バターづくりの脇役が即完売する人気土産に。那須に移住して確信した「これは売れる」

難波寛彦

那須銘菓として人気を博している「バターのいとこ」。即完売してしまうこともある人気商品の素材には、バターづくりの過程で大量に生まれる無脂肪乳が使われています。販売する株式会社GOOD NEWS代表の宮本吾一さんは、2000年に那須に移住して以来、地域の人々とさまざまな課題解決に取り組んでいます。

国内有数の避暑地として知られる那須高原など、雄大な自然を身近に感じられる栃木県の那須エリア。そんな那須のお土産として、いま人気を集めているお菓子があります。

「バターのいとこ」というユニークな名前のその商品は、ミルク感たっぷりのジャムをバターが香り立つゴーフレット(ワッフル)生地でサンドしたお菓子。店頭に並ぶやいなや行列ができ、即完売してしまうこともある人気商品です。素材には、那須で営まれる酪農の過程で生まれた無脂肪乳が使われています。

このお菓子を生み出したのは、「バターのいとこ」を販売する株式会社GOOD NEWS代表の宮本吾一さん。東京都出身の宮本さんは、2000年に那須に移住してきました。

かっこよく思えた仲間の姿

「学生の頃から多くの人が住んでいる東京が苦手で、田舎に憧れていました。高校卒業後は日本を出て、しばらくはオーストラリアに滞在していたんですが、ビザの関係で帰国せざるをえなくなってしまったんです。そんなとき、友達に教えてもらったのが、那須で募集していたリゾートバイト(観光地で住み込みで働くアルバイト)でした」

リゾートバイトを経験する過程で、働いてお金を貯めては各地を旅している人など、面白い人たちと多く出会ったという宮本さん。さまざまなバックグラウンドを持つ人たちと話ができることに、楽しさを感じたといいます。

「多くの人が集まる東京ならいざ知らず、こんな辺鄙な場所で、こんな面白い人たちに会えるんだ!ということに魅力を感じて。当時は20代前半だったのですが、そんな那須に魅せられ、そのまま住み着いてしまいました(笑)」

宮本吾一さん
宮本 吾一(みやもと・ごいち) / 株式会社GOOD NEWS代表取締役
1978年、東京都生まれ。高校卒業後にオーストラリアに滞在し、帰国後の2000年に栃木県の那須エリアへ移住。ハンバーガー専門店「Hamburger Cafe UNICO」を手がけたのち、2014年にマルシェをもとに「Chus(チャウス)」を開業。2018年からは、酪農家と共同で開発した「バターのいとこ」を手がける。

写真提供:株式会社GOOD NEWS

リゾートバイトの同僚には地元出身者もおり、アルバイトをして貯めた資金を元手に、地元にお店を開いた人もいました。宮本さんには、そんな仲間たちの活躍が眩しく映っていたといいます。

「地方でお店を開いている人たちにとっては毎日が戦い。売り上げはもちろん、他の店ではこんなことをやっている、これからは新しくこんなことを取り入れよう、という風に常に試行錯誤しながら経営を続けています。そんな姿がとてもかっこよく思え、僕にも何かできることがしたいとお店を出すことにしました」

その後、コーヒー屋台などを経て、地産の食材を使ったハンバーガー専門店を始めた宮本さん。ファストフードの代名詞とも言えるハンバーガーに、地産地消やトレーサビリティといったスローな概念を取り入れようと考えます。

しかし、当時はまだSNSなども発展していなかった時代。地産の素材探しは簡単なことではありませんでした。レタスやトマトに玉ねぎ、卵から牛肉まで、たくさんの生産者がいるはずの那須ですが、いざ仕入れるとなると探し方がわからなかったといいます。

「そんなときに出会ったのが、いわゆる朝市などのマルシェです。石川県の輪島の朝市などが有名ですが、日本各地で行われている朝市などを見て、那須でマルシェができたら各生産者から素材を仕入れ、美味しいハンバーガーができるのではないかと考えました」

Chus
写真提供:株式会社GOOD NEWS

こうして、宮本さんと地域の有志たちによって2010年に初開催されたマルシェ。軽トラ数台を集めて始まったマルシェは、2012年には「那須朝市」と名前を変えて、より規模が大きなイベントへと発展。年2回の開催時には、それぞれの来場者数が5000人を突破するなど、地元でも反響があり、各地域での開催の打診も相次ぎました。

しかし、スタートから7年にわたって開催を続けていく過程で課題も見え始めます。

「一緒に運営するメンバーもいたのですが、それぞれが仕事をしながらボランティアで開催を続けてきたこともあり、疲れが見え始めてしまったんです。それでも、このままやめてしまうのは嫌だった。そこで、今度は営利目的で続けていこうと思い立ちました」

地域の課題をナラティブに

そんな背景もあり、2015年には“那須の大きな食卓”をコンセプトにした「Chus(チャウス)」をオープン。これまで続けてきたマルシェに、食事も楽しめるダイニングなども一緒になった複合施設です。

開放的な店内では、定期的にイベントなども開催。那須の人々が気軽に集うことができる、そんなChusで耳にしたのが、「バターのいとこ」の誕生につながる地域の課題でした。

Chusの店内
広々としたChusの店内
写真提供:株式会社GOOD NEWS

「とある酪農家の方がバターづくりを始めようとしていたのですが、その副産物として大量にできる無脂肪乳の扱いに悩んでいたんです。少量のバターを作るために、そこでできた大量の無脂肪乳もさばかなければならないのはしんどい。それを聞いて、『じゃあ、僕に送ってくれれば、その無脂肪乳でお菓子作りを始めます』と引き受けることになりました」

使用する牛乳から、4%ほどしか採れないというバター。残りの約90%の無脂肪乳は、脱脂粉乳として安価で売られていました。そんな無脂肪乳を使ったお菓子作りという発想の裏には、宮本さんならではの確信がありました。

「那須は観光業が盛んなので、お土産にもできるお菓子をつくったら絶対に売れる。そして、そこに大量の無脂肪乳という課題を解決するというナラティブ(物語)も加えることで、共感を得ながら購入してもらえる商品になると思ったんです」

バターのいとこ
写真提供:株式会社GOOD NEWS

小規模の生産者が単体では解決できないことを、地域全体で協力し合いながら解決していく。それぞれが得意なことを活かしながら、地域全体でより良くしていくという、まさに課題=ナラティブを具現化した商品が、2018年に誕生した「バターのいとこ」だったのです。

大量の無脂肪乳をいかに活用するかという課題を解決するため、まずは那須で販売し、地域の人々や観光客に向けて売ることを目指したというバターのいとこ。

1箱3枚入りの商品を1日に100箱ほど生産し、Chusや牧場での販売を始めたところ、その独特の食感などが評判を呼び、販売するごとに商品は即完売。

那須土産としてもらったことでバターのいとこを知り、首都圏からわざわざ買いに訪れる人も増えていきます。

その後、2022年には品川駅、2023年には羽田空港と相次いで出店。そこには、宮本さんが考える、次のステップとなる戦略がありました。

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著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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