「こんなものが売れるわけがない」その考えを覆し、老舗シューズメーカーが人気ブランドとなった理由
学校の上履きなどで知られる、シューズメーカーのムーンスター。近年では、社内の若手からの声で生まれたファッション性の高いスニーカーの製造も手がけ、その品質の高さはビームスやユナイテッドアローズといった人気セレクトショップなどからも注目されています。社長の井田祥一さんは、「若い世代の声を大切にすることは経営にとっても重要なこと」だと話します。
【前編】学校の上履きでもおなじみ、ムーンスターの実直な靴づくり「手間ひまをかけたものの価値はきっと伝わる」
40年ほど前まで、アパレルブランドやセレクトショップなどからの受注に関しては、社名を表に出さない、OEMとしての生産が中心だったムーンスター。
アパレル業界においては、いわゆる黒子の存在だったムーンスターブランドですが、現在では、こだわりのヴァルカナイズ製法を訴求ポイントにしたFINE VULCANIZED(ファインバルカナイズ)など、ファッション性の高い自社ブランドのスニーカー製造も手がけています。
その品質の高さは、ビームスやユナイテッドアローズといった人気セレクトショップなどからも注目され、今やアパレルブランドとのダブルネームによるコラボも当たり前に。SNSではコーディネートに取り入れて紹介されるなど、若者世代を中心にシューズブランドとしても支持されているのです。
「以前は、国産品は海外製品に押され苦境に立たされている状況でした。しかし、『高品質な国産品の価値はお客様にも伝わるのではないか』と考えた当時の若手社員たちを中心に、15年ほど前からは自社ブランドにも注力し始めました」
若手の声に耳を傾けて
国産品、そして「MADE IN KURUME」というムーンスターの独自性を前面に押し出していきたい。そんな社内の若手による自発的な動きが、さまざまな自社ブランドの発展へとつながっていきます。
大切にしているのは、創業から脈々と続くものづくり企業としてのプライドだと井田社長は話します。
技術力の高さと履き心地を大切にしつつ、スポーツブランドともまた違った、普段使いに取り入れやすいスニーカーの価値を提供したい。自社ブランドの製品には、「使われてこそ価値のあるものづくり」というメッセージが込められているのです。
「使われてこそ価値のあるものづくり」というブランドメッセージを反映し、新たな魅力を発信する派生ブランドとして人気を博している自社ブランドがあります。2019年に登場し、プロユースシューズをデイリーユースになじむスタイルとして提案している、810s(エイトテンス)です。
実は、ムーンスターが製造している専門分野の靴は、学校用の上履きだけではありません。厨房で使用するキッチンシューズや医療機関で使用されるナースシューズといったプロユースシューズも手がけているのです。
品質の高さが求められるプロユースシューズがルーツの810sが誕生したきっかけをつくったのも、社内の若手からの「高品質な製品の価値はきっと伝わる」という声でした。
「正直、私たち世代は『こんなものが売れるわけがない』と思っていたんです。しかし、蓋を開けてみるとファッションインフルエンサーのみなさんなどを中心に『他にはないデザインと品質のスニーカーがある』と、驚きをもって迎えられました。若い世代の声や自発的な動きを大切にすることは、経営にとっても重要なことだとあらためて感じた出来事でした」
ものづくりへの関心を力に
靴づくりの技術にフォーカスし、軽量ソールを合わせて革靴の新たな魅力を発信しているSHINARI(シナリ)もそのひとつ。革靴を生産する佐賀工場の若手たちが主導するプロジェクトがその誕生のきっかけになっているなど、実際に靴づくりを行う工場からのアイディアも形となっているのです。
久留米工場や佐賀工場など自社工場をもつムーンスターにとって、各工場での若手への技術継承も大きな課題です。しかし、大学進学率の上昇といった社会情勢の変化に伴い、以前のように高卒の生え抜き社員を育てることは難しくなっているといいます。
そこで積極的に行っているのが、業務に携わった契約社員や派遣社員の正社員登用です。数年にわたって採用を続けていくことで、ベテランと若手の間に年齢の溝をつくらず、靴づくりの技術を継承していくことが可能になります。
最近では、大学卒業後に派遣会社経由で勤務しそのまま正社員となった社員も増え、事務作業よりも自ら手を動かすことに生き甲斐を見出し、ものづくりに目覚めたという人もいると言います。
「ものづくりに関心を持ってくれる若い社員が増えてきているというのは、会社としても嬉しいことですね」
老舗として譲れない思い
近年はこども向け職業・社会体験施設のキッザニア東京とキッザニア福岡内に「くつ工場」パビリオンを出展するなど、若年層への認知度拡大にも力を入れています。間口を広げる取り組みを行いつつ、若手社員からの意見などもふまえた社内改革も進めています。
「育児休暇や介護休暇といった福利厚生制度は整えていますが、特に工場では『きつい、汚い、危険』という3Kの要素があることも事実です。ものづくりに興味をもってくれた人を採用しても、労働環境が悪いことを理由に長く働いてもらえなければ本末転倒です。そうした部分の改善は大きな課題ですし、会社としてもまだまだ工夫が必要だと考えています」
ムーンスターは、2023年に創業から150年という大きな節目を迎えました。現代社会に柔軟に対応する改革を続けながらも、その核となっているのはものづくり企業としてのプライドです。
社会の変化にいかにうまく適応できるかは、「会社を存続するうえで大きな課題となってくる」と井田社長。もはや大量生産し販売していれば利益を得られるという時代ではなく、会社としての強みを発揮できるマーケットを見極めることも必要となっていると話します。
「マーケットでは、品質よりも低価格を打ち出した製品も増えてきていますが、150年にわたってものづくりを続けてきた私たちがもっとも大切にしているのは、やはり高い技術力と品質です。私たちとしても譲れない部分であるからこそ、製品は適正な価格でお届けしたい。そして、その価値を支持してくださるお客様に向けて、これからも良い製品を提供し続けていきたいです」