OTEMOTO

『森の学校』での遊びの拠点となっているのが、前述のツリーハウス。遊び場としてはもちろん、周囲の山に登る際のベースキャンプのような存在にもなっているなど、まさに『スタンド・バイ・ミー』に登場する秘密基地のような場所として活用されているのです。

2023年には、テレビ番組の撮影で五城目町を訪れていたシンガーソングライターのあいみょんさんもこのツリーハウスを訪問。壁面にはこっそりとサインも残されています。

「こどもたちを遊び場に連れていくと、何も教えていなくても走り回って遊び始めたり、『この先には何があるんだろう?』と探検が始まったりします。ゲームがないと遊べないなんてことはなく、場所さえあれば自然と遊ぶことができるんです」

「参加してくれている子たちは、初めての子から何度か参加してくれている子、小学生から中学生まで学年にもそれぞれ差があります。それでも、同世代同士で仲間になったり、年上の子がお兄さんお姉さんのような役割で年下の子をサポートしてあげるなど、こどもたち同士の連帯も生まれています。こうした機会をこれからもつくっていきたいと思っています」(後編に続く)

特集
OTEMOTO
著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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