日本生まれのスリッパを「企み事」でスタイリッシュに。老舗百貨店で感じたジレンマを、産地に注ぐまなざしに変えて

難波寛彦

私たちが日常的に使っている"スリッパ"は、実は日本生まれのアイテム。そんなスリッパを、さまざまなつくり手や産地と手を携えながら生み出している新進ブランドがあります。QUILTO(キルト)を手がける長谷川康介さんが老舗百貨店で感じたジレンマ、スリッパに着目したきっかけ、そして日本各地に点在する産地が抱える課題に対する思いとは。

個性的なインテリア製品が揃うIDÉEで販売されている、幾何学的で温かみのあるデザインのルームシューズ。毛織物の産地として知られる尾州地域で織られた、日本のテキスタイルブランド、kijinokanosei(生地の可能性)のテキスタイル(織物)が使用されています。

このルームシューズを手がけているのは、さまざまなテキスタイルを用いたスリッパを展開しているQUILTO。「つくり手と使い手の交差点をつくること」を理念に掲げた、日本のライフスタイルブランドです。

画像提供:QUILTO

老舗百貨店で感じたモヤモヤ

2022年にスタートしたQUILTOを創業したのは、国内の大手百貨店出身の長谷川康介さん。勤務していた百貨店ではインテリア領域の販売を経験後、アシスタントバイヤーとして同領域のイベント企画などを担当していました。

「構想自体は、百貨店に在籍していた当時から考えていました。周りの友人たちに話してみたところ共感を得ることができ、思い切って退職し創業することを決めたんです」

国や行政による支援によって若手起業家も増加するなか、長谷川さんがQUILTOをスタートさせたのは「起業がしたい」という野心からではありませんでした。

「インテリア領域を担当していた百貨店では、日本各地でテキスタイルなどのものづくりをする人たちとの出会いがありました。まだあまり知られていないつくり手さんの製品や思いにも触れる機会が多くありましたが、その魅力をより多くの人に知ってもらいたいと思ったんです。その実現のために、ものづくりにもっと深く関わりたいと思うようになりました」

画像提供:QUILTO

百貨店には、衣服から靴、陶器、家具までが所狭しと店頭に並び、各地の伝統工芸品なども揃います。しかし、さまざまな商品に触れることができる百貨店ならではの課題もあったといいます。

「百貨店というビジネスモデル上、どうしても希少さやトレンド、そして売り上げを最も重視する必要がありました。もちろんビジネスにおける重要な部分ですが、それゆえに、何か光るものがあって仕入れた商品も、継続的には販売できないということが少なくなかったんです。

また、期間限定のポップアップなどの”打ち上げ花火”のような単発の取り組みも多く、イベントの企画担当だったこともあり、販売する商品を次から次に入れ替える必要がありました。

そうした経験もあり、魅力あるつくり手や商品をより継続的に紹介できる方法はないのか?と考え始めました」

画像提供:QUILTO

目をつけたのは「スリッパ」

最初のプロダクトとしてリリースしたのは、日本の家庭では欠かせないあの製品でした。

「私たちが日常的に使っている、いわゆる”スリッパ”と呼ばれるものは、実は日本生まれのアイテムなんです。製造拠点としては山形が著名ですが、生産を請け負う工場などは年々減少しているのが現状です。

一方で、百貨店で販売を担当していた当時感じていたのは、”ハイエンドなスリッパを求める人は想像していたよりも多いな”ということ。ところが、百貨店を訪れる高感度なお客様のニーズを満たせる日本製のスリッパは少なく、歯痒い思いをしたこともありましたね」

そんななかで出会ったのは、とあるブランドのブランケット。世界中の絵画やイラストを取り入れ、コラボレーションしながらものづくりを行うコンセプトは、既存の製品とは一線を画すものでした。

「そこで気づいたのは、デザイン性の高いスリッパが少ないという現状でした。そのような市場で、高感度な人にも支持されるような製品を届けていこうと決めました」

QUILTOで協業している氷室友里さんらテキスタイルデザイナーなどは前職でのつながりが多い一方、産地や工場については自らリサーチし、話を持ちかけているという長谷川さん。そこには、QUILTOをスタートした当時から変わらない、「産地やつくり手がもっと知られてほしい」という思いがあります。

「QUILTOが、アーティストやつくり手の思いを伝えるハブやプラットフォームになったらいいなと思っています。情報やものが溢れている時代ですが、買い物におけるものとの出会いは、まさに”つくり手と使い手の交差点”。その背景にある、つくり手やものづくりについて知るきっかけにもなると思うんです。

そして、トレンドに敏感な人たちにも、古くても価値あるものに触れる機会を提案したいと考えました。そうした出会いの接点を、2枚の生地を縫い合わせてつくるキルトに重ね、ブランド名もQUILTOと名付けています」

画像提供:QUILTO

危惧する産地の消滅

とはいえ、テキスタイルのものづくりを取り巻く環境は年々厳しさを増しています。

「遠州織物で有名な静岡県西部の工場でつくられた生地も使用させていただいていますが、やはり後継者不足などの今後の課題についてはよく耳にしています。

特に、日本のものづくり産業は細かな分業制を敷いているところも多く、どこかが後継者不足で廃業した場合は、その影響で産地ごと消えてしまうという可能性もあると考えられます。事業継続ができないことで、日本国内のみならず海外でも使用されている上質なテキスタイルをつくっている産地がなくなってしまう。そんな未来は悲しいですね」

画像提供:QUILTO

こうした状況もあり、いずれは産地の課題解決にも関わることができるような取り組みをしていきたいと話す長谷川さん。

「そのためにも、いまはトレンドなどに左右されず、焦らずにコツコツと事業を続けていきたい。そして、QUILTOが媒介となることでものとの出会いの可能性について発信していきたいと思っています。

私自身もつくり手をリスペクトしているので、その過程で出会った人たちともっと話をしたいし、その人たちについてももっと知ってもらいたい。さまざまなつくり手さんたちとの対話を通して、一緒に”企み事”をしていきたいというのが今の原動力です」

著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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