「お姉ちゃん、女の子が好きなんじゃない?」スターバックスで働く母親が、こどもからの一言に動じなかったわけ

難波寛彦

教育現場や企業などでさまざまな取り組みが推進され、いま最も重視されている考え方のひとつである「多様性」。コーヒーストアチェーンのスターバックスでは、性的マイノリティの従業員に対するサポートもいち早くスタートさせ、2017年には「同性パートナーシップ登録」制度や「性別適合手術のための特別休暇」制度を導入。多様性を重視する姿勢は、当事者以外の従業員にもシナジー効果を発揮しています。

近年、教育現場や企業において推進されている多様性(ダイバーシティ)への取り組み。コーヒーストアチェーンのスターバックスも創業当初から多様性を重視し、ブランドが大切にする価値観の一つにも「お互いに心から認め合い、誰もが自分の居場所と感じられるような文化をつくること」を掲げ、人々の個性を尊重するさまざまなアクションを続けています。

2018年からInclusion&Diversityのテーマとしている「NO FILTER」に込められているのはは、​​「コーヒーを淹れるには『フィルター』が必要だけれど、人の心には『フィルター』をかけてはいけない」という思い。コーヒーストアチェーンならではの捉え方で、多様性を重視する姿勢を表現しているのです。

自分を認めてもらえたようだった

その一環としてスターバックスが力を入れているのは、性的マイノリティの人々に対するサポート。2017年からスタートした「同性パートナーシップ登録」制度や「性別適合手術のための特別休暇」制度など、独自の人事制度を導入し支援を強化しています。

「制度を利用することで同性パートナーを”家族”として登録することができ、会社に自分のことを認めてもらえたようで嬉しかったですね」と話すのは、東京都内の店舗でストアマネージャーを務めるAさん。パートナーはトランスジェンダー男性(FTM、生まれたときに割り当てられた性は女性だが性自認は男性)で性別適合手術は受けておらず、社会的には女性として生活しています。

同社の「同性パートナーシップ登録」制度では、申請のあった同性カップルに対し、登録した同性パートナーを”結婚に相当する関係”、”配偶者と同等”とみなすとしています。これにより、慶弔見舞等の特別休暇、育児や介護休職、転勤に伴うサポートや支援など、異性カップルの婚姻と同等の扱いを受けることができ、2023年12月時点では12名が登録しています。

スターバックスの従業員
写真提供:スターバックス コーヒー ジャパン

制度開始前だった2016年、それまでアルバイトとして働いていたスターバックスで社員登用となったAさん。その際にハードルとなったのが、社員の家族に関する申請でした。

「それまでは会社に対してもオープンにしておらず、勤務する店舗を担当するエリアマネージャーにだけ話をしている状況でした。ですが、もし私が勤務中に急に体調を崩すなどした際の緊急連絡先として登録していたのは、元々の家族である母親。当時はすでに現在のパートナーと一緒に生活していたので、真っ先にパートナーに連絡してほしいと思ったんです」

申請用書類を提出する際、パートナーを家族として登録することを考えたAさん。とはいえ、親や子でもない同性の人の名前があっては受け取る会社側も困惑すると考え、「私には同性パートナーがいるので、家族として登録してほしい」と一筆添えることにしたのだといいます。

その後、エリアマネージャーから「同性パートナーシップ登録制度がスタートするかもしれない」と聞いたAさん。2017年の制度発足後には、真っ先に制度を利用してパートナーを登録しました。

実は、同時期に社内でも制度の導入が検討されており、そのタイミングで届いたのが前述のAさんからのお手紙でした。現場で働く人からの声が直接届いたことで、「従業員にとって必要なことなのであれば導入したい」と、会社としても背中を押される出来事だったといいます。

多様性の尊重が当たり前に

スターバックスで制度がスタートした2017年当時、全国でパートナーシップ制度(同性カップルに対し自治体が独自に「結婚に相当する関係」とする証明書を発行し、様々なサービスや社会的配慮を受けやすくする制度)を導入していた自治体はわずか6市区町村(渋谷区・虹色ダイバーシティ全国パートナーシップ共同調査より)。

現在では328自治体(2023年6月時点)に増加し制度を利用する人も増えている一方、2020年の厚生労働省の調査では、「性的マイノリティに関する取組を行う企業が増加していると思うか?」という質問に対し、76%が「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答しているなど、認知が高まる一方で企業側の取り組みはまだ十分とは言えません。

このような状況のなかで、いち早く支援に乗り出したスターバックス。多様性を重視する姿勢は、LGBTQ+当事者の従業員だけではなく、その他の従業員にもポジティブな影響を与えるというシナジー効果も発揮しています。

「こどもが当事者だったことを受け入れることができたのは、会社が大切にする『Our Mission and Values』に共感していたからです」

「互いを理解し認め合う」など、スターバックスが大切にする企業理念と行動指針である『Our Mission and Values』の影響について振り返るのは、茨城県内の店舗でストアマネージャーを務めるBさん。こどものうち、ひとりがトランスジェンダーだといいます。

「長女(きょうだいの構成がわかるよう、以下『長女』と呼びます)が中学生の頃から、なんとなく気づいてはいたというか、見て見ぬふりをしていた部分はありました。LGBTQ+についての話を聞いて、なんとなく理解はしていても、『うちの子に限って…』と矛盾した気持ちがある親は多いと思うんです。いざ、自分の家族が当事者だと知ったとき、抵抗なく受け入れられる人は多くないかもしれません。私がすんなりと受け入れられたのは、会社が多様性を尊重することの大切さを伝えてくれていた影響も大きいんです」

スターバックスが大切にしている多様性を尊重する考え方を、普段の子育てにも生かしていたというBさん。そんなある日、きょうだいから衝撃的な一言が飛び出しました。

「次女が『お姉ちゃんってレズビアンなんじゃない?』と聞いてきたんです。私はその可能性があることも考えていたので『うん、だから何?』と答えたのですが、『え、ママは何も言わないの?』と。そこで、『何を言う必要があるの?誰にも迷惑をかけていないし、誰が誰を好きかなんて、あなたに関係ないでしょう?』と伝えたんです」

長女のありのままを受け入れる両親の姿を見て、徐々に自分自身もそうあるべきだと考えるようになっていったという次女。その後は、そうした両親の反応を離れて暮らしていた長女に伝えてくれたといいます。そのことが、後に長女がトランスジェンダーであるとカミングアウトしてくれたことにもつながりました。

「気づかれていると薄々感じていたこともあり、長女は家族と距離を置きたくて家を出ていたのだと思います。カミングアウトしたいという気持ちもあったと思いますが、やはり私たちの反応が怖かったのではないでしょうか。そんなとき、次女が間に入って本人に伝えてくれた。最も抵抗を感じていた次女が、最終的には突破口を開くきっかけになってくれたんです」

若い世代にも伝えたい

若者たちが多様な性について正しい知識を身につけ、安心して学校に通えるようになることを願い、スターバックスでは多様性やLGBTQ+に関する出張授業を開催する「レインボー学校プロジェクト」も開催してきました。これまでに、のべ50名の従業員が認定NPO法人とともに中学校、高等学校、大学などで授業を行っています。

スターバックスの「レインボー学校プロジェクト」の様子
「レインボー学校プロジェクト」の様子
写真提供:スターバックス コーヒー ジャパン

Bさんもこのプロジェクトに参加し、自身の経験をふまえたメッセージを若者たちに伝えています。

「当事者の家族、そして親としての立場で伝えられることがあると思うんです。長女は学校生活における性的マイノリティならではの問題もあり、一時期不登校になったことがあるのですが、当時私が感じていたこともありのまま伝えるようにしています」

「そして、当事者の若者たちに伝えたいのは、『カミングアウトしたとしても、家族はみんな絶対に味方だよ。何があっても家族であることに変わりはないし、あなたの味方だということを忘れないでね』ということ。当事者のこどもを持つ親である私だからこそ、多くの人に伝えたいメッセージなんです」

【おことわり】スターバックス コーヒー ジャパンからの要望により、一部の表現を記事公開後に変更し、画像を差し替えました(2024年4月19日18時)

著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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