よみがえった100年前の木桶。100年先も醤油をつくり続けたいから、道具を長く使うために

小林明子

ものづくりは、技術の継承ができても、道具の継承ができなくなって途絶えることがあります。醤油づくりに使われる巨大な木桶も、新たに製造できるのは日本で1社だけという危機を迎えました。そこで、香川県の醤油店が自ら木桶づくりを習得。今ある木桶を長く使おうと、昭和初期につくられた木桶をリサイクルした醤油店もあります。

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国産丸大豆、国産小麦、塩だけを使い、昔ながらの製法で醤油をつくる島根県奥出雲町の森田醤油店。その醤油蔵には、大人の背丈をはるかに超える木桶が所狭しと並んでいます。

森田醤油店
森田醤油店で醤油を熟成させている木桶は、100年ほど前のものもあるとみられる
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

木桶を満たしている濃茶色の液体は、諸味(もろみ)。表面にはフツフツと気泡が立っており、時間をかけて発酵していることがうかがえます。木桶の上部に渡した板の上に職人が立ち、棒を使って撹拌することで菌のはたらきを助けます。1〜2年かけて熟成した諸味を絞り、加熱殺菌したものが醤油になります。

森田醤油店
職人は木桶に渡した板の上に立ち、諸味を手作業で撹拌する
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

森田醤油店での醤油づくりは1903(明治36)年ごろ、7代目が始めました。2つの醤油蔵に計50本ほどある木桶はいつ頃からあるものなのか、10代目社長の森田郁史さんに聞くと「......わかりません」との答え。

「木桶は修理すれば100年から150年は使えるとされています。ここ三成地区は第二次世界大戦末期の1945年に大火による被害を受けましたが、同じ奥出雲町にある醤油店と木桶を融通し合っていたとも聞いています。おそらく戦前からある木桶もあるのでは」

森田醤油店
森田醤油店の湯ノ原工場には、使わないものを含め、数十の木桶が保管されている
森田醤油店
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

リサイクルするものだった

木桶の材料は木材のみで、金属の釘や接着剤は使われていません。側面の板は、竹を削った「竹釘」でつなぎ、竹で編まれた箍(たが)で周囲を締めて漏れないようにしています。

このため、もともと木桶はリサイクルされるものでした。大桶はまず酒屋で使ったあと、解体して醤油屋や味噌屋に運ばれて組み直され、新たな用途で再び使われていたのです。

しかし、プラスチックやホーロー、ステンレスのタンクが普及したことで木桶の需要がなくなり、戦後、新たな木桶はほとんどつくられなくなりました。酒屋で使われないため、醤油屋へのリサイクルのルートも途絶えました。現在流通している醤油のうち、「木桶仕込み」の醤油は約1%といわれています。

森田醤油店
森田郁史(もりた・いくふみ) / 森田醤油店代表取締役
大学卒業後、家業に入り、森田醤油店10代目社長に。醤油づくりでは4代目となる。「こどもから大人まで安心して食べ続けられる醤油」を目指し、昔ながらの製法で麹をつくり、国産丸大豆、国産小麦、奥出雲の湧水を使った無添加の醤油をつくっている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

修理できる職人がいない

代々、当たり前のように木桶仕込みをしてきた森田さんですが、危機感を持ったのは2012年ごろのことでした。

日本で唯一、大桶を製造していた業者が、高齢のため廃業する予定だと聞いたのです。木桶をつくれる人がいなくなれば、いずれ木桶仕込みもできなくなるーー。このとき立ち上がったのは、香川県小豆島のヤマロク醤油5代目の山本康夫さん。自ら木桶づくりを学び、蔵元や大工らに技術を共有するワークショップを始めました。そこに森田さんも参加することにしました。

森田さんの目的は、新しい木桶をつくるというより、古い木桶の修理の仕方を知ることでした。長く使い続けて漏れるようになった木桶は、鉄製のバンドで留める方法しか知らなかったからです。正しい修理の方法がわかれば、使えなくなった木桶を復活させることができると考えました。

このワークショップがきっかけで、プロジェクトから派生した木桶職人集団「結い物で繋ぐ会」とともに2018年、古い木桶を解体して組み直す作業を森田醤油店で実施することになりました。

木桶
新潟県の味噌屋から譲り受けた木桶を組み直す
写真提供:森田醤油店

新潟県の味噌屋から、昭和初期につくられた30石(5400リットル)の木桶と20石(3600リットル)の木桶を譲り受け、完全に解体した状態から組み直しました。また、上半分が漏れていた森田醤油店の木桶の箍も締め直しました。

木桶
写真提供:森田醤油店(右も)
木桶

組み直しは、巨大な側板や底板を元通りにはめ、箍を締める加減をミリ単位で調整する作業で、知識と技術と体力がなければできません。森田さんは職人の技に感銘を受け、よみがえった木桶に島根県産の大豆、小麦、奥出雲の湧き水、天日塩を使った醤油を仕込み、2年間熟成させました。「100年先も昔と変わらない製法を守り続けていこう」という思いから「百年先も。」と名付けました。

森田醤油店
「100年先も昔と同じ製法を続けていきたい」という思いを込め、組み直した木桶で仕込んだ2年熟成醤油「百年先も。」
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

木桶とそれ以外の選択肢

木桶の組み直しを何度かやるうちに、失敗したこともありました。

漏れが止まらなかったものは、底板がスギの特性上、縦と横で非対称に縮んでいたからだとあとでわかりました。また、廃業した蔵元から譲り受けた木桶は、棲みついていた微生物が醤油づくりに向かず、製造途中で廃棄したものもありました。必ず成功する保障がないのが、昔ながらの製法です。

森田醤油店
コンクリートのタンク(写真奥)やFRPのタンクも併用している
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

森田醤油店では木桶のほかに、FRP(繊維強化プラスチック)とコンクリートのタンクでも醤油を熟成させています。木桶の2倍、大きいものでは12倍の量が入るため、「安定した量と質で生産するには木桶以外の選択肢も必要」と森田さんは言います。

「木桶で仕込んだ醤油は、気候や温度管理、桶の個性によって100点以上のものができることもあれば、50点のものしかできないこともあります。FRPやコンクリートは安定して60点70点のものができ上がります。木桶だから無条件でいいというわけではなく、両方の特性を生かしていくことが大切です」

森田醤油店
木桶の底板を再利用したテーブル(左)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
森田醤油店
従業員休憩室(右)でも使用している
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

それでも森田さんは、木桶仕込みや古い木桶への思い入れは人一倍あります。漏れてしまう木桶も、いつか直して使えるのではないかとずっと残しています。解体し、底板をテーブルとして再利用したものもあります。

森田醤油店
竹製の箍は編み方や位置が決まっており、熟練した技術が必要
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

息子の浩平さんは組み直しの技術を学び、竹で箍を編めるようになってきました。

先人たちが使った古い道具を直しながら大切に使い、昔ながらの製法で醤油をつくり続ける。そんな挑戦を続ける醤油蔵に観光客が見学できるルートをつくり、こどもたちが醤油づくりを体験できるようにするのが、森田さんの次の目標です。

連載「職人の手もと」サイドバー2022
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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