自分の頭と体で学んだことだけが、本当の「技術」になる #職人の手もと
職人といえば、厳しい修行や師弟関係が思い浮かびます。一見すると非効率に見える慣習も、その裏には技術を体得するための合理的な考え方があります。
「見て覚える」が重要なのは、言葉で教えてもらう前に自分の頭で考えるクセをつけなければならないから──。
そう語るのは、土屋鞄製造所で修理業務を担う福田安宏さん。古き良き職人と現代的な職人のハイブリッドな視点から、修行や職人としての姿勢についてお話を伺いました。
独立型と工場型、それぞれの教育の違い
職人とひとくちに言っても、将来的に自分の工房を持たせて独り立ちさせることを前提とした独立型の工房と、技術を共有することでよりよいものを共に作っていこうとする工場型では、育て方もずいぶん違います。
私は叔父が鞄職人だった縁もあって叔父に弟子入りしたのですが、前者の独立型の工房だったので厳しい師弟関係の中で修行時代を過ごしました。
そもそも独立型の職人は、独り立ちして自分の工房を持ったらたとえ兄弟弟子ですらも他の職人に工房の中を見せてくれないんですね。もちろん技術的な相談にも答えてもらえません。
独立したらその時点からライバルの同業者ですから、どんな仕事を受けていてどんな道具を使っているか、といった情報はなるべく隠しておきたいんですね。
だから師匠のもとで修行しているときが、唯一「見て学べる」場所なんです。修行といっても、私は師匠から仕事を教えてもらった経験はありません。すべて自分で見て学んで、ある日急に師匠から「これをやってみろ」と言われるんです。
そこでできないと答えたら「今まで何を見てきたんだ」と叱られる。だから必死で師匠や兄弟子の仕事を横目に見ながらああやるんだ、こうやるんだと自分なりに考えて学んできました。
職人として独り立ちするには、技術力だけではなくお客さまとのコミュニケーションを円滑に進める力やコストとクオリティのバランスを管理する力も求められます。そういった言語化して教えることが難しい部分も、修行時代なら日々の仕事の中で師匠の振る舞いを見て学ぶことができます。
独立型の工房の場合は弟子が将来的に独立する前提で育てているので、技術だけでなく独立後に必要なすべての能力を師匠の背中から学ぶという意味で「見て盗む」が重視されているのかもしれません。
技術は年齢なんて関係ない
「見て盗む」よりも、やり方を言葉で説明して教えた方が効率的じゃないかと思う人もいるかもしれません。しかし職人の技術は自分の体の感覚や使い方に依るところも大きいので、言葉ですべてが説明できるものでもないんですね。
同じ作業でも自分ならどうするか、自分が作業しやすい手の置き方や姿勢はどうだろうと考えて自分なりに体得していくしかない。
そのためには、先輩たちが今何をどうやっているのかに対して常にアンテナを張って、やらせてもらえるチャンスがきたときにチャレンジできるだけの自分なりの仮説が必要なんです。
そして何より、本人に興味がないことはどんなにこちらから教えても頭に入っていかないんですよね。先輩の作業を見て自分もあの作業ができるようになりたい、そのためには何が必要なのだろうと向上心を持って自分から学びにいかないと、技術はなかなか身につかない。
だから私は今でも、後輩を指導する際はこちらから細かく口出しすることはありません。
土屋鞄製造所に入社した二十年ほど前は、そんな私の態度が後輩の職人から見て厳しく映ったかもしれません。でも今は聞きにきてくれたらいくらでも答えるようにしています。私の修行時代は聞きに行ってもなかなか教えてもらえなかったのですが、同僚としてみんなで技術を向上させていこうと協力できるのは工場型のいいところですよね。
せっかく先輩職人たちにいくらでも質問できる環境なのだから、若い職人たちは先輩に聞いて彼らの技術をどんどん取り入れていけばいいと思っています。技術は年齢なんて関係ないし、先輩を追い越しちゃいけないわけじゃない。
先輩からアドバイスをもらったらまずは一度取り入れてみたらいい。そうやって試行錯誤することでしか、技術は身についていきませんから。
「何度でも聞いてくれ」と伝える理由
私は師匠に質問をすると「二度目はないぞ」と言われる緊張感の中で育ちましたが、今の部下たちには「同じことを何度でも聞いてくれ」といつも伝えています。
何度同じ質問をされたとしても、また聞きにきたのかとは絶対に言いません。不安なまま作業をして失敗するよりも、少しでも疑問に思ったり自信がなかったらいつでも聞きにきてほしい。聞いてくれたらなんでも答えるから、と。
修理業務は特にお客様の所有物、いわば一点ものが対象なわけですから絶対に失敗ができません。だからこそ不安を感じたらいつでも相談してもらえるように、質問しやすい雰囲気づくりは大切にしています。
作業中もこちらから口出しすることはなく、進め方はそれぞれの職人に任せていますが、修理の方法は作業をはじめる前にしっかりすり合わせます。お客様にも修理の内容は事前にお伝えしてからお引き受けしているので、お伝えした内容と実際の作業にズレが発生しないようにするためです。
職人たちに「何度でも聞いてくれ」と伝えるのも、修理方法を事前に丁寧にすり合わせるのも、すべてはお客様に無事に修理品をお返しするためのものです。
依頼は断らない職人であるために
製造業務から修理業務に移ってからは、「修理不可は出さない」を目標にし続けてきました。私たちの部署は、まちの修理屋さんやチェーンの修理店からは「修理不可」と言われてしまったアイテムのご相談を受けることも多々あります。
つまり私たちが不可を出してしまえば、もうそのアイテムを修理できる相談先はないということ。せっかく愛着をもって使ってきてくださったアイテムを、さらに修理してでも使いたいという気持ちに応えたい。だからこそどんなに難しい修理でも、何か方法はないかといつも模索しています。
私は製造の職人として独立していた時代も、いただいた依頼はすぐには断らず、まずは引き受ける方向で考えて、そこからどうすればできるかを考えてきました。今の自分にはまだ難しいと感じるものでも、必死に考えてチャレンジしてみることで、できることの幅が広がっていく。職人の成長はその積み重ねなのだと思います。
今でも、難しい修理の相談がくるとそのことを考えすぎて夢にまで見るほどです。寝言で修理のことを言っているときもあるようです。鞄職人になってもう50年近くが経ちますが、それでもまだ難しいこと、学ばなければならないことがたくさんあります。その終わりのなさが、職人の面白さでもあるのかもしれませんね。
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