魚は「高い、臭い、面倒」 魚離れを突破する、驚くべき干物アレンジレシピ
2000年代から進んでいる日本人の「魚離れ」。値段が高い。調理が面倒。食べづらい。そんな魚料理の課題は「干物を使うことで解決できる」と老舗干物店が提案しています。魚の代わりに干物を料理に使い、骨からだしを取る。干物のイメージが変わる画期的な使い方を教えてもらいました。
「特大ノドグロ入ったよ〜!」
午前10時、島根県出雲市の老舗干物店「渡邊水産」の加工場には、緊張が走っていました。
このところ不漁だったなか、山陰沖で水揚げされたのは高級魚として知られるノドグロ。干物にすると1尾1万5000円以上になる魚をこれから加工するのです。
まず、社長の渡邊一さんが慣れた手つきで背に包丁を入れます。自らつくった干物を翌朝に試食して味の微調整をする生活を繰り返して45年。塩加減や干し加減にも並々ならぬ心血を注いできました。
人の顔の大きさほどある特大ノドグロが、一さんの手にかかるとわずか15秒ほどで開かれました。
1965年に創業した渡邊水産。築28年の工場は隅々まで清掃が行き届き、加工場に入っても生臭さが気になりません。
「刺し身でも食べられるような魚を新鮮なうちに加工しているから、におわないんです」
一さんの長女で3代目の岩田響子さんが、インスタグラムにアップするノドグロの写真を撮りながら教えてくれました。
「目が合うのが怖い」
温暖化の影響で海流が変化し、山陰沖でも獲れる魚の量や種類は安定していません。渡邊水産では「天然の原料を扱っているので工業製品化はしたくない」と手作業を重視し、扱う魚の種類を増やすことで対応してきました。いまはカマス、カレイ、アジだけでなくニシン、穴子、宍道湖のしじみまで20種類以上の魚介類を扱っています。
一方で消費者の魚離れが進んでいます。水産庁の水産白書によると、魚介類の年間消費量は減少傾向で、2020年度は1人あたり23.4キロと、ピークだった2001年の58%に落ち込みました。要因は、価格の高さや調理の手間、食の志向の変化とされています。
「魚業界にはいいニュースが何もない」と響子さんは言います。
「うちのアジは1尾ずつ職人が手で開いています。だから頭がついたままなんですが、『怖い』『目が合うのが嫌』と敬遠される。魚が日常的に食卓にのぼらない家庭が増えているからです」
干物は下処理が済んでいる
あるとき、店頭を訪れた30代の男性の「干物ってなんですか?」という言葉に衝撃を受けた響子さん。
もっと魚を食べてもらうにはどうすればいいか。干物を知ってもらうにはどうすればいいか。行き着いた答えは「干物こそが魚離れを解決できるはず」でした。
「干物は、うろこや内蔵が処理され、2枚におろしてあるうえ、すでに塩味がついています。余分な水分が抜けているので火の通りも早いです」
生魚の代わりに干物を料理に使うことで、下ごしらえ、味付け、加熱のプロセスを簡略化できるというのです。
響子さんは母で常務の渡邊美和子さんと干物を使ったレシピを考案し、インスタなどで発信しています。
干物でアクアパッツァ
例えば「レンコ鯛丸干しのアクアパッツァ」は、解凍した干物のレンコ鯛に、アサリ、野菜、白ワインを加えて蒸し焼きにするだけ。あらかじめレンコ鯛に切れ目を入れると身を外しやすくなりますが、うろこ取りや内蔵の処理は不要です。ほぼ包丁を使わず味付けもせず、鯛のだしがきいた見栄えのよいアクアパッツァができあがります。
2022年から山陰で獲れ始めたニシンは、3枚におろして干物にし、オリーブオイル、にんにく、唐辛子を合わせたものを冷凍し「干物アヒージョの素」として販売しています。
「野菜を加えて焼くだけでワンパンでメイン料理ができますし、パスタやオムレツ、ポテトサラダなどにもアレンジできます」
魚は価格が高く、食べ盛りのこどもがいるとコスパが悪い印象もありますが、干物をほぐして料理に使えばボリュームアップも可能だそう。
「アジの干物をほぐした身を5〜10分ほどすし酢に漬けてからご飯に混ぜこむと、味付けしなくても簡単にちらし寿司ができます」
魚料理の常識を覆し、手軽に食べる方法を提案しています。さらに、こうした干物のアレンジレシピで残ったアラや、干物を食べ終わった後の骨も再利用できるそう。
「骨を煮出せば干物からだしをとることができます。残ったカレイの骨をパリパリに焼くと骨せんべいになります。干物は捨てるところなく活用できるんです」
渡邊水産では20度以下の冷風乾燥機を使って時間をかけて干しているため、身がふっくらしていて骨離れがよく、臭みがないため料理に向くのだといいます。
干物で魚の形を知る
家庭で魚料理が食卓にのぼりにくくなった現代。こどもが人生で初めて口にする干物が、修学旅行で泊まった旅館の朝食に出る、冷めきってカチコチのアジの開きだというケースも少なくありません。
「工業製品化された『干物もどき』ではなく、おいしい干物を知ってほしい」。渡邊水産では工場見学ツアーや保育園や幼稚園でのお魚実習を開催しています。
頭がついたままの渡すいの干物は、パタンと閉じると海で泳いでいる魚の形そのまま。生魚のようにヌルヌルせず臭いもないので、こどもたちは干物を触って魚の形やひれの位置を学びます。焼いた干物をほぐした身を使った調理実習では、自ら魚に触れて料理することで、魚が苦手だったという子もきれいに食べるといいます。
「魚を身近な食材としてとらえてもらうきっかけになったら」。老舗干物店3代目の響子さんは、干物を使ったエンタメを追求し続けています。
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