「おしゃれは我慢」からは何も生まれない。スカートに酒瓶をしのばせて闊歩する、元鈴木さんのものづくり

小林明子

女性用の服にもポケットをつけてほしいーー。そんな声に斜め上から応えているアパレル経営者がいます。その名も「元鈴木さん」。ペットボトルや日傘、酒瓶が入る巨大ポケットをつくっちゃいました。何が彼女のものづくり精神をかき立てるのでしょうか。

女性のポケットはフェイク。ならば...

男性用のジャケットにはポケットがついているのに、同じ製品の女性用にはポケットがない。同じ値段なのにーー。2022年7月、そんなツイートが話題になりました。

「ビジネスで使うジャケットなのにペンを入れられない」「デザイン上はポケットがあるように見えるのに、小さすぎるか、フェイクでしかないこともある」など、機能性を疑問視する声が多く上がり、複数のメディアでも取り上げられました。

女性用の服にもポケットがほしいという声は、以前からあがってました。そのニーズを数年前にキャッチし、「ならば」と大容量ポケットがついたスカートを開発したのは、株式会社Alyo社長の「元鈴木さん」こと大橋茉莉花さんです。

ーー元鈴木さんは2022年8月、約11万人のフォロワーに向けてこんなツイートをしていました。

なんで女物のジーンズの尻ポケットは財布が入らんのじゃ!という叫びを4,5年前に拝見しまして。「たしかにやたら女物はシルエット重視だわ!なら私はレディース服にしかできない形で超便利にしちゃお!」とフワフワな全円スカートに500mlボトルが入るマジカルポケットをつけ始めたんですよ

@Motosuzukisan

女性が身ひとつで出かけられるって大事。 フォーマルな場面で小さなバッグを持つよう求められるのにあとの荷物どうしたらいいの?とかあるでしょ。 だからブラックフォーマルにもふくさが入るようにマジカルポケットを付けたのよ

(複数のツイートを編集しています)

@Motosuzukisan

日傘も入る魔法のポケット

ーーまさに今日のワンピースにも、このきっかけで誕生した「マジカルポケット」がついているんですね。

ほら、ポケットからお茶が出てきたでしょう?

元鈴木さん・大橋茉莉花(おおはし・まりか) / 実業家、インフルエンサー、株式会社Alyo代表取締役社長。
1988年生まれ。獨協大学外国語学部を卒業後、アルバイトなどをしながら26歳までその日暮らしをした後、ウェブの美容ライター、エッセイストとなる。29歳でAlyoを設立。ECサイト「Pinup Closet」にて、コルセットブランドの「エンチャンテッドコルセット」、アパレルの「シネマティック」など複数のブランドを運営。創業後に子猫を保護したことがきっかけで、猫チャリティーセールを毎年開催。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「マジカルポケット」には500mlペットボトルや長財布だけでなく、スマホ、折りたたみの日傘なども入ります。哺乳瓶やおむつ、おしりふきも入れる方もいます。ちょっとした買い物なら、エコバッグを忘れても大丈夫なくらいです。最近は、酒瓶を入れて撮影するのがお気に入りです。

数年前にツイッターで、男性向けのジーンズのポケットは長財布が入るくらい大きいのに、女性向けのズボンのポケットは小さかったり飾りでしかなかったりするという投稿を見て、たしかに手ぶらでおでかけできないのは不便だなと感じました。

男性と同じ装いをすれば解決するのかもしれないけど、それじゃつまらない。じゃあ女性ならではのフォルムやデザインで、財布ひとつどころかもっと機能を求めたらおもしろいんじゃないかと思ってつくったのが、「マジカルポケット」のついた「ヴァージニースカート」です。

5メートルくらいの大量の布を使ったフルサークルスカートなので、ふわっとしていてすべてごまかせるんです。

他のスカートをはいているときにうっかりポケットに手を入れようとして\スカッ/となってしまうくらい、今ではポケットがあるのが当たり前の生活です。

ヴァージニースカート
酒瓶も余裕で入るマジカルポケット
Pinup Closet

貴族じゃないんだから

ーーなぜ、今までなかったのでしょう。

やはり、女性向けの服はシルエットが重視されていて、シルエットが崩れることへの懸念が大きいのではないでしょうか。

また、女性はかばんを持って歩くことが前提としてあるとも思います。

それらが「普通はこうだよね」というものづくりの考え方につながっていて、女性向けの服はポケットが機能しないことが当たり前になってしまっています。

女性のほうも、ポケットは機能しなくて当たり前だから仕方ないとあきらめてしまいがちですが、不便が当たり前というのはハッピーな状態ではないですよね。

冠婚葬祭のように荷物を持ちにくいときもあるし、子どもがいたら両手が空いていないと危ないときもあります。ならばリュックを背負えばいいじゃんと言われても、リュックとマッチしない服もあります。利便性を考えて好きではない服も着なきゃいけないと選択肢が狭まっていくのは嫌だなと思いました。

ーー他にも、背中にジッパーがある服のことも例にあげていましたね。

お客さまから「背中のファスナーを1人では上げられない」という意見をいただきまして。誰かがいないと着られない服って......、貴族じゃないんですから。

働いているじゃないですか、私たち。仕事したり子育てしたりと忙しい毎日なのに、誰かがいないと服が着られないなんて現実的ではないですよね。

なので、なるべく脇ファスナーか、かぶって着られるようにつくるようにしています。背中ファスナーでなければかなわないデザインも確かにありますが、その場合はファスナーに長いリボンをつけるなどして、上げ下げしやすいように工夫していくつもりです。

ブラウスの首元や背中側によく使われる『涙あき』と呼ばれるデザインも、手探りでとめるのが難しいフックやボタンではなく、スナップボタンを使ってプチっと感覚的にとめられるようになるべくしています。

Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーーささいなことだから、と声が上がりにくかったニーズにも応えているんですね。

服ってそんなに大きなことじゃないと思われるかもしれませんが、小さなところから女性の自立を支援できるんじゃないかと考えています。

私は服飾の学校を出ているわけでもないですし、ただオシャレな服をつくるというよりも、課題の解決策を提供したいという思いが強かったんです。

買って終わりではなく、ワードローブの中から日常的に選んでいただきたくて。着ると快適だったり自信がついたりする、自然と手が伸びる服を目指してつくっています。

着たい服をあきらめない

ーーモデルの体型も多様ですね。特に、胸が大きい人が着やすいよう工夫されています。

胸が大きい人に向けた工夫は、私の経験からです。私の場合はマッサージなどでCカップからGカップに後天的に胸が大きくなったんですが、胸が大きい人は服を選ぶのが大変なんだとわかりました。

Aラインのかわいい服も私が着ると給食当番のようになりますし、肩にボリューム感がある「パワーショルダー」のトップスを着ると全身にパワーがみなぎっているように見えるんです。シャツを着ると、胸元のボタンとボタンの間に隙間ができて中の下着が見えてしまいます。

昔から胸が大きかった人はこういう不便とずっと向き合っていたのだと知り、何とかしたいという思いがありました。

「谷間死守ワンピ」と呼んでいるんですが、生地が伸びて胸元にぴったり沿う「ホリデーワンピ」や、胸元のボタンの間に隠しスナップボタンをしのばせた「ストレッチコンフォートシャツ」の開発につながりました。

ホリデーワンピ
生地が胸元に沿うので谷間を死守できる「ホリデーワンピ」
Pinup Closet

ーーデザインする際には、周りからどう見られるかも気にするポイントでしょうか。

胸が大きいと、図らずもセックスアピールが強くなってしまうことがあるんです。

別に望んで胸が大きくなったわけではない人もいます。ダボッとした服を着て隠すこともできますが、その人が望んでいるおしゃれではないこともあるでしょう。

逆に体にフィットする服を着ていたら「胸を強調しているの?」って言われることもあります。そんなの、勝手に受け取ったイメージをわざわざ口にするほうが、恥ずかしいですよね。「あなたは私のおっぱいの存在感を強く感じたのね。そうなのね」としか言いようがなくて。

そういう勝手な見られ方によって自分の着たい服やファッションをあきらめなければいけないのは、すごく悲しいことだと思うんです。堂々と好きなものを着ていいんだよ、と言いたいです。

ーー選択肢が増えるだけなのに、さまざまな意見がありますね。

女性用の服のポケットについても、「別にポケットいらないし」という女性の声もありました。「ポケットにものを入れるのってダサいから私はやらない」「おしゃれしたいならそのくらい我慢しなきゃ」といった意見ですね。

「そんなことも我慢できないの?」と優越感を楽しむような文化は取っ払いたい。大事なのは、ポケットにものを入れる、入れないという選択肢があるということです。

確かにタイトなシルエットの服に大容量のポケットをつける場合、シルエットを犠牲にしなければならないときもあります。そういうときは、うちのブランドではシルエットを犠牲にしています。それは着る人に選択肢を与えているだけで、ポケットに何を入れるか入れないか、選ぶかどうかを含めてその人の自由です。

私自身「おしゃれは我慢」という風潮の中で生きてきました。かわいくないと価値がないからと、無理なダイエットをして摂食障害になったこともあります。でも、そうやって我慢しているうちは何も新しいものが生み出されてこなかった。

表面化してこなかったニーズを形にすることで、何かと白黒つけたがる風潮に一石を投じて、みなさんを混乱させたいというねらいもあります。かわいいのにいっぱいものが入るってどういうこと?って。かわいいのに我慢しなくてもいい服は、つくれないわけではないんです。

一瞬で好きな自分になる

ーーもともと日本製のコルセットをつくりたくて起業したということですが、シルエットを重視するコルセットとポケットの話はつながるのでしょうか。

うちのブランドの製品は基本的にフェミニズムの理念を大事にしているのですが、コルセットはフェミニズム的にどうなの?とよく質問されます。コルセットはよく、女性を縛るものの代名詞として使われるからです。

「エンチャンテッドコルセット」は、女性を締め付けるのではなく、抱きしめたいというコンセプトでつくっています。これも「おしゃれは我慢」に対抗したい思いから生まれました。

エンチャンテッドコルセット
「自分を好きになる」ことを目指して開発した「エンチャンテッドコルセット」
Pinup Closet

私は20代のころ、イベントコンパニオンをしていました。朝の9時から夕方6時まで硬い床に突っ立って、ブースの紹介をするような仕事です。夕方には足がパンパンになって帰りの電車で寝入ってしまうような生活だったのに、オーディションに受かるためにはスタイルを保つ必要がありました。

ジムやヨガが好きな人はいいのですが、私は楽しめるタイプではなかったので、ヘトヘトなのにお金を払ってまでジムに行くのは非効率だと感じたんです。それでコルセットを身に着けたら、一瞬で強烈なくびれを出せてオーディションを突破したというのが成功体験になったんです。

当時はオーディションに合格することが目的でしたが、今は「今日は表参道をランウェイみたいに歩いちゃおう!」という気分の日は、コルセットを締めてタイトな服を着て買い物に出かけます。

逆に背景に溶け込みたい日は、何もおしゃれしないですっぴん、めがね、スニーカーのときもあります。どちらも自分です。すべてそのときの気分で選んでいて、一瞬で好きな自分に変わることができるのがコルセットの魅力でもあります。

ーーアプリの盛りにちょっと似ていますね。

加工は悪だと考える人もいますが、自分が気持ちよく過ごせるならそれでいいんじゃないでしょうか。整形手術やメイク、ハイヒール、コルセットなどは他人から強制されたら嫌ですが、自己実現の方法のひとつです。理想の自分になるための選択肢として手にとってほしいです。コルセットをしたくない人に強制したいわけではありません。

コルセットは脱いだら体型は元通りになりますが、コルセットをしているときも、脱いだときも同じ人間です。コルセットを着て自信がついたら、脱いだときの自分にも自信を持てるようになっていてほしい。そうやって自分を好きになれることを応援できたらいいなと思います。

声を上げられる者は上げ、作れる者は作り、そして女性であることで諦め疲れ何もできなくなった者の分は、動ける者が動けば良いのです。

@Motosuzukisan
元鈴木さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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