「合わせは着る人の自由でいい」羽織る着物ブランド誕生の背景にあった、日本文化を扱うことへの覚悟
日本が世界に誇る伝統文化、着物をアレンジした製品で、海外メディアからも注目されているブランド「FARUTA(ファルタ)」。ヴィンテージの着物をアップサイクルし、洋服の上に羽織って着用できるアイテムとして生まれ変わらせています。日本と世界をつなぐ、次世代の着物ブランドを手がける古田マリーナさんにお話を聞きました。
FARUTAを創設した古田マリーナさんは、東欧のベラルーシ生まれ。小学生の頃に両親とともに来日し、高校までは日本で育ちました。卒業後に進学したのは、アメリカ・ニューヨークにあるニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)。カルバン・クラインやマイケル・コースといった世界的デザイナーたちを輩出している、ファッション界の名門校です。
日本に住んでいた頃は着物との接点がなく、漠然と「古風なもの」というイメージしかなかったという古田さんですが、渡米後の現地での経験がきっかけで魅力を感じ始めたと話します。
「私が日本から来たと知ると、『着物ってどんなもの?』『どうやって着るの?』と聞いてくる人が多かったんです。でも、私自身も詳しくは知らないので答えられなかったんです。そこで、着物というものに興味を持ち始めました」
着物に関心がある人は多い。でも…
その後、着物の歴史や文化的背景について調べたり、日本に帰国するたびに着物専門店に足を運び、着物に関する知識を深めていったという古田さん。人から人へと「受け継ぐ」という概念や、柄や色などにも一つひとつ意味があるなど、洋服にはない着物ならではの魅力の虜になっていきました。
一方で、同時に感じていたのは、着物を用いて和装をすることへのハードルの高さ。どんなに着物に関心をもっていても、習得が難しい着付けなどの壁があることにもったいなさを感じたと古田さんは話します。
日本人にとってはあって当たり前の着物も、海外の人にとっては珍しく興味をそそるもの。だからこそ、着物に魅力を感じている人の入口となる製品を届けたい。そんな思いでスタートさせたブランドが、ヴィンテージの着物を一点ものの羽織る着物に仕立て直すFARUTAでした。
「日本文化に造詣が深い一部の人を除いて、和装は海外の人にとっては難しいことです。それでも、着物の美しさに惹かれ関心をもっている人は、日本文化に対する憧れとリスペクトがあるという人が多いんです」
「羽織る着物」というスタイルを提案しているのも、和装まで挑戦するのは難しくても、普段着ている洋服の上に羽織るタイプであれば手軽に取り入れられると考えたためです。また、実際の着物は丈が長すぎるため、羽織るスタイルに合わせて調整するなどの工夫がされているなど、「着物がもつ本来の美しさを残したい」という思いが形となっています。
日本の伝統文化を扱う「覚悟」
矢野経済研究所の調査によると2023年の呉服小売市場規模は2240億円。前年比では101.4%と、コロナ禍で大幅ダウンとなった2020年からは少しずつプラスで推移しているものの、1兆円規模を軽く超えていた1980年代には遠く及びません。
着物の扱い方をめぐっては物議を醸すこともあります。2007年にクリスチャン・ディオールが発表した着物モチーフのオートクチュールドレスが各国のメディアから称賛された一方、2019年にはキム・カーダシアンが自身の下着ブランドに「KIMONO」と命名し大炎上。その後、ブランド名を改名せざるをえなかったという騒動も起こっています。
古田さんも、ブランドをスタートした当初は「着物業界や日本の人たちに受け入れてもらえるだろうか」と不安を感じていたと吐露します。
着物や日本文化に対するリスペクトを持ちながら新たな取り組みを進める一方で、常に「どのように扱うべきか」という問いを持ち続けていると古田さんは話します。
「日本国内の着物市場も縮小し続けているなか、着物の魅力を伝えることができるのであれば、文化的にも良い影響をもたらすのではないかと思って。もちろん不安もありましたが、日本で育ち海外でファッションを学んだ私だからこそできることではないかと考え、ある種の覚悟をもって始めたプロジェクトだったんです」
こうした姿勢は、ヴィンテージの着物を仕立て直す方法にも生かされています。例えば、着物特有の袖口や裾の形である「袘(ふき)」。裏地をあえて表に出して仕立てられている部分のことで、表の着物の生地が傷むのを防ぐ役割があると言われているものです。FARUTAの羽織る着物ではこれらを残すように、丈の長さだけを調節するように仕立てられているのです。
さらに、襟が二つ折りで厚みがある着物の特徴をふまえ、FARUTAの羽織る着物でも襟をあらかじめ二つ折りにしています。これによって、襟を首元に直接つけず空きをつくる抜衣紋(ぬきえもん)のような形になりやすく、本来の着物に近い着こなしが可能になっています。
着物の「入口」を目指して
あくまで着物本来の美しさを追求しているというFARUTAの羽織る着物ですが、SNSには「合わせをどうするべきなのか」というコメントがくることもあるといいます。洋服の場合、男性は右前、女性は左前と合わせが決まっていますが、着物の場合は基本的に右前です。
「洋服として見るのか和服として見るのかによっても違うとは思うのですが、軸にあるのは海外の人に美しい着物の新たな形を提案したいという思いです。個人的には、着る方にお任せしてもいいのではないのかなと思っています」
日本から見た視点と、海外から見た視点の二つがあることが、自分の強みでもあると語る古田さん。唯一無二の感性が生かされたブランドは、イギリス版『VOGUE』など有名ファッション誌に取り上げられたこともあります。
元々は海外の人に着物の美しさを伝えようと始めたFARUTAですが、日本の人々にも受け入れてもらえるのであれば、これほど嬉しいことはないと頬を緩めます。
「私自身、日本にいた頃は海外に対する憧れが強かったんですが、 実際に海外に行ったことで、着物をはじめとする日本文化の豊さと魅力に気づくことができたんです。だからこそ、今は『あって当たり前』と気に留めていないかもしれない日本の方にも、その魅力を伝えていきたい。今後はキッズやメンズ、既製服も展開したいと思っており、日本の若い世代が着物に触れる入口やきっかけとなれば嬉しいですね」