生産性を重視し5時退社する石井食品社長が、どうしても効率化できない「泥臭いプロジェクト」とは

小林明子

ミートボールでおなじみの石井食品。創業77年の老舗食品メーカーで5代目社長をつとめる石井智康さんは、ソフトウェアエンジニアから食品業界に転身しました。2017年に入社後、電話やファクスが主流だったコミュニケーションを一新。3歳の娘を育てるシングルファザーとして9時-5時の働き方を体現する中で、どうしても譲れないアナログなプロジェクトがあるといいます。

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起業か、家業か

ーー石井さんはIT業界出身ですが、もともと家業を継ぐつもりはなかったのでしょうか。

石井食品は1946年、戦後の混乱期に僕の祖父母が佃煮屋として創業しました。子どもの頃は「イシイのおべんとクン♪ミートボール」というCMがテレビで頻繁に流れていました。父が2代目社長となったのですが、僕は家業とはまったく関係のないところに行きたいと思っていました。敷かれたレールに乗ってしまったら自分で稼ぐ力をつけられないんじゃないかという恐怖心やコンプレックスがずっとあったんですね。

学生時代にプログラミングをかじっていたこともあり、アメリカ留学から帰国した5月から駆け込みでIT業界を中心に就活をしました。当時アクセンチュアの関連会社だったアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズに入社しました。

ソフトウェアエンジニアの仕事は楽しくて、チャレンジの幅も広いです。2014年からはフリーランスとなり、ベンチャー企業を中心に開発を支援してきました。フリーでも稼ぐことができると自信がついたときに、ようやく家業のことをフラットに考えられるようになったんです。

石井智康さん
石井智康(いしい・ともやす) /  石井食品株式会社 代表取締役社長執行役員 
2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年、祖父の創立した石井食品株式会社に参画。2018年6月、代表取締役社長執行役員に就任。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。認定スクラムプロフェッショナル。
石井食品 提供

フリーとして3年やって次にどうするかを考えていたとき、妻の病気がわかって食生活に気をつけるようになり、食や農業に関心が出てきました。食には課題もあるし、ビジネスチャンスもあります。

しかし、食の分野で起業するには工場をつくらなければならず、ノウハウも必要です。ふと身近に目を向けると、石井食品には工場もあるし77年間で培ってきた技術も、業界内のネットワークもある。ゼロから立ち上げるよりも社会的なインパクトが出せるのでは、と父に相談しました。

それまで父の話を聞いていて、会社が変化のフェーズにきているというのは理解していたので、僕の入社が石井食品に迷惑をかけるだけではないとも感じていました。最初はコンサルタントとして関わり、それから入社することになりました。

資料がファクスで届く

ーー2017年に入社して最初に手をつけたのがIT改革だったとか。

当時の社内のアナログっぷりはすごかったですよ(笑)。

まずメールアドレスのドメインを誰が管理しているかわからないという、"中堅企業あるある"に直面しました。工場にあるメールサーバーが共有されていたので、VPN接続ができない人はメールチェックするためだけに工場に入らなければならない。2017年でそんな状況でした。そもそもメールアドレスを全社員が持っていないというのも、僕のキャリアからしたら衝撃的でした。

工場で働いている人にとってはメールがなくても業務は成立します。ただ全社でコミュニケーションするとなると話は別です。本社と工場をつないでテレビ会議をやっているときに、工場からの会議資料がファクスで届くのを待つ、届いたファクスをプロジェクターで画面に映すという謎の時間や作業がたくさんありました。

ーーそこはアクセンチュア方式で次々と改革をしていったんでしょうか。

いえ、IT改革はひとつの手段にすぎないので、改革そのものがゴールではありません。電話もファクスもそれ自体が問題なのではなく、コミュニケーション不全に陥っていたことがすごく気になっていました。

担当者同士が電話で話した情報を周りと共有できていない。部署間で情報が伝わっておらず、連携ができない。業務が属人的になり、隣の席の人がなぜ残業しているのかがわからないまま長時間労働が常態化していました。

石井智康さん
社長就任2年目に1カ月間の育休を取得。今も子連れで出社することもある
石井食品 提供

そこで最初にやったのは、ホワイトボードを大量に購入することでした。とりあえずみんなで気づいたことを付箋に書いてホワイトボードに貼り、意見を出し合うワークショップをするためです。電子ツールを使わずアナログでできることからまず始めたのです。円滑なコミュニケーションの土台をつくったうえで、チャットツールのSlackやブラウザでできるウェブ会議ツールをできるところから導入していきました。

実はこのホワイトボードを使った振り返りは、ソフトウェア業界でいう「アジャイル」という手法の一つです。「アジャイル」とは「素早い」「俊敏な」という意味で、小さな機能ごとに設計と実装を繰り返すソフトウェア開発の手法のことです。新しい概念のようでいて、プロトタイプ(試作品)を回しながらユーザーのフィードバックを反映させてつくりこんでいくのは、日本の製造業の基本的な手法ですよね。石井食品でも、祖母と祖父が自宅で夕食のときにお客様の反応を共有しながら商品開発をしてきたので、まさに昭和のアジャイル型の組織だったんです。

長期休暇をマストに

ーーIT改革は働き方改革にもつながりましたか。

僕はアクセンチュアで働いていたときからダラダラと仕事をするのはよくないという考えのもと「8時帰りキャラ」に徹していました。キャラが定着すると、午後8時を過ぎても会社にいると心配されるようになりました。時間内に効果的に成果を上げることは僕の価値観において重要なことです。

プログラマーは脳みそが回っていない状態でコーディングしても価値を出せません。製造業も同じで、決められた時間の中でどう生産性を高めるかを意識して、業務を改善したり試行錯誤したりすることが必要です。

そこで取締役になってからは「長期休暇を取ろうキャンペーン」をやりました。最低で1週間連続、できれば2週間連続の休暇を年1回はマストで取るようアナウンスし、取得状況も把握しました。

僕はいまは「5時帰りキャラ」です。妻が亡くなりひとりで子育てしているので、9時-5時の中に仕事のすべてを詰め込まないと生活が成り立たないからです。当然、社長としての責任もあるので、時間内に成果を出せなかったり、経営に悪影響があったりするのであれば、社長を降りなければなりません。それも含めて、いまは9時-5時であっても僕が経営をやるほうがいいと、少なくとも僕は思っています。

 ーー無添加調理やトレーサビリティなど食の安心・安全にこだわる中、2016年からは全国の生産者と連携した「地域と旬」シリーズを始めています。手間もコストもかかりそうな事業ですが、ここにはIT改革や効率化のメソッドは取り入れられているんでしょうか。

いえ、「地域と旬」の事業にはソフトウェアエンジニアの経験は何も生かされていません。本当にアナログの泥臭い世界です。でも僕は起業してでもこれをやりたくて石井食品に入社したので、他ではできないことだと思って取り組んでいます。

「地域と旬」シリーズでは、日本各地で生産者が丹精込めて育てた農作物を、素材のおいしさを最も引き出せる調理法で加工した製品に仕上げています。旬の食材だけを使うため、徹底した小ロット、期間限定、地域限定販売となっています。これまで全国30超の地域と取り組み、100種を超える商品を発売しました。

旬と野菜
「地域と旬」シリーズの一つ、「神奈川県三浦のキャベツを使ったハンバーグ トマトソース ロールキャベツ風」
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

どの農家さんも食材と真剣に向き合っているので、食品メーカーは警戒される対象です。安く買い叩かれるのではないか、食材の味を変えられるのではないかと身構えている地域がほとんどです。そこに石井食品の営業担当が足繁く通い、一緒に畑を耕したりお酒を酌み交わしたりしながら信頼関係を築いていきます。

旬の食材を使うため試作するのも一苦労で、早く収穫できた早生(わせ)をいただいて試作するものの、中生(なかて)だと味が違うことがあるので微調整を重ねていきます。気候によっても味や食感が変わるので、毎年改良し続けることも必要です。

日本の食への危機感

石井食品は1997年から「無添加調理」に取り組んできたので、食品添加物で味の調整ができないのが弱点です。一方、旬の食材そのものの風味を最大限に生かせるため、こだわりをもつ生産者の方には納得していただけます。手間ひまがかかり、効率化とはほど遠いのですが、この世界観でやらなければ農家さんに信頼していただくことはできません。

とことん素材と加工にこだわった商品は決して安く売ることはできませんが、つくり手が正当な対価を得られるようにすることで、食材の価値を再定義でき、地域創生にもつながると考えています。

石井食品
「地域と旬」シリーズは、千葉県船橋市の石井食品本社や、その地域の「道の駅」などで限定販売されている
Akiko Kobayashi  / OTEMOTO

日本のスーパーはとても便利ですし、東京の街を歩けばさまざまなお店があって、おいしいものを手軽に食べることができます。でも、何か一つでも状況が変わると、急に安全・安心に食べることができなくなるのが日本の食だという危機感があります。

妻が病気になったとき、食品の原材料や成分に気を配りはじめると買える食品が激減しました。とはいえ共働きでしたからすべて手作りするのはとても無理ですし、高価格の宅食に毎食頼るわけにもいきません。アレルギーや宗教上の理由で食べるものに困っている人もたくさんいるでしょう。

おいしいものをつくる人と食べる人がつながれるように、農と食卓をつなげる提案をこれからもしていきたいと思っています。

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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