「SDGsは大事」でも着る服がない人に。老舗アパレル4代目が開発した、木の実からできた新素材ダウン

小林明子

軽くて暖かく、動物や環境に負荷をかけない木の実由来の新素材「カポック」を使ったアウターなどを提案するブランド「KAPOK KNOT(カポックノット)」。運営するKAPOK JAPAN創業者の深井喜翔さんは、アパレル業界でビジネスと社会貢献を両立させるという難題に正面から向き合っています。大阪の老舗アパレルメーカーの4代目でもある深井さん。「老舗とスタートアップの両方を知っているからこそ、できることがある」と話します。

KAPOK KNOT
カポックの実から採れる繊維は、軽くて撥水性に優れている。深井喜翔さんはこの実を持ち歩き、どこでもカポックについて説明してその魅力を広めている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

カポックは、インドネシアなど東南アジア各地に自生している落葉樹です。その実に詰まっているワタはふわふわで、コットンの8分の1の軽さ。ワタを採取するときに木を伐採する必要がないため、サステナブルな天然素材のひとつです。

このカポックに日本でいち早く着目し、ダウンと同じ暖かさの素材を開発したのが、KAPOK KNOTを運営するKAPOK JAPAN(カポックジャパン)創業者の深井喜翔さんです。

水鳥の羽毛を大量に使うダウンをカポックに代替することで、動物にも環境にもやさしく暖かいアウターがつくれるはずーー。

そんな構想を、実際にカポックに触れてからわずか3カ月で実現しました。背景には、老舗アパレルメーカー4代目として培った知識と経験、そして「沈みゆく船」に見えていたアパレル業界をより良くしたいという思いがありました。

アパレル業界の大量生産・大量廃棄に異を唱え、ビジネスと社会貢献の両立を目指す深井さんに話を聞きました。


深井喜翔さん
深井喜翔(ふかい・きしょう) / KAPOK JAPAN株式会社 創業者 / CEO
1991年生まれ、大阪府吹田市出身。1日に10回以上「カポック」と発する自称カポック伝道師。
2014年慶應義塾大学卒業後、ベンチャー不動産、大手繊維メーカーを経て、家業である1947年創業のアパレルメーカー双葉商事株式会社に入社。現在の大量生産、大量廃棄を前提としたアパレル業界に疑問を持っていたところ、2018年末、カポックと出会い運命を確信。KAPOK KNOTのブランド構想を始め、クラウドファンディングで新規事業を開始。2020年には、KAPOK KNOTの運営を軸としたKAPOK JAPAN株式会社を設立し、アトツギとスタートアップ両社の経営に参画中
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

教科書で見た素材を探して

曽祖父が1947年に創業したアパレルメーカー双葉商事が70周年を迎えた2017年、後継ぎとして入社しました。営業を経験したあと、今は新規事業を担当しています。

家業がアパレルといっても、僕はファッションが好きで着こなしを楽しむというよりは、新しい素材でライフスタイルにイノベーションを起こすことのほうに興味があります。そこで、商品の企画や品質の判定に役立てるため「繊維製品品質管理士(TES)」という資格を取得しようと勉強しました。

その教科書に載っていたのが、木の実由来の天然繊維「カポック」でした。

カポックは繊維が短いことから紡績が難しく、大手企業が何度も商品化に挑戦しては失敗して撤退してきたということで「覚えなくていい」と教わりました。でもなんとなく、頭の片隅に残っていたんですね。

KAPOK KNOT
カポックの実は10〜15センチほど。1本の木から300〜400個の実が採れる
写真提供:KAPOK JAPAN

しばらくして、ある商社が羽毛を不織布で挟み込んだ薄手のシートを販売し始めたことを知りました。僕自身、ビジネスシーンで厚手のダウンジャケットを羽織るのは抵抗があったので、薄くてかさばらないシートで暖かいアウターをつくれたら画期的だなと思いました。

ところがそのシート、めちゃくちゃ価格が高かったんです。

薄手のシートの場合、ダウンジャケットより使う羽毛の量が少なくて済むとはいえ、上質なダウンは高価です。同じシート状に加工したときにダウンより安くできれば、市場を獲得できるのではないかと見込みました。また、ダウンは羽毛の採取方法によっては動物愛護の観点から議論があるため、そうした懸念のない素材を使いたいという思いもありました。

そこで思い出したのが、カポックでした。軽くて暖かく、自生している植物なので価格も安いはず。「とにかく本物のカポックを見に行こう!」と、あてもないままジャカルタ行きの飛行機を予約しました。

カポックが栽培されている場所を人づてに探し、出発直前にようやく突き止めました。ジャカルタから飛行機で2時間、そこから車で2時間ほど走った山奥に到着すると、カポックが栽培された農園が一面に広がっていました。

KAPOK KNOT
インドネシアのカポック農園
写真提供:KAPOK JAPAN

現地で通訳をしてくれた青年によると、「こどもの頃おばあちゃんの家で、木の実を投げたり中のワタを燃やしたりして遊んでいた」と。タンポポのように庭先にも自生し、タンポポの綿毛と同様に遠くまで飛んで種を落とすために軽いワタになっているのです。

カポックには、湿気を吸って暖かくなる吸湿発熱の機能もあります。インドネシアの気候では防寒のニーズはありませんが、カポックのワタは昔から枕やマットレスの詰め物として使われていました。カポックは地域に根ざし、人々に親しまれてきた素材だったんです。それを知って「この素材に人生をかけて取り組みたい」と感じました。

KAPOK KNOT
木になっているカポックの実(左) / カポックのワタと種(右)
KAPOK KNOT
写真提供:KAPOK JAPAN

帰国してすぐ、大手企業との共同開発に着手し、カポックとリサイクルポリエステルを混ぜて不織布で挟んだシート「エシカルダウンカポック™」を商品化しました。厚さ5ミリで軽いのに暖かいシートで、価格もダウンより大幅に抑えることができました。

当初はカポックの機能性のほうを主に伝えていましたが、サステナブルな面にも共感が寄せられました。2019年10月に始めたクラウドファンディングは目標の50万円をわずか9分で達成し、最終的に1700万円超の支援が集まりました。

インドネシア工場
写真提供:KAPOK JAPAN

サステナブルやエシカルの素材は従来のものより高価格になりがちで、消費者にとっては価格が購入を躊躇する原因になりえます。カポックは、動物を傷つけないし、木の伐採もしないうえに、何より安い。だから無理なく取り入れてもらえるだろうという勝算がありました。

テレビでも取り上げられ、2022年には俳優の二階堂ふみさんとのコラボレーションが実現。2022年9月に東京・渋谷に常設店をオープンしました。

KAPOK KNOT
KAPOK KNOT
常設の1号店となる「KAPOK KNOT MIYASHITA PARK STORE」
写真提供:KAPOK JAPAN

ビジネスマンが自分ごとに

僕は11歳の頃からNPO活動をしていました。そこでは今でいうSDGs(持続可能な開発目標)をテーマに、サステナブルやヒューマンライツなどを学んできたので、もともと社会課題には関心がありました。

そんな背景があるため、社会に良いことをしたくてKAPOK KNOTを始めたように思われがちですが、少し違います。ビジネスチャンスがあることにしっかりと社会性がついてくるということに重点を置いています。

僕の家業はコテコテの老舗で、父は根っからの商人です。なので僕はどちらかというと、いわゆる丸の内のサラリーマンのようにビシッとスーツを着て、日経新聞を読んでいて、「手土産はやっぱり老舗の羊羹だよね」というような人たちの生活圏にいるんです。

取引先の銀行や企業の人たちと接していても、「これからの時代、サステナビリティに取り組まなければならない」と会議室では話しているけれど、実際に自分の購買行動には落としきれていないという人が多いです。

一方で、KAPOK KNOTの思想や活動を通して知り合ったアクティビストの方たちの間には、サステナビリティを購買の基準にするという生活圏が広がっています。

どちらの生活圏も知っている立場としては、どちらもリテラシーは高い層なので、身につけるものをサステナビリティの基準で選ぶかどうかは選択肢があるかないかによると感じています。

2019年10月に始めたクラウドファンディングのリターンにしたのは、ビジネスシーンを意識したステンカラーコート
出典:Makuake ※プロジェクトは終了しています

クラシックなデザインのコートしか着たことがないビジネスリーダーにとって、サステナビリティの機運がいくら盛り上がっていても、「自分たちが使える服がないよ」というのが本音です。そこにカポックという選択肢が加われば、白か黒かではっきり分かれがちな社会の構造にグラデーションをつくることができる。ビジネスシーンで使える軽いアウターから始めたのも、僕たちの役割はそこなんじゃないかと思ったからです。

KAPOK KNOT
年代や性別、着用シーンを問わないデザインを豊富に揃えるため、親子で訪れる人も多い
写真提供:KAPOK JAPAN
KAPOK KNOT

買わない選択は幸せか

サステナブルやエシカルは、排他的になりがちな側面も否定できません。「ものを買わないことがサステナブルだ」という意見もあります。突き詰めるとそうなのかもしれませんが、文化の継承や地方創生の文脈とは対極にあると感じます。

伝統的な文化が途絶え、都会でも地方でも同じ景色が広がり、どの旅行先でも同じような体験しか得られないことが果たして豊かなのかという議論がされないまま、ものづくりが否定される。すると、消費者がいいものを見極めるリテラシーも上がらない。僕はそういう世の中になるとすごくつまらないし、そんな世の中でいいんだっけ、と思うんです。

僕たちは、次の時代に向けた消費のサイクルを生み出したいと考えています。大量生産され大量廃棄されるものや一度きりしか使われないものをつくるのではなく、循環して次の生産と消費につながるものをつくりたい。

カポックの場合だと、木を植え、実がなり、ワタを採取してつくった服が買われたら、その売上でまた木を植えて、その実が自分のこどもの代にワタとして使われるというネクストサイクルです。そういうサイクルをどんどん生み出していくことを、ものづくり業界のベースにしていきたいというのが僕の思いです。

深井喜翔さん
カポックを植樹する深井さん。二階堂ふみさんとのコラボ商品は、売上の10%をアニマルライツの団体に寄付した
写真提供:KAPOK JAPAN

一周回って尖らせたい

サステナビリティはいろいろな考え方があるので、きれいなことだけを言い続けることもできれば、敵をつくることもあります。

僕は、老舗とスタートアップの間、ビジネスと社会貢献の間のグラデーションの立場を取るために、表現や行動にはすごく気を使ってきたつもりです。幸い、炎上したり叩かれたりしたことはほとんどありません。

ただ最近、一周回って、アンチがいないということはつまり、ブランドとして攻めきれていないのではないかと悩むようになりました。

深井喜翔さん
深井さんが着ているのは、アートライフブランド「HERALBONY(ヘラルボニー)」とコラボレーションしたアートコート
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

もちろん炎上商法をしたいわけではないんですが、議論を生み出せなければインパクトもありません。そんなブランドには持続性があるのかという課題感があります。

というのも、僕たちが目指しているのは、SDGsの達成期限とされている2030年までに世の中を変えることなんです。

人口の3.5%が動くと社会が変わるという「3.5%の法則」でいうと、日本の人口を1億人とした場合、350万着のカポック製品を世の中に届けることが、僕たちがまずできることです。特に衣服は住宅などと比べ、個人の行動として手がつけやすいアイテムのはずです。実際にそれくらいできればCO2の排出量も削減できます。

この4年間でOEMを含めて累計5万着を届けましたが、あと6年で350万着を達成するにはスピード感が全然追いついていないんです。それどころか、今の製造の規模感ではどうしてもサプライチェーンに負荷をかけてしまいます。

当たり触りのないことを言って自分たちはかっこいいことをやっているつもりでも、社会のどこかに負担をかけているビジネスを続けていて本当にいいのだろうか。本気で世界を変えたいなら、コンフォートゾーンを抜け出して、大きくスケールするような施策を打ち出していかなければならないんじゃないかと考えています。

素材で世界を変える

海外には、新しい素材を開発し、自社ブランドを立ち上げてBtoCのビジネスをすると同時に、素材を大手アパレルにシェアするBtoBによって規模を拡大したスタートアップがあります。

KAPOK KNOT
「吸湿性のあるカポックは素材としての可能性も無限です」と深井さん
写真提供:KAPOK JAPAN

僕たちも、カポックをアウターとは別の用途の素材として国内の事業会社に使ってもらう業務提携を進めています。

自社ブランドがあるからこそできることもあって、2023年には「Ron Herman(ロンハーマン)」とのコラボレーションにより、全国の百貨店でポップアップが実現しました。

KAPOK KNOT
ロンハーマンとコラボした植物由来100%のコート「Plant-Based Down 2030:Gathering」
写真提供:KAPOK JAPAN

通常はカポックにリサイクルポリエステルを混ぜていますが、このコラボ商品のコートは、表地から中綿、縫い糸まですべて植物由来の素材でつくっています。

このため数量限定で、価格も18万円から25万円と高いです。このコートが今のスタンダードだとは思っていませんが、2030年の世界では、植物由来100%のコートがスタンダードになっているといいなという思いで「Plant-Based Down 2030:Gathering」と名づけました。

スタートアップとして既存の大量生産大量廃棄のビジネスへのアンチテーゼは必要です。ただ同時に、思想を同じくする既存の産業といかに共存共栄していくかを模索することが、ビジネスを大きく広げ、社会を変える力になると考えています。

いまさらだからこそサステナブル
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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