子どもにカミングアウトされたら。どんな親にもできる、愛にあふれる接し方

難波寛彦

2019年に配信されたNetflixの『クィア・アイ in Japan!』に出演し、話題となったKanさん。2021年6月には、イギリスへの移住・同性婚を発表しました。性的マイノリティの当事者として発信を続けているKanさんですが、自身のセクシュアリティを意識し始めた幼少期にはさまざまな葛藤があったといいます。学校での体験や当時の心境を振り返るとともに、当事者の子を持つ親にこそ考えてみてほしいことについてうかがいました。

3歳の頃のKanさん
写真提供:Kanさん

中学2年生の頃、同じグループの男の子を意識し始めたKanさん。ですが、それが憧れなのか恋愛感情なのかはわからなかったといいます。そのため、当時は「女の子が恋愛対象ではないのかも?」と違和感を感じていた程度でした。

「小学生の頃は男女関係なく遊んだりしていましたが、中学生になると男女に分かれてしまい、僕も男子のグループに入ることになりました。男子の友人たちと恋愛の話になった際に好きな人の話題になったのですが、それは当然のように女の子の名前だったんです。僕が好きな人として挙げた女の子のことは人としては好きでしたが、恋愛対象として考えたことはなかったので、周囲との温度差を感じましたね」

「中学生当時の20年ほど前は情報も少なく、LGBTQ+という言葉も知りませんでした。当時、ゲイの人は『おかま』や『そっち系』などの侮蔑用語で呼ばれているイメージで、テレビでもオネエタレントなどのようにエンタメとして消費されていた時代でした。それもあって、『同性に惹かれちゃいけない、女性を意識できるようにしなきゃ』と真剣に考えていました」

Kanさんは、「異性愛中心主義が自分の中にも内在化していたんだなと思いますが、当時は情報も少なく、最初の数年間は気の迷いだと思うようにしていました」と振り返ります。

「ネットで情報を得ることもできたと思いますが、知ってしまったら自分の気持ちが引っ張られてしまいそうで怖かったんです。そもそも、どんな言葉で調べたらいいのかもわからず、『差別的で、余計に不安になるような言葉が出てきたらどうしよう』と不安に思っていました」

当事者も「加害者」に

Kan / カン
大学在学中にカナダへ留学。大学卒業後はイギリスへ渡り、大学院でジェンダー・セクシュアリティについて学ぶ。帰国後は化粧品会社に入社し、マーケティング業務を担当。2019年にNetflixの番組『クィア・アイ in Japan!』エピソード2に主人公として出演。性的マイノリティ当事者として、自分らしさやセクシュアリティをテーマにSNSでの発信や企業・学校での講演を行う。2021年に渡英し、パートナーとの同性婚を発表。

写真提供:Kanさん

LGBTQ+に関する情報も少なかった当時、Kanさんに追い討ちをかけたのは学校での出来事でした。

「保健体育の授業で、『思春期になると自然と異性を好きになる』と教えられました。すると先生は、『そうじゃない”そっち系”もいるけどね』と笑いながら話したんです。また、周囲に『お前ってオカマ?』と言われている同級生もいて、日常的にLGBTQ+を侮蔑するような発言が飛び交っている時代でした」

当時は、それが当たり前だと思っていたというKanさん。今振り返ってみると、自身もそうした発言をしてしまっていたかもしれないと話します。

「当時は僕が無自覚だったからということもあります。ですが、それ以上に自分がターゲットにされるのが怖く、自分自身を守るために発言してしまっていた側面もあったのだと思います。自分だけが『被害者』だったというわけではありません」

近年では、セクシュアルマイノリティ向けの居場所づくりや交流イベントの開催など、若年層をサポートする動きも広がっています。

しかし、その多くは首都圏や大都市に集中しているため、地方在住の子どもにとっては依然アクセスしづらい環境であることが現状です。大学進学で上京するまでは地方在住だったKanさんも、当時は同じ悩みを抱えていました。

「大都市までは電車で行くことができる距離の場所に住んではいましたが、まだ学生だった当時は交通費が高額だったこともあり、気軽に行くことはできない場所でした。とはいえ、そうしたイベントが開催されていたとしても、周りにバレたりすることが怖くて行けなかったかもしれません」

親だって一人の人間

両親にカミングアウトした17歳の頃のKanさん
写真提供:Kanさん

中学生以降も自身のセクシュアリティに悩み続けていたKanさんですが、高校2年生の頃に重大な決断をします。両親にゲイであることをカミングアウトしたのです。そこには、当時のKanさんならではの覚悟がありました。

「LGBTQ+についての情報も少なく、ロールモデルもおらず、性的マイノリティを排除する発言ばかりが目につく状況だったので、本当に『助けてほしい』の一心でしたね。もちろん、カミングアウトをすることで絶縁されたり、全否定される可能性があることも考えました。ですが、もはや人生に希望すら持てていない状況だったので、ダメ元でのカミングアウトでした」

当時、両親がLGBTQ+を肯定する発言を表立ってすることはありませんでした。しかし、否定する発言をすることもなかったため、「自分らしさを尊重してくれるのでは?」と淡い期待もあったといいます。そんな一世一代の覚悟で臨んだカミングアウト後、両親が最初にかけてくれた言葉は意外なものでした。

「両親は『KanはKanだから大丈夫だよ』と声をかけてくれたんです。当時はLGBTQ+に関する情報が少なかったこともあり、葛藤もあったと思います。なので、そういった言葉を真っ先にかけてくれたことがどれほどすごいことだったのか、今となっては痛いほどわかります」

両親に胸の内を明かすことができたKanさん。ですが、当時はカミングアウトのその先までを期待してしまっていたといいます。

「両親に否定されなかったことには安堵しましたが、当時の僕にとって、カミングアウトが暗いトンネルを抜けることにはつながりませんでした。両親が、情報や選択肢を与えてくれると思っていたからです。今になって思えば、僕は親の『全能性』のようなものに依存していたのかもしれません」

自身が大人になって初めて、「親というラベルを剥がすと、親も一人の人間なんだな」と感じられるようになったと話すKanさん。カミングアウトしたときの反応は、当時の両親にとっての精一杯の思いやりだったということを、今だからこそ感じられるといいます。

可能性を閉じないで

イギリスから取材に応じるKanさん
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20年ほど前と比べると、日本でも少しずつではありますがLGBTQへの理解が進んでいます。ですが、大切な我が子のこととなると、率直には受け止めきれないこともあるかもしれません。Kanさんも、「僕は親になった経験がありませんが、他人の場合と自分の子どもの場合とでは話が違うととらえてしまうことも理解できます」と話します。

では、もし我が子がセクシュアリティやジェンダーに悩んでいることに気づいたら、またカミングアウトをされたら、どのように接することが子どもの希望につながるのでしょうか。

「親御さんには、ご自身の気持ちがどこから来るのかを一度立ち止まって考えてみてほしいです。受け止めるにせよ、否定的な感情が湧き上がってしまったにせよ、まずは冷静になって考えてみること。『子どもの将来が心配』など、その気持ちを紐解くとさまざまな思いがあるかもしれません。ですが、問題の根源はお子さん自身ではなく、それを受け入れづらい社会にあるのです」

「感情的になって反応してしまうと、お子さんも心を閉じてしまい関係性を築きづらくなる可能性もあります。まずは『わからないから一緒に考えよう』『一緒に調べてみよう』といった率直な感想でもいいので、可能性を閉じるのではなく広げられるような接し方をすることが大事なのではないでしょうか。勉強や部活、学校での人間関係の悩みもある中で、さらにセクシュアリティについても悩むことはとてもつらいことです。ネガティブな言葉で、さらに不安にさせるようなことは避けてほしいですね」

2019年には、当時の英国王室のウィリアム王子(現、皇太子)が記者から「もし子どもが同性愛者だったら?」との質問を受け、「全く構わない」と回答したことが話題となりました。親は「全能」ではありませんが、子どもの自分らしさを受け入れようとすることはできます。ひとりひとりを尊重する社会の実現には、そんな親のアプローチが大きなカギとなるのかもしれません。

著者
難波寛彦
秋田県出身。玉川大学卒業後、外資系アパレル企業を経てファッション誌のウェブ版の編集に携わる。Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画を担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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