スーパーに並ぶ牛肉だって、どこかで生きていた牛たち。社会的変化の最先端にある地方から都市への新たなアプローチ

難波寛彦

2022年、創業した株式会社ロフトワークの会長を退任し、20年以上をともにしてきた会社から離れた林千晶さん。その後、新会社Q0(キューゼロ)の代表取締役社長に就任し、新たな活動もスタートさせています。林さんが「人生そのものだった」と語るロフトワーク、そして、Q0で取り組む『地方と都市の新たな関係性をつくる』ことについて話を聞きました。

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「起業をした時点で、もはや仕事とプライベートは分けられるものではなくなっていました。苦労したことも多々ありましたが、会社設立から2年ほどの期間以外はほぼ黒字で終えることができたので、今振り返ってみると本当に『よかった』の一言に尽きますね」

「現在のロフトワークは、新たな人たちのもとで動き続け、彼らの人生という形としても動いています。そんな会社の新たなチャプターを、みんなが楽しみながらつくり上げていってくれることを願っています」

林千晶さん
写真提供: Loftwork Inc.

地方という静脈

退任後の2022年9月、日建設計、ロフトワークとともに立ち上げた新会社、Q0(キューゼロ)の代表取締役社長に就任した林さん。これまで活動の拠点としてきた東京を離れ、「地方と都市の新たな関係性をつくる」をテーマに、地方の活性化に力を入れています。

そのきっかけの一つとなったのが、ロフトワーク時代に受託していた事業。経済産業省と中小企業庁が進める、地域課題解決のための人材育成を支援するプロジェクトでした。

「『デザインと経営の両面から地域課題を解決できる人材』を育成するためのスキームを開発し、日本全国の企業から応募を募り研修プログラムを実施するというものでした。全国各地の企業から応募があったんですが、その応募がなかったのが東北地方だったんです」

これまで、ロフトワークでは日本全国に情報発信したいという思いでやってきたつもりでした。でも、声が届かない場所もまだまだあるということに気がついたんです。例えるなら、動脈と静脈。東京が拠点のロフトワークでつないできたことが動脈だとするならば、これからは静脈を何らかの形で支援して、つないでいきたいと思うようになりました」

林千晶さん
写真:村上大輔

これまではじっくりと耳を傾けてこられなかった人々の声を聞き、自ら足を運んで地方の”今”を知る。そのうえで、地方にフォーカスした活動をしていきたいと考え、スタートした会社がQ0だったといいます。

「今は、昔のように『いかに会社を大きくするか』ということは考えていません。むしろ、これから支援する地域がどのようにして豊かになり、どんな未来に向かっていくのかに興味があります。私自身、老後は良い介護施設に入って、良い暮らしがしたいとは思っていないんです。それよりも、地域の人たちと、新鮮な野菜や健やかに育った肉などについて考えながら、豊かな循環を味わうことができるような活動をしていきたいと思っています」

牛だって生きている

現在、Q0が活動の舞台としているのは秋田県と富山県。なかでも、秋田県の国際教養大学では、学生向けのトークイベントや人材育成などを通し、若い世代とも地方の可能性について対話を重ねています。

「正直に言うと、秋田は全く縁のない地方でした。知らないなら行ってみようと思い訪れてみたところ、本当にたくさんの魅力がある。鳥海山という美しい山に、大曲の花火という豪華絢爛な花火、綺麗な川での魚釣り、新鮮な食材を使ったおいしいレストラン。それに、秋田で起業を目指している若い人たちもたくさんいる」

「魅力的なものや人があふれている場所ですが、秋田だけが特別ということでもないと思います。どこの地方にもそうしたポテンシャルはあるのですが、その地域だけで閉じてしまっていることが多い。そうした現状をもどかしくも感じているので、何らかの形でビジネス化したり、グローバルに発信していくなど、Q0と地方の若者たち双方で刺激し合いながら、新しい可能性を見つけていけたらいいなと思います」

渡邊強さん
渡邊強さんと上の山放牧場の放牧牛
写真提供:渡邊強

2023年7月には、鳥海山の麓で黒毛和牛の放牧飼育や牛肉の販売に取り組む、秋田県にかほ市の上の山放牧場への出資を発表。それはまさに、Q0が掲げる「地方と都市の新たな関係性をつくる」というテーマを体現するものでした。

「東京のような都市に住んでいると、スーパーに並んでいる牛肉を目にすることはあっても、牛そのものと接する機会は多くありません。私自身、品種や等級などについては何となく知っていても、牛たちがどのように生まれ、育ち、牛肉として卸されているかに目を向けることはなかったように思います」

「ですが、昨今はトレーサビリティ(追跡可能性)の考えも浸透し、『いつ、どこで、だれによってつくられたのか』について意識する消費者も増えています。どんな食材も元は生物ですから、その生物たちが幸せに育ったかどうかを考えるアニマルウェルフェアのような考え方も今後は必須になっていく。そうした未来を考えての出資でした」

上の山放牧場の代表取締役で創業者の渡邊強さんは、和牛繁殖農家の3代目。全国でわずか1%未満しか流通していないという、黒毛和牛の母牛を十数年放牧して生産した牛肉である「放牧経産牛」の販売に取り組んできました。秋田の自然豊かな放牧場で、牛たちの放牧飼育を行っています。

「スーパーに並ぶ牛肉が放牧されて育った牛なのかどうか、私たちが知る機会はそう多くはありません。でも渡邊さんは弱冠20歳で放牧場を受け継ぎ、夏は牛たちを放牧し、冬は牛舎に連れて帰って大切に育てている。そんな、牛たちと人がつながる機会を増やしていきたいんです」

「ある日、牛舎を訪ねると出産したばかりの母牛と子牛がいました。人間に興味津々の子牛がちょこちょこと私に近づいてくると、母牛がまるで『そっちに行かないで、戻ってきなさい』と話しかけるようにモー、モーと鳴くんです。子牛が戻ってくるとピタッと鳴きやむので、『ああ、あれは会話だったんだ』と牛たちの言葉がわかったようで嬉しくなったのを覚えています」

「こうした体験は、秋田、そして上の山放牧場を訪れたからこそできたことでした。私のように、リアルな牛たちの姿を見てみたいと思っている人は、他にもたくさんいるはず。今後は、牛たちがどのような生活を送っているかも感じられるような、空間づくりもできたらいいなと思っています」

上の山放牧場の牛たち
写真提供:渡邊強

変化の最先端にあるのは地方

地方の可能性を信じ、そのポテンシャルを引き出すことに心血を注いでいる林さん。今後、地方と都市の関係性はどのように変化していくととらえているのでしょうか。

「一般的な考え方だと、新たな物事は東京などの都市が先行し、地方は追随するという構図を思い浮かべがちですよね。でも、人口減少や少子高齢化など、社会的な変化の最先端にあるのは実は地方なんです」

「真っ先に変化が起きている地方でサステナブルな取り組みを成功させることができたら、そのノウハウは都市へアウトプットすることもできる。つまり、地方から都市にアプローチするといった取り組みもできると思うんです」

「そのためにも、私たちが地方と都市の間に入って支援を続けていきたい。その結果として、『地方と都市の新たな関係性をつくる』ことが実現できたらいいなと思っています」

心のローカル
OTEMOTO
著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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