恋愛と結婚は「まぜるな危険」。刷り込まれた結婚観から解放されるには

難波寛彦

私たちがいつの間にか当たり前に感じてしまっている、「結婚には恋愛が必要」という概念。そこに一石を投じる本が話題です。世代・トレンド評論家の牛窪恵さんが2023年9月13日、新刊『恋愛結婚の終焉』を上梓。新刊に込めた想い、そして恋愛と結婚の未来についてお話を聞きました。
※この記事は本の発売を記念したオンラインイベントと本の内容で構成しています。

「草食系男子」や「おひとりさま」などの言葉を世に広めた、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん。2015年発売の『恋愛しない若者たち コンビニ化する性とコスパ化する結婚 』、2020年発売の『若者たちのニューノーマル Z世代、コロナ禍を生きる』などの著作を通じ、多様化する現代の若者たちのライフスタイルを追い続けています。

そんな牛窪さんの新刊『恋愛結婚の終焉』は、恋愛と結婚のプロセスにフォーカス。私たちがこれまで当たり前のように感じてきた、「恋愛を経て結婚する」という概念を覆す内容の一冊となっています。

恋愛結婚の終焉(光文社新書)

恋愛と結婚は別物

「この本で伝えたかったことは、結婚のプロセスイノベーション。恋愛と結婚は別物、『まぜるな危険』ということです」

8年前、牛窪さんが『恋愛しない若者たち』を執筆中に若者たちに取材したところ、20代の多くが「フィクションの世界では恋愛が楽しそうに描かれているけれど、自分がするとなると面倒」と答えたと言います。これを裏付けるように、2014年度の内閣府「結婚・家族形成に関する意識調査」では20〜30代の約6割に恋人がおらず、その4割が「恋人が欲しくない」と回答。その最大の理由は「恋愛が面倒」でした。

「一方、さまざまな調査からも明らかになっていますが、『いずれ結婚したい』と考えている若者は8割以上もいるのです。現在、親と同居しているパラサイトシングルの場合、介護が必要な年齢となった際に親以外に社会とのつながりがなく、誰にも頼ることができないという状況もありえます。そうした悩みや苦痛を分け合えるひとつの形が結婚なので、いずれ結婚したいと考えているのならば、激しく感情を揺さぶる恋愛にこだわらず、癒しや信頼など別の感情で相手を選ぶという選択もあっていいと思うのです」

Adobe Stock / Kanazawa photo base

刷り込まれた結婚観

恋愛、セックス(性行為)、結婚を三位一体として考える概念は、社会学ではロマンティック・ラブ・イデオロギーと呼ばれています。元来、お見合い結婚などが主流だった日本でも、高度経済成長期の時代に、その割合が恋愛結婚と逆転。恋愛結婚への憧れが高まったきっかけは、現在の上皇・上皇后両陛下のいわゆる「テニスコートの恋」ともいわれています。

「それまでは親や親戚、職場の上司が勧めた人との結婚が主流だった日本において、雲の上の存在ともいえる皇族の恋愛結婚は大きな衝撃だったはず。その後、ドラマや映画で『恋愛を経て結婚し、結婚を前提にセックスをする』という描写が増えていったことも、日本人の結婚観に大きな影響を与えたはずです」

その後は自由恋愛が発展し、結婚を前提にせずとも恋愛をしたり性行為をすることが当たり前となっていきました。牛窪さんが2008年に上梓した『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』を執筆した当時の取材でも、若者の多くは男女とも、恋人ではなく友達同士のように「重くない」関係を望んでいたといいます。

「社会学者の山田昌弘先生の研究によると、90年代初頭には結婚を前提としない性行為が当たり前となり、既に三位一体化は崩壊していた、とのこと。それなのに、『結婚には恋愛が必要だ(結婚と恋愛の一体化)』という刷り込まれた概念はいまだに存在しています。まるで死者が蘇ったようなこの状況を、社会学者の谷本奈穂先生は『ロマンティック・ラブ・イデオロギーがゾンビ化した』と表現しています」

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ) / 世代・トレンド評論家
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授、修士(MBA/経営管理学)、インフィニティ代表取締役、マーケティングライター、同志社大学・創造経済研究センター「ビッグデータ解析研究会」部員、日本マネジメント学会・日本マーケティング学会会員。
日本大学芸術学部 映画学科(脚本)卒業後、大手出版社に入社。フリーライターを経て、2001年4月、マーケティングを中心に行う有限会社インフィニティを設立。2020年4月より、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。トレンド、マーケティング関連の著書多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は、新語・流行語大賞に最終ノミネート。フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」、NHK総合「サタデーウオッチ9」、毎日放送「よんチャンTV」ほかでコメンテーター等を務める。
写真提供:牛窪恵さん

受験のような恋愛と結婚

牛窪さんによると、たとえば婚活アプリで相手を探す場合、女性の多くは男性の年収や雇用形態を、男性の多くは女性の見た目やスタイルを依然として基準にしているといいます。そのうえ、いいと思った相手とデートするとなると、「男性らしくエスコートできるか」や「女性らしい配慮ができるか」など、いわゆる「恋愛力」にもこだわる、とのこと。そのため、牛窪さんの新刊では、短期的な側面が大きい恋愛と、長期的な側面が大きい結婚を結びつけるのは不自然だと提唱しています。

「ロマンティック・ラブ・イデオロギーにおける恋愛と結婚は、受験勉強と入学のようなものです。好きなことを学ぶ勉強は本来楽しいものであるはずですが、入学(結婚)のためには『受験勉強(恋愛)』が必要だと思い込んでいるせいで、避けては通れない厄介な関門のような存在に成り下がっています。受験勉強は進学のために必要ですが、恋愛と結婚の場合は違います。この二つをあくまで別物であると切り離して考えることで、結婚を意識せずに恋愛を楽しんだり、激しい恋愛感情を経ずに結婚したりするカップルが出現している現実を伝えたかったのです」

博報堂生活総研による2022年の調査では、20代の約6割が「恋愛と結婚は別なものだと思う」と答えています。また、国立社会保障・人口問題研究所の2021年の調査によると、結婚相手に求める条件として、男性は女性の「経済力」を重視または考慮するようになり(48.2%:前回の2015年は41.9%)、女性は男性の「家事・育児の能力や姿勢」を重視する割合が大きく上昇(70.2%/「考慮する」まで含めると96.5%:前回の2015年は57.7%)しています。つまり、男性が外で働き女性が家を守るといった従来の価値観が変化しており、結婚はもはや「男(女)らしく」を求める恋愛の延長線上にはないことが分かります。

「2004年に小泉政権下で発言された『自己責任』という言葉が世に広まり、当時取材した20代以降は『これからは、国も会社も守ってくれない』との不安を強く抱くようになりました。いわゆる『公助』が期待できないなら、『共助』のひとつとして、結婚は有効な手段のはず。しかし、恋愛力のある人だけが“勝ち組”になる恋愛結婚によって、多くの人が公助も共助も望めず、取り残されてしまっています」

「世の中を変えるきっかけとして多様性を取り入れようと声高に叫ばれている昨今ですが、ではなぜ結婚だけが『恋愛を入口にしなければできないもの』という風に思わされてしまっているのか。昔と違い、現代はマッチングアプリや婚活サービス、オンラインお見合いといった方法で出会い、結婚することも可能なのだから、必ずしも恋愛にこだわる必要はないはずです。私が最も伝えたかったのは、多様性のひとつとして『恋愛をしない結婚があってもいい』ということなのです」

結婚しても、しなくても
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OTEMOTO
著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年ハースト・デジタル・ジャパン入社。Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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