世界中から学びたい人が訪れる佐渡島の「学校蔵」は、人を循環させる情熱の沸点だった
新潟県の離島、佐渡島にある廃校が「学校蔵」として生まれ変わったのが9年前。アクセスが良いとはいえないこの場所にいま、世界各国から学びたい意欲のある人たちが集まっています。学校蔵で学ぶ内容は、酒造りから地域づくりまで多岐にわたります。教える人も学ぶというサイクルがあり、人と人とが交差する熱い校舎を取材しました。
「課題解決先進地」に
新潟港からカーフェリーで2時間半。佐渡の両津港に到着したら、バスに乗り、キラキラと光る海と黄金に輝く田んぼを眺めながらさらに1時間ほど揺られて、ようやくたどり着く西三川地区。かつて砂金で栄えたこの地の高台に建つのが、今回の目的地である「学校蔵」です。
学校蔵は、佐渡を元気にするための多目的施設として、1892(明治25)年創業の尾畑酒造が運営しています。趣のある建物は、2010年に閉校した西三川小学校の木造校舎だったもの。
閉校の話を聞いた尾畑酒造社長の平島健さんが「あの美しい校舎がこのまま朽ちてしまうのはあまりにももったいない。なんとか残せないか」と校舎を借り受け、二つ目の酒蔵として2014年に学校蔵をオープンしました。
そして10年目を目前にした今、学校蔵は尾畑酒造の二つ目の蔵以上の存在となっています。
「佐渡は高齢化や過疎化など、様々な地方の課題が集まる『課題先進地』と言われています。しかし裏を返せば、課題解決の先進地にもなり得るんです」
そう話してくれたのは、尾畑酒造専務取締役の尾畑留美子さん。学校蔵は、佐渡島を持続させていくための様々な取り組みを実験的に行い、世界中から人を惹きつけているのです。
目指すのは「サステナブル・ブリュワリー」
校舎の一部を改装した蔵で酒造りを行うのは、尾畑酒造の本蔵が休みの夏場のみ。使われるお米は全て佐渡産で、学校蔵周辺の棚田をはじめ、佐渡各地で契約農家さんに作ってもらっています。
さらに、グラウンドだったエリアとプールだった場所に太陽光パネルを設置し、再生可能エネルギーを活用しています。
出来上がったお酒は、佐渡で、佐渡の蔵人たちが、佐渡産のお米とエネルギーで醸した、正真正銘のオール佐渡産。サステナブルだというだけにとどまらず、最終的には、二酸化炭素を排出しない、カーボンゼロ・ブリュワリーを目指しているそうです。
リピーターを生むプログラム
お酒を造るだけでなく、学校蔵では、プロの蔵人と一緒にお酒を仕込む、1週間の酒造り体験プログラムを実施しています。もともと学校だったという場所柄、「面白い学びの場として活用したい」という平島社長の考えから生まれた人気のプログラムです。
プログラムの期間中、参加者は佐渡で過ごすため、食べ歩きマップなどを渡して地元の飲食店に行ってもらいます。すると、行きつけの店ができたり、地元の人と仲良くなったりし、酒造り体験を終えた後も、「あの居酒屋のマスターに会いたい」「蔵人さんに会いにきた」と、再び佐渡を訪れる参加者が出てくるといいます。地域とのつながりが生まれる仕掛けがあるからこそ、リピーターとなっていくのです。
筆者が訪れた日には、北米酒造組合が学校蔵と共同で企画した、酒造りの上級プログラムが行われていました。参加していたのはアメリカやメキシコで日本酒を造る4人の醸造家。同組合のアンドリュー・セントファンテ理事長によると、今回、初めて開催したにも関わらず、4人の参加枠に対して北米エリアに位置する12もの酒蔵から応募があったそうです。
参加者の1人で、ミネアポリスにある酒蔵「Mono-i」で日本酒を造っているニック・ラウリさんは、「本場で酒造りのプロに研修を受けることができる貴重な機会で、技術的な質問をピンポイントで聞けるのが嬉しい」と話してくれました。逐次発信している北米酒造組合のSNSの投稿への反応も良く、セントファンテ理事長は来年も学校蔵と共同で上級プログラムを開催することを検討しています。
このように、酒造りの体験プログラムには、国内にとどまらず、海外からの参加者も多いのが特徴です。これまでの7年間で、日本酒業界で働く人や日本酒好きを中心に、13カ国から100人が参加。プログラムの卒業生からの希望で昨年からは同窓会もスタートし、佐渡にいながら世界中につながりが広がっています。「この間ヨーロッパに行った時は、パリやロンドンで卒業生に会って......」と尾畑さんは笑顔で話してくれました。
教えるためには学ばないといけない
酒造り体験プログラムと人気を二分するのが、学校蔵の開始当初から毎年行っている「学校蔵の特別授業」。毎回、特別講師を招いて、「佐渡から考える島国ニッポンの未来」をテーマに「授業」を行います。地域エコノミストの藻谷浩介さんを筆頭に、これまで解剖学者の養老孟司さん、京都精華大学前学長のウスビ・サコさんなどが講師を務めてきました。
「授業」とは言っても、一方的に教えるのではなく、講師と生徒の双方がアイディアを出し合い、学び合う場というスタンスです。
尾畑さんは「主役は生徒」だと言い、佐渡内外から集まった生徒たちが白熱した議論を繰り広げます。最後の4時間目の生徒総会では、地元の高校生が発表するのが慣わしとなっています。
特別授業だけでなく、学校蔵で行われるプログラムはすべて、提供する側と参加する側の両方に学びがあるのが大きな特徴です。
「教えるためには自分も学ばないといけないんです」と平島社長は言います。
「酒造りプログラムにおいても、日本酒造りの基礎をわかりやすく説明しなければなりません。だからこそ、講師を務める蔵人たちも成長するんですよ」
来るハードルが高いからこそ
離島である佐渡の、お世辞にも交通の便がいいとは言えない地域にある学校蔵が、これほど長く活動を続けられてきたのはなぜでしょうか。尾畑さんは以下のように話してくれました。
「私たちは、もともと造り酒屋ですから、長期的な目線で何かを構築することには慣れているんです。学校蔵は誰でも簡単に来られるような場所ではありません。特別授業はたった1日のためにここまで来なければいけないし、酒造りプログラムは日程が固定された1週間という時間を佐渡で過ごします。来るためのハードルが高いからこそ、それでも来たいという情熱や思いを持った人たちが集まってくるんです」
「それに、この場所の魅力を活かせることを自分たちが面白がってやる。そうすると、周りも面白がってくれるんです」
人との交流を促し、進化する学校蔵
小学校の名残が感じられるのが学校蔵の魅力のひとつ。靴箱が並ぶ玄関を入ると、「廊下は走らないこと」という手書きの注意書きがあり、教室の扉の上にある「3年A組」のプレートが懐かしい気持ちにさせてくれます。
その一方で「図書室」にはポプラ社など10の出版社が寄贈した本が並び、気軽に読書ができるスタイリッシュな空間としてアップデートされています。
2022年の夏には、学校蔵カフェもオープンしました。観光客でもふらりと立ち寄りやすく、酒蔵で出る酒粕や地元の食材を活用し、食品ロスを減らす取り組みの一環として運営しています。大きな窓から海を一望することができる絶景スポットで、ここを目当てに訪れる観光客も増えてきました。
その他にも、紹介しきれないほど多くの取り組みが行われています。
東京の芝浦工業大学の蟹澤ゼミと共同で2011年から毎年開催している「佐渡木匠塾」では、ゼミの学生たちが佐渡を訪れ、伝統的な木工技術と佐渡の木材を使って作品を作っています。
学校蔵や尾畑酒造で活用されている作品は、空間に木の温もりを添えるだけでなく、卒業生がひと夏を過ごした「母校」を家族とともに再訪することも多いそうです。今年からは大学のサテライト研究室の開設や、企業向けコワーキングスペース事業も始まりました。
「自分で勉強して伝えていくことで人間関係が生まれるし、我々にも刺激になる。佐渡のような場所では人が減ると維持ができないので、人の交流がとても重要なのです」と平島さんは話してくれました。
サステナブルとは、うまく循環すること
最近よく目にするようになった「サステナブル」という言葉ですが、「持続可能性」という日本語訳を含め、曖昧に使っているという人も少なくないのではないでしょうか。今回、佐渡の学校蔵を訪れて、サステナブルとはうまく循環している状態を指すのだ、と腑に落ちた気がします。
さらに、「サステナブル」という言葉を聞くと、エネルギーやビジネスに考えが行きがちですが、何かを持続維持させていくためには、人や情報も欠かせません。これらを作り出し、使い、交流して再生させる循環のシステムができてこそ、「維持」が可能となるのです。
学校蔵は、その様々な取り組みを通して、佐渡という島やコミュニティをうまく循環させていくための拠点として機能しています。常に進化し続ける学校蔵が今後どのような取り組みを広げていくのか、楽しみでなりません。