ラーメンの脇役を国産にすると解決する2つの問題。「クラフトメンマ」が全国に広がる
ラーメンに欠かせないメンマ。その約99%が中国や台湾からの輸入品です。そこで「純国産メンマ」を売り出そうというプロジェクトが始まりました。なんとその材料は、日本各地で悩みの種となっている放置竹林の厄介者。食料自給と竹林整備の二兎を追うプロジェクトが今、全国にじわじわと広がっています。
古来から食材や日用品の素材として暮らしに役立ってきた竹。しかし高度経済成長期以降、安価な輸入タケノコが普及したことや、安いプラスチック素材が使われるようになったことから、竹の需要は激減しました。
竹は成長のスピードが早く、根を伸ばして広がり、周囲の雑木を枯らせてしまいます。また、根を浅めに張るため大雨のときに土砂災害の危険性が高くなります。
竹の伐採や搬出にはコストがかかりますが、整備しなければますます密生し、人が入ることもままならない竹藪に。放置竹林は全国各地で問題となっています。
林野庁によると、植栽しなくなった今も日本の竹林面積は増え続けており、2012年には森林面積の0.6%にあたる約16万ヘクタールに。九州や中国地方など西日本に多く分布しています。
竹林面積が全国3位の福岡県でも、あの手この手で放置竹林の対策を続けてきました。そのひとつ、糸島市のコミュニティビジネスとして始まった「純国産メンマプロジェクト」は、常識を覆すユニークな取り組み。放置竹林に頭を悩ませている他地域の農家の人たちにも広がりつつあります。
ゆでる手間が敬遠される
「価値がなくなった山にもう一度、価値をつけたい」
「純国産メンマプロジェクト」の代表を務める日高榮治さんはこう語ります。
日高さんは53歳で化学メーカーを早期退職。地元の糸島市にUターンし、団塊世代の退職後の受け皿としてコミュニティビジネスの研究を始めました。
地域の高齢化や環境問題などさまざまな課題を議論する中で、避けて通れなかった課題が放置竹林でした。
「後継者がおらず、竹林が手つかずになっている」
「竹を搬出するにもコストがかかるので、伐採しても積み上げておくしかない」
「一時的な補助金だけでは整備しきれず、数年たつと元の木阿弥」
日高さんはまず、竹の活用法を広げようと、パウダー状にした竹を使った「竹糠床」を開発しました。しかし多くは売れないため、大量の竹の活用にはつながりません。竹かごや箸など昔ながらの素材として活用することも考えましたが、「竹細工を趣味でつくってタダで配っている人もいて、売れる見込みがありませんでした」。
食用としても難題がありました。かつては春の風物詩として高級品だったタケノコは、皮をとってゆでる手間が敬遠されるようになり、もらいものでさえ「ゆでてからにしてほしい」と言われる始末。腐る前にタダ同然で取引される厄介者に成り下がっていました。
「完全に需要と供給のバランスが崩れてしまっていました。竹林では地上に伸びてきたタケノコを蹴り飛ばしたり、1〜2メートルになった幼竹をハンマーで叩き割ったりしていました。この厄介者に価値をつけるにはどうしたらいいか、試行錯誤した末に発想を変えてみたんです」
利益を地域に還元する
そこで日高さんが思いついたのは、幼竹をメンマに加工するというアイデアです。
「タケノコを食べなくなっても、ラーメンに入っているメンマなら日常的に食べている人が多いでしょう。加工食品のメンマは調理の手間がいらず、酒の肴としてもスーパーにも並びやすいです」
メンマの国内消費量は年間およそ3万トン。その約99%が中国と台湾からの輸入品といいます。一般的には「麻竹(マチク)」という中国産の品種が使用されていますが、日本の気候でマチクを栽培することは難しいため、輸入メンマに頼らざるをえなかったのでした。
「メンマはマチク」という常識を覆し、放置竹林にある「孟宗竹(モウソウチク)」や「破竹(ハチク)」や「真竹(マダケ)」でメンマをつくることができないか。しかも、タケノコではなく伸びてきた幼竹を使えないかというのが、日高さんの発想でした。
「タケノコは探したり掘ったりするのが大変ですが、地上に伸びた幼竹なら蹴ったり叩き割ったりしていたくらいですから、簡単に収穫できるんです」
日高さんは、それまで食べるという発想がなかった孟宗竹や破竹の試食を重ねました。2メートルくらいまで成長した幼竹でも、ゆでて塩漬けすれば硬い節の部分以外は食べられることがわかりました。
「化学メーカーで働いていたときには製品は値崩れしていくものでしたが、食品ならその逆の挑戦ができます。加工して付加価値をつけることで、原価の何倍もになる。そうすると地域にも利益を還元できるのではないかと考えました」
現在、幼竹は1kgあたり60円で取引されています。皮をむくと倍の120円になり、塩漬けして保存できる状態にすると1000円に。塩を抜いて味を付けてメンマに加工すると、1kgあたり4000〜8000円の値段をつけることができます。竹林整備が目的だった農家に加工のノウハウがなくても、地域内の食品加工業者と協業すれば、それぞれのプロセスで利益を生み出すことができるというわけです。
「塩漬けの技術は個人でもっている人も多いので、伐採、塩漬け、加工それぞれが得意な人たち3人くらいで組んでも、各工程で利益を得ることができます」
幼竹1本あたり、食べられる部分はおよそ10kg。これまで「今日は100本をへし折った」と苦労話をしていた人たちが、数百万円の利益を生み出せるという仕組みです。
糸島ではすでに幼竹の伐採から加工、流通までを一貫した仕組みが確立し、2024年は100トンの生産を目標にしています。
全国に「クラフトメンマ」の輪
「純国産メンマプロジェクト」の動きは全国に広がり、地域の特色を生かした味付けの「クラフトメンマ」が登場しています。
2023年10月27日現在で、35都府県の121の個人と団体がプロジェクトに参加。2023年11月4日には糸島市で「第5回 全国メンマサミット in糸島2023」が開催され、約400人が参加。各地のメンマを品評しました。
「竹林整備は全国共通の課題ですから、加工のノウハウをオープンにして共有しています。そもそもこのプロジェクトは、新しい技術でもなんでもないんです。タケノコではなく幼竹を食べてみたらどうだろう、と思いついただけですから」
ただ現状、日本のメンマ消費量のほとんどはラーメン店での需要です。物価高の今、ラーメン店に割高な国産メンマが受け入れられるかどうかは、まさにこれからの課題です。
一方、塩漬けの需要は増えており、供給が追いつかないという問題も生まれています。
「収穫に表年と裏年があるため安定して供給できる仕組みの確立や、私有地である放置竹林の権利関係など、課題はまだまだあります」
安価な輸入品が出回って、国内生産量が消費量の約1割にまで落ち込んだタケノコ。国産の塩漬け幼竹が一般に普及すれば、再び自給率が上がることも期待できます。
「竹の旺盛な繁殖力が竹藪の原因でしたが、今後は旺盛な繁殖力が喜ばれることになるでしょう。山に価値が生まれると、整備が計画的、継続的に進むようになります。竹林整備は持続してやらないと意味がありませんから」
ビジネスチャンスが未知数の国産メンマ。それでも日高さんは「経済性を見込んだとしても、純国産メンマプロジェクトの理念はあくまで竹林整備でなければなりません」と強調します。山の価値を取り戻し、整備された美しい竹林の風景を再び見られるように。