「もっと大変な人がいる」という "つらさマウント"は意味がない。精神科医のゆるいアドバイス

小林明子

「ゆるゆるとしたお医者さん」を自称し、SNSやVoicyでの発信が人気の精神科医、藤野智哉さん。近著『「誰かのため」に生きすぎない』では、「足は『逃げる』ために使っていい」「だいたいのことは『まあいっか』」など、肩の力が抜けるようなメッセージの数々をまとめています。仕事でも家庭でもつい頑張りすぎてしまう人に伝えたいこととは。

藤野智哉さん
『「誰かのため」に生きすぎない』の2万部突破を記念して2023年8月31日に東京・代官山の蔦屋書店で開かれたイベントにて
写真提供:ディスカヴァー・トゥエンティワン

ーー藤野さんは昼は精神科医として患者さんの診察をし、合間や休日にX(旧ツイッター)や音声プラットフォームのVoicyで積極的に発信しています。何かきっかけはあったのでしょうか。

精神科医として働き始めたことで、メンタルヘルスにまつわる情報ってまだまだ届いていないという実感を持ったからです。

診察室で会った方には直接話すことができますが、しんどい時に他人の言っていることを理解して反芻(はんすう)できる人はそれほど多くはありません。

3年ほど前にツイッターを始めたところ、ブックマークしてくれる人や「この言葉がお守りになる」と言ってくれる人がいたので、広く言葉を届ける方法としてSNSを積極的に利用し始めました。

「ちょっとしんどい」を当たり前に

ーー診察室を訪れる人にだけでなく、多くの人に伝えたい内容とはどんなことでしょう。

逆説的ですが、すべての「しんどさ」が精神科の病気ではないということです。

心がしんどくなったら精神科を受診してほしいのはその通りなんですが、特別視しなくていいんです。病気じゃなくてもしんどくなることはあります。

患者さんの話を聞いていても、「それは病気ではなく、そんな環境だったら誰だってしんどくなるんじゃない?」ということがよくあります。

しんどくなるのは恥ずかしいことでも特別なことでも自分が弱いせいでもないんです。身体の調子が悪い日があるように、心の調子が悪い日もあるのは誰にとっても当たり前のことだと伝えたいです。

ーー誰もが「しんどさ」を抱える可能性があるということですね。そういえば、何か事件が起きたときに、安易に加害者のメンタルの問題と結びつけるべきではないという指摘もされていました。

最近は大きな事件が起きるたび、加害者は精神疾患かもしれないという点に焦点が当てられがちです。僕は医療刑務所にも勤務していますが、精神疾患でなくても状況が整えば人は犯罪に手を染めると考えているので、動機が解明されていない段階でなんでもメンタルの問題と結びつけるのは時期尚早ではないかと思うのです。

なぜすぐ精神疾患の話になるかというと、「罪を犯すのは病気の人、だから自分は大丈夫だ」と線を引きたい心理が働くからでしょう。ただそういう人だって信号を無視したり速度違反をしたりと、自分の中でOKラインのルール違反はしているわけですよね。多くの犯罪は特別な人が起こす特別なことではなく、日常と地続きにあるんだと思います。

言えなくて病院を探せない

日本の精神疾患の患者数は400万人を超えています。つまり約30人に1人です。患者を支えている家族を含めると、精神疾患の人と関わりのある人は職場にだって何人もいるはずです。それなのに、いる気配がない。それは、スティグマ(偏見)のせいで周りに言い出せないからです。

病院に行きたくても人に相談できないから自力で調べるしかなくて、自由診療のクリニックなどで悪質な治療に引っかかってしまう人が少なくありません。つまり悪循環で、僕はそのスティグマを何とかしたいと思っています。

藤野智哉さん
藤野智哉(ふじの・ともや) / 精神科医。産業医。公認心理師。
1991年生まれ。秋田大学医学部卒業。幼少期に罹患した川崎病が原因で、心臓に冠動脈瘤という障害が残り、現在も治療を続ける。学生時代から激しい運動を制限されるなどの葛藤と闘うなかで、医者の道を志す。精神鑑定などの司法精神医学分野にも興味をもち、現在は精神科病院勤務のかたわら、医療刑務所の医師としても勤務。障害とともに生きることで学んできた考え方と、精神科医としての知見を発信しており、メディアへの出演も多数。著書に『「自分に生まれてよかった」と思えるようになる本』『自分を幸せにする「いい加減」の処方せん』『精神科医が教える 生きるのがラクになる脱力レッスン』などがある。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー近著『「誰かのため」に生きすぎない』は、「誰かのため」に頑張るあまり、自分の疲れやしんどさと向き合うことを後回しにしている人に向けて書かれています。

この企画が生まれたのはコロナ禍で、パートナーがリモートワークになった人や子どもの学校が休みになった人、遠方で暮らす高齢の親を心配する人など、家族のために心身の負担が増えてしんどくなってしまった人が多く診察に訪れていたころです。

僕の周りには、自分を犠牲にしてでも患者さんのために頑張って燃え尽きてしまう医療従事者もいたので、環境の変化に合わせて僕にできる発信はないかというのが一つありました。

もう一つ、「誰かのために生きすぎない」というのは優しい言葉のように見えて、実は警鐘を鳴らしてもいます。

誰かのために生きているときは自分の問題から目をそらすことができるのである種、ラクな面もあるんですよね。ただ、そこにどっぷりハマってしまうと過干渉や相互依存など別の問題もでてきます。「誰かのために」が相手のためになっているとは限りません。優しいことを言っているようで、自覚を促している本でもあるんです。

無駄なしんどさを削ぎ落とす

ーー本では「こんなに身体が重いのに、今日も地面にめりこまなくてえらい!」「さぼっているんじゃない、エネルギーを溜めているだけ」など、とことん自分に優しくして、自分のための人生を生きることを勧めています。

家族や仕事を優先する生き方をしている人は、自分の優先順位がどんどん下になりがちです。

そして、しんどいときは「まず休む」ことが大事なのですが、休むことすら大きくとらえて、休むために時間をつくったり仕事を調整したりしなければならないと負担に感じてしまう人がいます。また、休むことに罪悪感を覚える人もいます。

まとまった休みがとれるならそれが一番いいですが、なかなか難しいという人は、スキマ時間に休むくらいでもいいので、まず自分に目を向けてほしいです。

僕もスマホでSNSを眺めていたら知らない間に時間が経っていることがありますが、自分の体調や疲労感に目を向けたら「その時間のぶん早く寝たほうがいい」と気づくことができます。

手づくりのお弁当や苦手な人との飲み会など、普段であれば時間を使ってもいいけれど、しんどいときには削ぎ落としていい「無駄」というのは生活の中に必ずあります。何を優先するかと何を削るかは表裏一体ですから、削ることを積み重ねて自分を優先する時間をちょっとずつ増やしていけるといいですよね。

無意味な「つらさマウント」

ーーつらさやしんどさを他人と比べることを指す「つらさマウント」という表現も印象的でした。

つらさや悩みを打ち明けたときに「もっとつらい人もいるんだから」「より大変なことがあるからまだマシ」などと返されて、それ以上は言えなくなってしまうということをよく聞きます。

他人のつらさやしんどさを勝手に推し量ってくる人がいますが、つらさは数値化できるものではないので、本人がつらいと言っていることを否定のしようがないんです。環境が異なるので、自分の体験談を持ち出して相手のつらさを否定するのも無意味です。

つらさやしんどさは、比べることに意味がないし、比べられっこない。つらさを誰かと比べて我慢する必要はまったくありません。

「誰かのため」に生きすぎない
「誰かのため」に生きすぎない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーーところで藤野さん自身は、精神科医として診察するかたわら休日もSNSやVoicyで発信していて、それこそ「誰かのために生きすぎている」ようなイメージだったのですが。実際はゆっくりな話し方と崩した姿勢で、とてもリラックスした雰囲気です。「ゆるゆる」な生き方はどうやって身につけたんでしょうか。

僕は幼い頃に川崎病になり、いまも心臓に冠動脈瘤という障害が残っています。

何度も入退院を繰り返し、激しい運動を制限されていた中で医師を目指すようになったので、学生の頃は生き急いでいました。

大学受験のときには一瞬も無駄にしないようにと必死に勉強したんですが、その速度で生き続けるのは無理だとふと気づいたんですね。短期間ならまだしも何十年もそんなに気を張っているとどこかで糸が切れてしまうので、たまには糸をゆるめる作業も必要だと思うようになりました。

研修医のときはまだシャキシャキしていましたが、変わったのは精神科医として働き始めてからです。

ゆるさから生まれる余裕

精神科の診察室を訪れる人の中には、「ゆるくない」人たちが多くいます。緊張していて肩が凝り固まっていて、早くなんとかしなきゃと生き急いでいる人たちです。そういう人たちと接する医師のほうもシャッキリしていたら彼らの緊張がより増すだろうと思い、なるべくリラックスした姿勢でゆっくり話すように心がけるようになりました。

そうするうちに、ゆるゆると生きたほうが生きやすいということに気づきました。

時間もエネルギーも限られている中でゆるゆると生きるには、優先順位を考えなければなりません。僕の場合は、他人のインスタやブランドもの、出世レースなど、自分に必要ないのに知らないうちに乗っかっていた"競争"から降りることで、優先順位が高いことに余裕をもって取り組めるようになったんです。

それは、「天職」だと感じられる精神科医の仕事であり、医療刑務所の仕事であり、それ以外の時間に自分のペースで取り組んでいる発信です。

藤野智哉さん
「この本を読んだうえで『誰かのために』と広めてくれる人も多いです」(藤野さん)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー最近は著書や監修本を多く出されていますが、印税を寄付しているという話を聞きました。

本を出版するときの"裏ルール"みたいなものを決めています。『コロナうつはぷかぷか思考でゆるゆる鎮める』ではコロナ禍だったので医療従事者に全額寄付し、児童書『マンガでわかる!小学生のためのモヤモヤ・イライラとのつきあい方』を出版したときは、公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウスに寄付しました。

僕が子どもの頃に何度も入院したとき、付き添いのベッドがなくて親がとても大変そうだったので、病院の近くにある家族の滞在施設であるドナルド・マクドナルド・ハウスを応援したいと思ったからです。自分にできる範囲のことを好きでやっているだけです。

ーー人生で力の抜き方がわからないという人に、アドバイスはありますか。

仕事や育児、受験や競争など「いまこの問題を何とかしないととんでもないことが起こる」「人生が変わってしまう」などと思い詰める人は少なくありません。でも人生というのは、一つの出来事でそんなに大きく変わらないし、「これで人生終わったな」ということが何度かあったとしても、なんだかんだ続いていくのが人生です。

答えがでない問題や対処できない事態に対して、宙ぶらりんの状態に耐える力「ネガティブ・ケイパビリティ」の重要性も、昨今は見直されてきています。

心配ごとのほとんどは実際には起こりませんし、10年後20年後から見ればだいたいのことは「まあいっか」で終わるというのが僕の考え方です。周りに振り回されず、自分の人生を生きる人が増えてくれるとうれしいです。

※2023年8月31日にあったトークイベントと個別インタビューを元に構成しました。

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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