和紙を愛する人たちが上演するパフォーマンスは、高知の過疎地で一度きりしか完成しない
古くからすぐれた和紙の産地として知られる、高知県の仁淀川流域。ここで毎年、和紙や和紙の原料に光を当てたパフォーマンスが上演されています。5日間の公演のために、アーティストたちは3カ月前から町に滞在して草刈りをしたり、和紙づくりを学んだり。地域ぐるみで作品をつくりあげていきます。
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高知県の山間部では、千年以上前から和紙が作り続けられてきました。927年編纂の「延喜式」にはすでに土佐和紙が登場し、江戸時代にはその優れた製造技術が藩外に漏れないよう、専売制になったほど。明治以降はタイプライター用紙の輸出で栄えたものの、生活様式が変わった戦後から需要が減りはじめ、現在では、地元産の原料と伝統的な手法を用いた本来のつくり手は数えるほどとなりました。
その産地のひとつが、高知市から車で30分ほど西の地域を南北に流れる仁淀川の川沿い。この中流に位置するいの町で、浜田あゆみさんは実家の鹿敷製紙で和紙の原料となる楮(こうぞ)の収穫・処理を担当し、歴史ある和紙づくりを次世代につなげようと奮闘しています。
1年の大半は和紙の仕事をしているものの、もともとはパフォーマンスアーティストとして活動していたあゆみさん。今でも夏の2カ月間は創作と公演に捧げ、アートを通して土佐和紙を広く発信しています。
今年の公演作品は、高知県内の3つの地域の会場で上演。普段、農作業をしやすいようカジュアルな服装のあゆみさんが、真っ白な衣装に身を包み、ひとりステージに登場して楮を育てる喜びと厳しさを語るところから始まりました。
移植せざるを得なかった楮の気持ちを思いやり、「ほんとうにこれで良かったんやろか」とつぶやくあゆみさんに、ある会場では現役の楮農家さんがじっと聞き入る姿が見られました。別の会場では夜の暗闇にさわさわと降る雨音が趣を添えていきます。
作品の準備段階から、あゆみさんを中心とした演者やスタッフたちが過疎高齢化する地域やそこに住む人々をぐいぐいと巻き込み、元気にしていく様子はただただ圧巻のひとこと。日本とアジアのアーティストたちが作り上げた2つの作品と、その公演についてレポートします。※筆者もスタッフとして参加しました。
楮と和紙に光を当てた2つの作品
今年の公演は、あゆみさんを含む4人の日本人アーティストが作り上げた「Kaji / 楮」と、台湾をベースに活動するダンサー2人の「人造自然」の2本立て。
楮を育てる喜びと厳しさを楮側と人間側の双方から描いた「Kaji / 楮」と、和紙と身体、自然の美しさを引き出す「人造自然」で、和紙とその原料となる楮に光をあてる構成でした。ちなみに、Kaji(カジ)とは、高知の言葉で楮を意味します。
主催は、高知県立美術館、La forêt、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会に加え、あゆみさんが主催するアート団体「Washi +」。企画制作にも名を連ねるWashi +は、和紙をテーマとした作品を8年間連続で発表してきただけでなく、その作品づくりから会場の設置、集客まで、公演に関わるあらゆる面において、地域の人たちを巻き込み、協力しながら作り上げます。県内外から参加する演者とスタッフが、和紙づくりや地域の伝統を守る人たちから学び、観客に伝える過程でつながりの輪を広げていくのです。
楮畑の草刈りから始まる作品づくり
2023年の公演は、9月11日から16日までの5日間で計8回。しかし、作品づくりはその3カ月前から始まっていました。6月、アーティストたちが1週間いの町に滞在して、あゆみさんや地域の農家さんが管理する楮畑の草刈りなどを手伝い、楮や和紙づくりについて理解を深めるところからのスタートです。
日本チームの演出を担当したのは、Washi +に1年目から参加してきた石山優太さん。設立者のあゆみさんに加え、脇を固める井上貴子さんと原啓太さんも、Washi +で何度も一緒に作品を作り上げてきた気心の知れた仲です。
作品のベースにしたのは、高齢の農家さんが育ててきた楮を守ろうと、あゆみさんが実際に取った大胆な救済策。遠くに住む高齢の農家さんの楮の世話の手伝いが続けられなくなったとき、苦肉の策として、元気な楮を根こそぎパワーショベルで引っこ抜き、車で1時間離れたところにある鹿敷製紙に隣接した畑に植え直したというもので(前代未聞で楮農家界隈に衝撃が走ったそうです)、その経緯は作品冒頭のあゆみさんのモノローグで紹介しています。
そこに、楮を愛してやまない高知大学の田中求教授から聞き出した専門知識や、アーティストの個人的なエピソードを重ね、作品に深みを持たせました。
一方で、今回が初参加となる台湾出身のリュウ・イェンチェンさんは、6月の合宿で楮畑の草刈りなどに積極的に参加し、地元の文化を肌で感じました。「人造自然」では、作 ・演出・出演と一人三役こなしています。
また、9月に合流した、マカオ出身で台湾を中心に活動するダンサーのチャン・チーチェンさんも、リハーサルの合間に紙漉きを体験。土佐の和紙づくりに触れる中で、作品のアイデアを膨らませていきました。
鹿敷製紙で作っている様々な種類の和紙を使って「紙遊び」を繰り返し、それぞれの特徴や美しさを最大限に引き出す演出を研究することで、和紙、ダンサーの身体、そして空気や影など自然的要素の美が詩的に絡みあう、遊び心にあふれた作品に仕上がりました。
土地の中心だった場所を会場に
公演の会場となったのは、いわゆる「劇場」でありません。山間に楮畑が点在する柳野にある元小学校講堂の柳野公民館、神社に併設する地歌舞伎の奉納舞台、そして宿場町赤岡の中心にあった元商家。
高齢化や過疎化の進む地域において、長年人々が集い、守ってきた場所であり、楮や和紙づくりと同様に、これからも残していけるよう地元の人たちが奮闘している場所でもあります。
Washi +のリハーサルと公演は毎回、会場の掃除に始まり、また掃除で終わります。長年守られてきた会場に敬意を払うとともに、その維持にも貢献しているのです。
今回初めてWashi +の公演会場となった八代八幡宮の歌舞伎舞台では、舞台を管理する地元の青年団のメンバーが毎回リハーサルに立ち会い、花道の設置から落ち葉の掃除、椅子の運搬まで、あらゆる面で公演に協力していた姿が印象的でした。
実は、リハーサルに先立って、演者と青年団で酒を酌み交わし、交流を深めていたとのこと。土佐和紙と地歌舞伎の違いこそあれ、伝統文化を守ろうと奮闘する演者たちと青年団のメンバーは公演を通して互いへの敬意と信頼を築き、公演後もWashi +チームが青年団の奉納歌舞伎を観にいくなど、交流が続いています。
会場が作品の一部となる醍醐味
3つの地域で行なった今回の公演は、同じ作品にも関わらず、会場の雰囲気や観客の反応による、それぞれの個性が加わりました。演者やスタッフは、短期間に広さや設備、形状の異なる3つの舞台で演じるため、微調整が大変です。しかし、そうした苦労を物ともせず、会場の見どころに目を向ける演出を加え、作品に各会場でならではの意義と趣を織り込んでいきました。
楮農家が多い柳野の公民館での公演では、地元の楮農家の方々が観客として訪れ、楮を実際に育てる当事者の生の反応が作品の一部になりました。
作品の冒頭のモノローグで、やむない状況とはいえ、遠く離れた楮畑から引き抜かれ、自宅近くの畑に植え替えられた楮の気持ちを慮り、「本当は生まれ育った場所で一生を終えたかったんじゃないかな。本当にこれでよかったんやろか…...」と自問するあゆみさんと、じっと聞き入る楮農家さん。リハーサル時には感じきれなかった楮に対する深い愛情や厳しい現状がぐっと胸に迫りました。
同時に、楮を中心としたストーリーに大きくうなずいたり、笑ったり、隣の人と談笑したりといったストレートな反応を目にし、こうした公演が、楮や和紙についての情報を発信するだけでなく、この産業に携わってきた、そしてこれからも携わっていく人たちを讃える側面もあるのだと気づかされました。
公演中に聞こえてくる会場の外の音も、各会場で異なります。大雨の中での公演となった八代八幡宮の夜の回では、暗闇に響くさわさわという雨音がなんとも幻想的な雰囲気を醸し出し、赤れんが商家では、前の道路を通る車や楽しそうなおしゃべりが、作品に赤岡らしいにぎやかさを添えました。
地域に溶け込む公演
こうした会場で公演を行うは、普段なかなかアートに触れる機会がない地域の人たちにも、芸術と活気を届けたいという思いがあるからです。過疎高齢化の進む3地域の小さな会場での公演にも関わらず、今年は目標としていた240人を上回る246人のお客さんが作品を観に訪れました。
各公演後には、観客のほとんどが公演に関するアンケートに熱心に書き込んでいました。「楮を栽培しているが、より一層大切に世話をしようと思いました」「楮の収穫を手伝ってみたくなりました」「この公演のお陰で町に明かりが灯りました」。用紙に記された一言一言に、さまざまな形で作品の思いが受け止められた様子が感じられます。
また、赤れんが商家では公演の前後に学校帰りの小学生が遊びにきたり、近所に住むおっちゃんがふらりと訪れ、演者やスタッフと交流していたのが印象的でした。八代八幡宮でも、たまたまお参りに訪れた夫婦とおしゃべりが始まるなど、Washi +のメンバーはどこへ行っても地域の人たちと楽しく交流していきます。
会場周辺に限らず、ちょっとした買い物やご飯を食べにいく先々でも周りにいる人たちに積極的に話しかけて公演を宣伝。「じゃあ、何人か連れていくわ!」と言って実際に来てくれる方が多かったのも、メンバーの情熱と土佐という土地柄の賜物なのでしょうか。
高知が第二の故郷に
リハーサルから公演終了までの2週間、演者と一部のスタッフは、いの町で合宿生活を送ります。夜ご飯は全員で食べることが多く、お酒を交えながら、その日の公演を振り返ったり、たわいのない話をして、ハードな1日でも笑顔で終える。そして、日が経つに連れて、公演関係者たちがどんどんと親戚のようになっていきました。
楮や和紙について学びながら、その学びを観客に伝えていく。その過程で、地域の人々と交流し、メンバー同士の仲も深まっていく2週間の日々。Washi +の公演で、和紙や楮、そしてこの地域に一番深く感銘を受けるのは、他ならぬ演者やスタッフなのかもしれません。
実際、「Kaji / 楮」チームのメンバーは繰り返し高知を訪れて新たな作品を発表し、台湾出身のイェンチェンさんも「今度は楮を収穫する時期にぜひ手伝いに来たい」と話しています。
関係者が”家族”に、そして高知が第二のふるさとになっていく、年に一度の夏の公演。驚異的な気力と体力、そして情熱で周りを巻き込み引っ張っていくあゆみさんが、8年間続けてきた公演で築いたのは、和紙を広く発信する数々の作品だけではありません。来年はどんな公演が待っているのでしょうか。