テレ東の『週末旅の極意』を手がけたドラマプロデューサーが描きたいのは、さまざまな「人間の豊かさ」のかたち
テレビ東京で今夏放送されていたドラマ『週末旅の極意~夫婦ってそんな簡単じゃないもの~』。こどもを持たない夫婦が週末の旅を通して「夫婦」について考えるというストーリーに、SNS上ではさまざまな共感の声が聞かれました。プロデューサーを務めたのは、『晩酌の流儀』『きのう何食べた?』などの人気ドラマも手がけた、テレビ東京の松本拓さん。自身の経験をヒントにした制作秘話や、作中でのリアリティの追求など、ドラマづくりの極意について聞きました。
中年男性の食事シーンを淡々と描いた『孤独のグルメ』、サウナブームで「ととのう」という言葉を世に浸透させた『サ道』など、既存の枠にとらわれないユニークなライフスタイルドラマを発信しているテレビ東京。
そんなテレビ東京で今夏放送され、密かに話題となっていたドラマが『週末旅の極意~夫婦ってそんな簡単じゃないもの~』(Amazon Prime Video、U‐NEXTで全話配信中)。こどもを持たない夫婦が、結婚10年目の節目に週末の旅を通して「夫婦」というものを見つめ直すという、これまでにない切り口の旅ドラマです。
夫婦がキャリアやこどもについて葛藤する姿もていねいに描き、放送終了後にSNS上では「幸せの形は一つじゃない」「今クールの隠れた名作」といった投稿も見られました。
このドラマを手がけたテレビ東京の松本拓プロデューサーは、「夫婦、そして家族とは何なのか」がテーマだったと語ります。
「夫婦関係に焦点を当てたドラマは多いですが、どこを切り取るべきかについては悩みました。このドラマで描いたように、お子さんがいる・いないに関わらず、"何をもって夫婦、家族なのか?"と漠然と考えている人は多いと思います。視聴者の方から『私たち夫婦にも同じような感覚がある』という声をいただいたことからも、共感していただけることは多かったのではないでしょうか」
自己投影によるリアリティ
主人公の真澄(観月ありさ)と夫の仁(吉沢悠)は、ともに仕事人間。結婚後も仕事一筋だった二人は、同じ家に住んでいても必然的に夫婦の時間が少なく、お互いのことをあらためて理解するための旅に出かける…というシーンからドラマは始まります。
この「こどもを持たない40代の夫婦」という設定は、実は松本プロデューサー自身の経験がヒントになっているといいます。
「今はこどもがいますが、いなかった当時の妻との関係性はドラマを作るうえでのヒントになりました。年齢設定についても明確には決めていませんでしたが、私自身が40代に差し掛かってきたこともあり、自分ごととしても捉えられる内容にしたかったんです。
仕事柄さまざまな方と話す機会があるので、それぞれの家族観や人生観も参考になりましたね。実感や想像がしづらいことを企画にすることはなかなか難しいので、このドラマでも自分に近い世代や立場を落とし込んでいます」
夫婦だって他人
共働きで意識的にこどもを持たない、いわゆるDINKsである真澄と仁。しかし、ドラマの終盤で夫の仁が「こどもが欲しい」と本音を打ち明けたことで夫婦関係は一変。こどもを産むことに重圧を感じている真澄との間に、大きな亀裂が走ることになります。
夫婦でこどもを持たないことを選択していたはずが、実はそれぞれの考えが異なっていた…。こうした描写には、どのような意図があったのでしょうか?
「夫婦といえども結局は他人。二人の考えがまったく同じになることはないと思うので、その差異をつけたかったんです。夫婦として生きるということは、どちらかが我慢したり譲歩したりすることもあるということ。両方がお互いの生き方を貫くことは難しいので、そうしたリアルな表現をしたいと考えました。
ドラマの結末も、幸せいっぱいのハッピーエンドにするつもりはありませんでした。夫婦のかたちに正解はないので、具体的な答えを見せたくはなかったからです。最終的に、そうした自分の感覚も重視した結末になったと思っています」
松本さんがプロデューサーを務めたドラマには、いかに晩酌を楽しめるかを考えて行動する独身女性が主人公の『晩酌の流儀』(Amazon Prime Videoで全話配信中)、よしながふみの漫画が原作で男性同性カップルの日常を描いた『きのう何食べた?(シーズン1)』(10月6日よりシーズン2が毎週金曜深夜24:12から放送中)など人気作も多数。
そのなかでも、特にリアリティを追求した『週末旅の極意』は異彩を放っています。
「『晩酌の流儀』は、"心から好きなことがあると人生は楽しい"という部分にフォーカスしているので、ある意味で『週末旅の極意』とは対極にあるドラマです。また、シーズン1を担当した『きのう何食べた?』については、原作の世界観がすでにできあがっているので、それを壊さないことを最も重視していました。
私は、ドラマの登場人物の描き方には"いなさそう"、"いるかも"、"いる"の三段階があると考えています。例えば『週末旅の極意』については、子持ちで時短勤務をする部下とのすれ違いや、頭ではわかっているつもりでも矛盾してしまう心理状態のバランスなど、登場人物のリアリティも追求しています。
また、偶然ですが観月さんも吉沢さんもそれぞれがお子さんがいない40代のご夫婦だったので、セリフなどにも共感しながら演じてくださったと聞きました。非現実的な演出や過剰な脚色はできる限り避け、視聴者が本当に"いる"と感じられる描写を意識したんです」
それぞれの「豊かさ」
最終回では、サン=テグジュペリの「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである」という言葉を引用して幕を閉じた『週末旅の極意』。いずれのドラマからも伝わってくるのは、「幸せのかたちは人それぞれ」というメッセージです。
「20代のころはギラギラした内容や、勝負事で勝つための精神について描くドラマを作りたいと思っていた時期もありました。しかし、徐々に自分自身のライフスタイルも変化したことで、"人間の豊かさとは何か?"について考えるようになっていったんです。
家族や仕事、趣味など、豊かさの尺度も人それぞれ。手がけるドラマにおいても、さまざまな豊かさや幸せのかたちについて描いていきたいと思っています」