「秋田には何もない」という人に届け。規格外の果物や野菜を"楽しさ"に変える小さなお店

難波寛彦

秋田の果物や野菜などを使ったドリンク類を提供している、株式会社hinataが運営する「ひなたエキス」。同社の代表を務めているのは、大阪府出身の須崎裕さん。秋田の人にとっては日常とも言える新鮮な果物や野菜を、非日常のものに変えることによって生まれる楽しさとは。

日本一深い湖として知られる、秋田県仙北市の田沢湖。その湖畔へと向かう道の途中に、一軒の小さなお店「ひなたエキス」があります。

一風変わった店名の同店で販売されているのは、スムージーやポタージュといったドリンク類。素材に使われているのは、地元で採れた果物や野菜です。

ひなたエキスを運営する株式会社hinataで代表を務めているのは、「秋田弁が話せない大阪人」を自称する須崎裕さんです。

ひなたエキス田沢湖店
写真提供:株式会社hinata

「2009年、26歳のときにAIU(国際教養大学)入学のため秋田へとやって来ました。卒業後も秋田に残り、事業などを手がけながら住み続けています」

AIUへ入学するまでは、地元の大阪を離れ、長野や東京のホテルで働いていたという須崎さん。当時、東京のホテルは常に繁忙期のような状態で、利用者の多くは外国人。何度も日本を訪れているという”日本ファン”の外国人とも多く出会ったといいます。

「一方で、長野のホテルはオフシーズンになると利用者が激減していました。でも、東京で出会った日本ファンの外国人観光客たちは、どんどん地方にも足を延ばそうとしていた。そこで、『地方のホテルや温泉旅館に外国人がきたら、絶対に盛り上がるだろうな』と思ったんです。その後、秋田という地方にもかかわらず外国人が多くいる、国際色豊かなAIUのことを知り、そんな大学で学んでみたいと思い入学を決めました」

地域が真に求めていたもの

大学卒業後は、在学時に立ち上げていた旅行企画会社を運営していた須崎さん。地方の魅力を外国人にも伝えたいとの思いから始めた会社でしたが、事業を進めていくなかで気づいたのは、地元の観光業の需要とのズレでした。

「当時の会社でやっていたのは、地元の旅行業者や行政などと外国人観光客をつなぐ、いわばサポーターのような役割。それをやっているうちに気づいたのは、外国人が行きたがるような地方都市のホテルや旅館は、すでに受け入れ体制を整えているという事実でした。

一方で、私がサポーターとしてお手伝いをするのは、まだ海外の人たちを受け入れられる体制を整えられていない人たち。果たして、その人たちが本当に外国人観光客の受け入れという新しいマーケットを求めているのか?というとそうでもない。人手不足や地域の高齢化でやりたくてもできないという事情もあったかとは思いますが、実際に関わってみると、求められているのはサポーターではないなと思ったんです」

そうした状況のなか迎えたのが、2020年初頭からの新型コロナウイルスのパンデミック。観光業に大打撃を与えたコロナ禍での需要低下は、須崎さんの会社も例外ではありませんでした。ところが、須崎さんは「​​仕事を0にさせて”もらった”」と話します。

「これはある意味チャンスで、今なら完全にサポーターからプレイヤーに切り替えられるなと思ったんです。でも、運営する経験や実力もないのに、いきなり宿泊業は始められない。そこで目をつけたのが、地元でしか味わうことができない新鮮な食材でした」

写真提供:株式会社hinata

そのきっかけとなったのは、秋田県内にあった農家レストラン。地元で栽培された食材を使った料理の数々は外国人観光客からの評判もよく、外国人からの質問に張り切って答えるお店の人たちの姿も印象的だったといいます。

「外国人にとっては、ここでしか味わえないものがある。そして、お店の人は自分たちが栽培しているものだから自信を持っておすすめできる。何か同じようなことができないかと思い、仕事でも関わっていた農家さんたちに相談したところ、規格外の冷凍いちごを安価に提供してもらえることになったんです」

手間がかかっては意味がない

収穫の時期が限られているいちご。地元では、形や大きさなどが一定ではない、いわゆる規格外のいちごも販売されますが、それでも新鮮なうちに全てをさばききることはできません。こうした事情もあり、残った規格外のいちごはそのまま冷凍し保管されていたのです。

とはいえ、冷凍庫に入りきらないほどの量になってしまったら、残された道は廃棄のみ。そこで、須崎さんはこうした規格外の冷凍いちごの活用方法について検討を始めます。

「旅行企画会社では海外営業もしていたのですが、その時に出会ったのがタイの屋台で売っていたマンゴー。そのままカットしているだけなのにとてもおいしくて、しかもタイならではの自然も感じることができる。規格外の冷凍いちごを目にしたとき、一番最初にイメージしたのがそのマンゴーでした。その結果できたのが、規格外の冷凍いちごをそのまま使ったスムージーです」

写真提供:株式会社hinata

いちご以外にも、規格外の果物や野菜を使用しているひなたエキス。その最大の特徴は、農家に仕入れ量を指定していないことです。規格外の商品を安価で提供してもらっているからこそ、余剰品を買い取る形にしないと、農家にとってもメリットがないからだと須崎さんは話します。

「単純に、農家さんの手間を避けたいからです。例えば、農家さんは規格外のものも頑張ってパッケージして道の駅などで販売しているのですが、これは相当な手間がかかること。そこで、僕らは基本的に余剰品は全て買い取るというスタンスで取り引きをさせてもらっています。

こうすることで、農家さんがパッケージの手間まではかけられない余剰品を『これはひなたエキス用に』と、買い取り用に回していただけるという仕組みです。買い取る量は徐々に増えていっていますが、農家さんたちの手間はなるべく省くということは常に意識しています」

ひなたエキスの須崎裕さん
須崎裕(すさき・ひろし)/ 株式会社hinata 代表取締役社長
大阪府出身。ホテル勤務などを経て秋田の国際教養大学に入学し、在学時に旅行企画会社トラベルデザインを設立。2021年4月に業態を転換し、株式会社hinataに社名変更。
写真提供:株式会社hinata

試行錯誤を重ね、冷凍いちごをそのまま使ったスムージーやしいたけのポタージュなど、濃厚で自然の恵みを感じることができる「エキス」のような商品の数々が誕生。

こうして、2021年4月にオープンしたひなたエキスの1号店ですが、秋田新幹線が停車する田沢湖駅などが所在する市街地ではなく、郊外の道路沿いにポツンと建っています。

「僕たちは『自然と繋がる喜びを共有する』をミッションとしているので、1号店は自然を感じてもらえる場所に出店したいと考えていました。そして、顧客像も自然に目を向けている人。それらを考えたとき、国道と県道が交差し、著名な温泉地の乳頭温泉や玉川温泉、観光地の角館、そして田沢湖へと向かう際に通るこの場所がベストでした」

秋田の仲間とともに楽しみたい

こうして、創業から2年以上が経過したひなたエキスが大切にしているのは、商品を通じて楽しむことができる「非日常」。今後はより手軽に持ち帰ることができ、ギフトなどの需要に応えられる商品も検討しているといいます。

1号店は田沢湖に出店した店舗も、秋田空港に近い秋田店や、2023年12月にオープンした秋田駅トピコ店と県内の交通の要衝に出店。そこには、秋田を訪れる観光客だけではなく、秋田に住む人たちにも非日常を楽しんでほしいという思いがあります。

ひなたエキス秋田店
写真提供:株式会社hinata

「やはり、リピーターに多いのは秋田を訪れる観光客よりも県内在住の人。ひなたエキスをどんどん好きになり、応援してくれているという人も多いです。そんな秋田の人にとって、新鮮な果物や野菜は日常の身近な存在。それを僕らがひなたエキスでしか味わえないものに変えることで、非日常を楽しんでもらえると思うんです。

県内の人は『秋田には何もない』とよく口にされるんですが、そのなかでも楽しく生活を送りたいという欲求は多くの人にある気がしていて。秋田の日常を非日常に変えた商品を、僕たちが観光客に誇らしげに勧めていることで、『ひなたエキスが秋田で楽しんでいるなら、私たちも楽しみたい』という気持ちになってくれているんだと思います。

つまり、県内のお客さんは、同じコミュニティの仲間のような存在。ひなたエキスの商品や活動を通して県内の人に伝えたいのは、『秋田にも楽しみ方はあるよね、一緒に楽しもうよ』ということです。そんなメッセージを、今後も秋田の"仲間"に伝えていけたらいいなと思っています」

著者
難波寛彦
秋田県出身。玉川大学卒業後、外資系アパレル企業を経てファッション誌のウェブ版の編集に携わる。Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画を担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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