手作り弁当じゃなくても罪悪感はいらない。ミートボールの石井食品社長が、3分間すら時短したい理由

小林明子

「イシイのおべんとクン♪ ミートボール」。テレビCMでおなじみの石井食品の看板商品ミートボールは1974年、消費者の声によってお弁当用として誕生しました。専業主婦世帯と共働き世帯の割合が逆転した約50年間で、家庭で手軽につくれるレトルト食品はどのように受け止められてきたのでしょうか。シングルファザーとして仕事と家庭の両立に奮闘している石井食品社長の石井智康さんに取材しました。

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石井食品
千葉県船橋市にある石井食品本社には、1階に地域密着型コミュニティスペース「Viridian(ヴィリジアン)」があり、カフェで自社商品を使ったランチを提供している
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー石井食品のミートボールはお弁当の定番として認知されています。創業家に生まれた石井さんにとっても、幼い頃からなじみ深い味なのでしょうか。

石井食品のミートボールは、2021年の年間販売数量は約1億パック。ミートボール市場のシェアは37.4%でトップです。1974年に初代パッケージを発売し、48年にわたってリニューアルしつつ販売を続けている基幹商品です。

ミートボールの会社として知られていますが、もともとは千葉県船橋市で生まれた佃煮屋です。僕の祖父母が1946年、戦後の混乱の中で食品加工工場を立ち上げ、海産物の佃煮の製造販売を始めました。煮豆や栗きんとんを日持ちさせるために真空包装の技術を開発したんです。

石井食品
中華の惣菜をつくっていた石井さんの祖父と祖母
石井食品 提供

高度経済成長期を迎えた1970年代、食生活の変化に合わせて中華と洋食の研究を始めました。中華の惣菜を加工してデパ地下で販売していたんですね。祖父が製造し、祖母が営業する。父によると、夕食のときに祖母がお客様の声をフィードバックしていて、毎日が役員会議だったと言っています。僕は1981年に生まれたので、うちは中華料理屋だと思っていました。

もともとミートボールは甘酢味の中華風肉団子でした。あまり売れなかったんですが、4月と5月と9月には売れる。なぜかというと運動会シーズンのお弁当の需要だったんですね。ならばお弁当に特化するのはどうかと、「おべんとクン」シリーズとしてミートボールのほか、鶏そぼろ、鮭そぼろ、卵そぼろなど次々と商品を展開していきました。

イシイのおべんとクン
石井食品の「おべんとクン」シリーズ
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー当時は共働き世帯がまだ少なく、料理は母親がするものだという性別役割分業が当たり前でした。調理済み食品のニーズはあるとみていたのでしょうか。

まず市場調査や分析をするというより、お客様に求められる商品、喜ばれる商品の方向に寄せていった結果、調理済み食品に行き着きました。

この頃、洋食の分野でも日本初の調理済みハンバーグ「チキンハンバーグ」も誕生しました。1970年代に多く流通していた鶏肉を自社で培った技術で加工したのですが、お湯に入れて3分で夕食のおかずができるということで主婦の方たちに非常に喜ばれたことから、石井食品は佃煮からチルド商品に一気に業態を替えたのです。

ーー手作りか外食しか選べなかったところに、調理済み食品という選択肢が生まれたことで料理の幅が広がったんですね。しかし、「おふくろの味」や「愛情をこめた手作り」ではないという点で批判はなかったのでしょうか。

それはもちろんありましたし、今もあります。

1980年代に「おべんとクン」シリーズのCMをガンガンやっていたので、幼い頃から食べてきたという人が多い中、「母親が加工品を悪だと思っていたので一度も食べたことがありません」という人、または「加工品は食べたことがないけれど石井のミートボールだけはOKでした」という人もいます。

食の安全の観点で加工品に抵抗がある人にとっては、石井食品が食のトレーサビリティにいち早く取り組んでいることが評価されているのだと思います。商品のパッケージについている品質保証番号と賞味期限をサイトに入力すると、原材料の産地や品種などがわかるようになっています。

石井食品
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

また、1997年から製造過程において食品添加物を使わずに調理・加工をしています。添加物は科学技術なので、生産性や効率が上がるという意味では悪いわけではないのですが、現会長である2代目社長の父はこだわって、まったく使わないことにしました。なのでうちはそもそも食品添加物を仕入れておらず、使うという発想がありません。おかげで食品加工の技術やおいしさを長持ちさせる工夫をたくさん生み出せたので、そこは売りの一つです。

石井智康さん
石井智康(いしい・ともやす) /  石井食品株式会社 代表取締役社長執行役員 
2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年、祖父の創立した石井食品株式会社に参画。2018年6月、代表取締役社長執行役員に就任。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。認定スクラムプロフェッショナル。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー技術の向上によって調理済み食品の味や品質が担保されていたとしてもなお、便利な商品を使うことを「手抜き」と感じてしまう人もいるように思います。

食事づくりや家事全般において、技術は進んでいるのになかなか楽にならないな、というのは僕自身も子育てを通して実感しています。

社長に就任して2年目だった2019年、娘が生まれたときに1カ月の育休を取得しました。育休中に家事をひと通りやって、朝食をサッとつくる技術などを身につけました。自分では家事も育児もやってきたつもりでしたが、2021年に妻が病気で亡くなり、ひとりで家事と育児を担うようになると、保育園の書類を書いたりおむつにハンコを押したりといった「名もなき家事」が山ほどあり、妻に頼り切っていたんだなと気づきました。

両親2人いても大変なのに、ひとりで子育てするなんてそもそも「無理ゲー」です。僕はコンサル会社でエンジニアをしていた経験があり、難しい状況を突破するためには使えるものをすべて使うという考え方を学びました。

石井智康さん
保育園に預けられない事情があるときは子連れで出社することもある
石井食品 提供

コンサルティングでは「As Is(現状)」と「To be(理想)」という概念で問題を分析します。

理想的な状態は描いておいたほうがいいですが、現状がそこから乖離している場合、理想を実現するためのアクションをする必要があります。ただ、いきなり理想が現実にはならないので、そのアクションの過程で罪悪感を感じる必要はありません。また、理想は誰かに押し付けられるものではなく自分で決めるものだとも思います。

理想が「手作り」だと考える人は、忙しくて手作りがかなわないときには加工品を活用しながら「手作り感のある料理」を追求していくのもひとつのアクションです。そこで加工品を使うのは後ろめたいことではありませんから、石井の商品でも他社の商品でもどんどん活用してほしいです。ただ、「手作り」の重要度が高いかどうかは、誰かに決められることではなく、その人次第だと思っています。

「手作りの『To be(理想)』と『As is(現実)』について整理してみました」と石井さんが描いた図
Tomoyasu Ishii

ーー石井さん自身は、手作りと加工品のバランスをどうとっていますか。理想と現実のギャップはあるのでしょうか。

僕は、社長と家事、育児を担うという現実で、それこそ生き抜くしかないようなバタバタの状態なので、限られた時間の中でできる範囲の対応をするのが精いっぱいです。

加工品も使いますが、毎日だと自分も飽きてしまうので、ピンポイントで活用することが多いです。妻が味噌づくりをしていたのにならって自家製の味噌を使った味噌汁だけはつくったり、手料理のケータリングを活用したりもしています。

手作りするために時間を使って家族の団らんの時間が減るのは、僕にとってはもったいないことだと感じます。親子のコミュニケーションの時間を確保するためにも、使える商品や家電製品、サービスはどんどん使うようにしています。

石井食品のミートボールは、湯せんの場合は「熱湯で3分」という調理法を表示しているのですが、僕はそれすらもどかしくて、水に入れて火にかけて適当なところで火を止めて他の作業をして、忘れた頃にいい感じに仕上がっているという調理法を編み出しました。子どものために冷ます必要もないのでオススメです。温めずにそのまま食べることもできるので、パックごと持っていって食べる前にご飯の上にかけてミートボール丼にしているといったお客様の声も聞きます。

石井食品
石井食品本社1階「Viridian」のキッズスペース。この日、遊んでいたのは石井さんの長女
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

誰かが決めた理想にとらわれたり、自分の理想を他人に押し付けたりしても、誰もハッピーにならないですよね。時代や働き方の変化に伴って「手作り」に対する意識も変わっていますから、「自分はこれがよかった」と思っていても他の人にもあてはまるわけではありません。部活の先輩からしごかれたからといって後輩にも同じしごきをするような苦労の再生産には意味がないと感じます。

石井食品では、佃煮の技術を応用して、1990年代からは毎年おせち料理の製造販売も続けています。おせち料理といえば年末に女性たちが集まって慌ただしくつくるものでしたが、ゆっくりと家族と過ごせるよう、団らんをサポートするコミュニケーションツールとなるよう提案しています。多様な家族のスタイルがあり、それぞれの過ごし方に合うよう、2021年からは1人前のおせちも販売しています。

お客様の反応がきっかけで「おべんとクン」シリーズが生まれたときのように、これからもお客様の声を聞きながら時代に合った商品をつくっていけたらと思います。

【関連記事生産性を重視し5時退社する石井食品社長が、どうしても効率化できない「泥臭いプロジェクト」とは

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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