NewJeansの着用でも話題。groundsディレクターの坂部三樹郎さんが語る、日本ならでは"混ぜる"ことによる独創性
K-POPガールズグループ、NewJeans(ニュージーンズ)の着用でも話題となった日本発フットウェアブランドのgrounds(グラウンズ)。ディレクターを務める坂部三樹郎さんは、ファッションショーの最高峰であるパリコレクションへの参加経験もある、日本を代表するファッションデザイナーの一人です。世界を見据えた今後の展開に力を入れるgroundsを率いる坂部さんに、日本ブランドならではのクリエーションについてお話を聞きました。
存在感のある厚底ソールに、丸みを帯びた有機的なフォルム…。世界的に人気のK-POPガールズグループ、NewJeansが着用したことでも話題となったシューズは、日本発のフットウェアブランドであるgroundsが手がけています。
デザインを率いるのは、日本人ファッションデザイナーの坂部三樹郎さん。自身の名を冠したブランド、MIKIO SAKABE(ミキオサカベ)ではパリコレクションへの参加経験もあり、日本を代表するデザイナーの一人として、現在は東京を拠点にクリエーションを続けています。
2024年の今年は、2019年のブランド設立から5周年を迎える記念すべき年。グローバルな展開も加速させるgroundsを手がける坂部さんに、大切にしていきたいという日本ならではの文化と感性、そして日本のものづくりの世界を見据えた発信のあり方についてお話を聞きました。
もはや「カワイイ」だけではない
ーー今年でブランド設立5周年を迎えますが、この間には新型コロナウイルスのパンデミックなどがありました。これまでの社会の停滞から影響は受けましたか?
生活も一変しましたし、コロナ禍は大きな衝撃でしたね。社会は絶妙なバランスで成り立っていて、ちょっとしたことであっという間にバランスが崩れてしまうという「脆さ」を実感するきっかけにもなりました。
その一方で、あらゆるものをオンラインで注文するという購買スタイルの変化は、私たちにとっては好機でした。それまで、シューズは実店舗で試着をして購入したいという人が多かったのですが、製造や物流上のトラブルで販売ができない商品を活用して始めた無料試着の取り組みの効果もあり、オンラインでの購入が大幅に増えたのです。
コロナ禍後もオンラインでの売り上げは好調で、シューズとの出会い方が変わったということは大きな変化だったと思います。
ーー2023年は、K-POPガールズグループのNewJeansが『Super Shy』のMVなどで着用したことでも話題になりました。
最近はアメリカでもプロモーションを行ったりしているので、アメリカのアーティストにも着用してもらう機会が増えています。その他の国でもアーティストなどの着用が増えてきているので、さまざまな国の人が、さまざまなスタイルにgroundsを取り入れてくれているのは嬉しいことですね。
なお、売り上げのベースとなっているのは拠点としている日本を含むアジア圏で、特に韓国や台湾などでは好調です。入り口は原宿的な「カワイイカルチャー」などかもしれませんが、世界各国の人が思い思いに着用してくれていることで、最近ではよりグローバルなブランドイメージに変化してきていると思います。
ーー元でんぱ組.incの最上もがさんや女優ののんさん、水曜日のカンパネラの詩羽さんなど、日本人アーティストとのコラボなども積極的に行われています。日本のカルチャーが持つ独創性についてはどのように捉えていますか?
クリエーションにおいて重要だと考えているポイントのひとつです。マンガやアニメ、ゲーム、アイドルといった日本独自のコンテンツは、強い発信力がある世界に誇るカルチャー。そうしたカルチャーのなかで、どのような人間像が生まれているのかにも興味があるんです。
また、そうした馴染みのあるカルチャーがフィルターとして通されていることで、ブランドを受け入れやすく感じる人もいると思います。そうしたコラボレーションが、世界に向けたある種の翻訳ツールとして機能している面もありますね。
ーー海外における日本ブランドという観点では、groundsの印象は変化してきていますか?
以前に比べると変化してきているなとは感じます。もちろん、「日本が好きだから」という理由で買っている人もいると思いますが、純粋に自分のファッションに取り入れたいアイテムだからという理由で選んでくれている人も多い印象です。例えば、黒人アーティストであればストリートカジュアル風に履きこなしていたりと、日本的なテイストとは異なる取り入れ方も増えているようです。
最近のファッション誌の撮影では、世界的アーティストのビョークも着用してくれましたが、その際のスタイリングも日本的な「カワイイ」という文脈より、純粋にクリエーションの一部としてgroundsを取り入れたもの。もはや従来のような「ジャパニーズカルチャー」の枠は超え始め、よりクリエイティブな視点で受け入れられるブランドになっているような印象です。
ジャパン・アズ・”オンリーワン”
ーー一方で、グローバルで存在感を増す日本ブランドは以前と比べると少ないように思いますが。
たしかに、最近では強いインパクトを残す日本ブランドは現れていないように感じます。そういった意味では、日本ならではの新たなアプローチを考えるべきタイミングではないかとも思うんです。
今は長らく日本の景気も低迷しています。また、同じアジアでは中国が台頭してきていることもあり、日本の世界でのポジションもどんどん変化していっているように思います。
今後、日本は経済大国を目指すというよりは、独自の文化を推す国になっていくのではないでしょうか。その際に、アニメやゲームなど日本が誇る唯一無二のカルチャーと、日本のファッションがうまくコラボレーションしていくことができれば、日本ブランドが世界で存在感を増すことにもつながるでしょう。
ーーヨーロッパにおけるファッションは階級社会を象徴する文化でもありますが、日本の場合は”ミックス”するというカルチャーも特徴のひとつですよね。
日本のファッションの場合、縦割りで上から降りてくるというよりも、横のつながりでなだらかに混ざり合う、いわゆるストリートのパワーが強いんです。ヒエラルキーの上層部ではなく、街からトレンドが生まれるというというところに、日本のファッションの面白さがあります。
例えば、服はファストファッションブランド、バッグはラグジュアリーブランドといった組み合わせは、日本では特に珍しいコーディネートではないですよね。ところが、階級社会とファッションが長く結びついていたヨーロッパの人からすると、その組み合わせはとても真似できないスタイルだったんです。
つまり、日本人はファッションにおいて階級を意識していない。単純に自分が好きだと思うものをミックスしているだけという、ヨーロッパの人が尻込みしてしまうことをなんなくやってのける感覚こそが、日本のファッション観の面白さなんです。ヨーロッパとはまた一味違った表現のファッションは、今後もきっと日本から生まれてくるだろうなと思っています。
躍進のカギはブランディングにあり
ーー今後のファッションに対する価値観はどのように変化していくと考えますか?
個人的には、欧米の階級主義的なファッションはもう古いと考えています。高価であることがラグジュアリーという価値観がいつまで台頭しているかもわからないし、贅沢な素材を使ったものを身につけることがみんなの憧れ、といった時代ではなくなっていくと思うんです。
今後は、その人の魅力を引き出す多様性や、さまざまな表現を理解し受容するインテリジェンスがラグジュアリーの本質となり、多くの人の憧れの対象になっていくと思います。そういった意味では、日本の強みでもあるカルチャーミックスの魅力を発信するチャンスにもなる気がしています。
今はデジタルデバイスなどのプロダクトが存在感を増している時代ですが、カギとなるのは固定的なプロダクトデザインと流動的なファッションデザインの融合です。
時に過激なデザインで社会をも変革させてきたファッションとは対照的に、プロダクトデザインの本質はどれだけ生活に馴染むかというところにあります。世界各国で普及したiPhoneなどはその最たるものですね。デザインで主張せずに生活をどのように変えていくか、というところがプロダクトデザインの肝なんです。
その反面、画一的で、多くの人が持つ無機質なモノになってしまうことがプロダクトデザインの欠点。そこに取り入れたいと思っているのが、時代やムードに合わせて変化していくファッションデザインなのです。ミニマムでスマートなデザインがプロダクトデザインの本質とされているところに、 ファッションデザインで物語性をプラスする。そんなアプローチにもトライしたいと思ってます。
ーー生活に浸透するプロダクトデザインは、日本のものづくりの姿勢にも通じる部分があるように思います。
日本のものづくりのクオリティは非常に高く、その正確さや繊細さは世界でもトップクラスです。一方で、製品自体の価値を高めるブランディングという観点では、海外と同じ水準にはまだ達していないと感じます。
モノを売る際、日本では「クラフツマンシップ」や「最高級素材」など品質の高さを前面に押し出します。しかし、海外では必ずしもそうではなく、製品自体の品質と同じくらいブランディングも重視しています。品質が良ければ良いほど売れる、という単純な構造ではないことを理解しているからです。
ブランディングによって付加価値をプラスすることで、品質の高さをより引き立てる。日本でもそうしたアプローチに抵抗がなくなれば、ファッションのみならず日本製品の価値もより高まっていくのではないでしょうか。
ーー2024年秋にはパリでの新作発表も控えています。今後は日本発のメゾンブランド(大規模ブランド)にしていきたいという展望も語られていますが。
デザインに着物などの日本的なモチーフを取り入れるのではなく、日本に根付いていたカルチャーをベースにした作品を発表したいと考えています。例えば、ミニマリズム(最小限主義)とマキシマリズム(過剰主義)は日本の伝統的なデザイン手法なので、そうしたカルチャーを今の時代に合わせてアップデートし、日本からしか生み出せないようなファッションを世界に発信したいと考えています。
特に、私個人のブランドと明確に異なるのは、groundsではメタ的な目線を大切にしているということです。担当しているデザイナーは複数人いるため、私が提案したデザインだけではなく、たくさんのデザインがミックスされることで偶然性が生まれます。そうした偶然の産物を受容するブランドでありたいと思っているからです。
そのうえで、日本ならではのミニマリズムやマキシマリズムといった考え方も、ブランドを発展させていくための大きなヒントになっています。ストリートから生まれるメゾンはあまり前例がないと思いますが、ファッション界におけるヒエラルキーとは距離をおいたブランドにしていくつもりです。
ーー坂部さんがgroundsというフィルターを通して伝えていきたいことは?
groundsとして伝えていきたいキーワードに「関係性」があります。ブランド設立以来、地球と人間の関係性として「重力」に焦点を当てるなど、シューズそのものの魅力だけではなく、そこに生まれる関係性にもフォーカスしてきました。今はまだモノ自体にスポットライトが当たっている時代ですが、そうした関係性に目を向けることで、生活そして人生そのものも変わってくるのではないかと思うんです。
例えば一杯のコーヒーがあったとして、自宅のソファで飲んだとき、雄大な自然のなかで飲んだとき、大切な人と一緒に飲んだときとでは、風味などの感じ方や過ごした時間に対する思いも異なりますよね。先ほどの話にも通じることですが、材料やモノそのものの価値よりも、付加価値が加わることで変化する魅力こそが、ブランディングの本質だと思うんです。
それこそが、groundsが大切にしている「関係性」。groundsのシューズはどれもソールが厚く、履くことによって目線の位置も普段とは大きく変わります。すると、見慣れているはずの道や公園、駅といった空間も、一気に新鮮なものへと変化するはずです。モノと人の関係性にフォーカスすることで、人々の視野を広げていけるようなブランドにしていきたいですね。
※groundsを製造販売する株式会社FOOLSは、OTEMOTOを運営する株式会社ハリズリーの投資先の一つです。