雑誌は「ちょっと先の未来」を変えられる。先入観に縛られない、NEUT Magazineのつくり方

小林明子

先入観に縛られない「ニュートラル」な視点で社会課題を伝えているウェブメディア「NEUT Magazine(ニュートマガジン)」。カルチャー誌のような見せ方でありながら、タブー視されがちな話題にも直球で切り込んでいます。創刊5周年を迎えた2023年は、アジアン・ヘイトを特集した雑誌のポップアップイベントを台湾で開催しました。編集長の平山潤さんが考える「ニュートラル」とは。話を聞きました。

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日本の中でのアジアンヘイトにも目を向けた雑誌「Yellow Light」
Photo by Cheng Chung Yao

ーー「NEUT Magazine」はウェブメディアでありながら、1冊まるごとアジアン・ヘイトを特集した雑誌「Yellow Light」を刊行し、台湾でイベントを開催。海外におけるアジア人差別に声をあげると同時に、日本国内で起きている同じアジア人への差別にも目を向けようと呼びかけるなど、とがった編集方針が気になっています。

「#StopAsianHate」は2021年に世界で声が上がりましたが、日本の中ではまだまだマイナーなトピックです。「Yellow Light」には、差別が悪化しないように黄色信号で立ち止まろうという意味と、アジア人に対する差別的な言葉「イエロー」の権利(Right)の話をしようという、2つの意味を込めました。

2023年10月に台湾で開いたイベントではギャラリーを貸し切り、雑誌の一部を中国語に翻訳して展示しました。台湾では日本の雑誌が人気で、特に社会的なテーマとクリエイティブをかけ合わせた雑誌は珍しいこともあり、7日間で400人以上が訪れました。

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台湾でのポップアップの様子。レセプションには約150人が訪れた
Photo by Cheng Chung Yao

日本人も台湾人も、こどもの頃からお互いの国の食べものやカルチャーに触れています。そこには日米関係と同様に、ひとことで「親日」というには乱暴な、歴史的な背景があります。互いに複雑さを抱えているから、いきなり飲み会などで「実際、日本のことどう思ってるの?」とは聞きづらい。しかし展示を通して、同じアジア人として共感したり、台湾と日本の歴史を見つめ直したりして、新しい関係づくりができました。雑誌がそういう関係を媒介できたのはよかったです。

特権がある自分がやる意味

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Photo by Cheng Chung Yao

ーー「日本でアジアという言葉が使われるとき、どこか日本がアジアではないような印象を受ける」という雑誌での問いかけが印象的でした。

アジア人差別は日本の中のネガティブサイドだと思いますが、自分ごとだと考えている日本人は多くありません。それどころか、意識の奥深くで他のアジア人を差別していないでしょうか。

僕は10年前のアメリカ留学中、夕暮れにひとりで道を歩いていると、後ろから追い抜いてきた車から、氷水が入ったファストフードの紙コップを顔面に投げつけられたことがあります。車内からアジア人を蔑む笑い声が聞こえてきて、自分がアジア人だからその行為をされたんだとわかりました。

僕はアメリカで差別の対象になって初めて、自分がマイノリティになることもあるんだと気づいたんです。それまで日本で生きてきて、シスヘテロの日本人男性である自分の特権を自覚したことがありませんでした。その出来事をきっかけに、女性、LGBTQ当事者、障害がある人など、いわゆるマイノリティの人たちへの共感性が生まれました。

僕の周りで社会的なテーマを扱うメディアには女性の編集長が多いんですが、それは当事者性によるものもあると思います。なので男性の僕ができることはまず、特権性にまったく気づいていない人たちの言動を変えるような気づきを投げかけること。ある種の特権をもっている自分がやる意味は、そこにあるのだと思います。

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アジアのカルチャーを世界に発信する4人組ダンスヴォーカルユニット「新しい学校のリーダーズ」の写真も展示
Photo by Cheng Chung Yao

ーー「NEUT Magazine」はいわゆる「硬派」なテーマをカルチャーと絡めて取り上げています。アイヌや沖縄にルーツがある若者にじっくりインタビューした記事など、他メディアではなかなか読めないコンテンツもあります。

こうした取材は新聞でもできることですが、僕のような新聞記者ではない編集者が、アートや音楽、ファッションと絡めて届けることによって、初めて興味を持つ人もいるのではないでしょうか。

NEUTがまとっているカルチャー誌のような雰囲気を「かっこいい」と感じて手にとってくれた人が、「こんなに骨太な記事があるんだ」「社会は今こうなっているんだ」と知り、もっと深く知ろうとしてくれることが多いです。

ウェブは入り口が広がりますし、紙の雑誌は手触りやデザインなど非言語のビジュアル要素によっても訴求できます。関心を寄せてくれたアーティストやクリエイターから、今回の台湾のイベントのように発信が広がっていくこともあります。

雑誌が社会に良いことをしていない

平山潤さん
平山潤(ひらやま・じゅん) / NEUT MEDIA株式会社 代表 / NEUT Magazine編集長
1992年相模原市生まれ。成蹊大学卒。大学卒業後、ウェブメディア『Be inspired!』編集長を経て、『NEUT Magazine(ニュートマガジン)』にリニューアル創刊させ、編集長を務める。2019年に自社媒体の運営と企業やブランドとのメディアタイアップやコンテンツプロダクションの事業を展開するNEUT MEDIA株式会社を設立し、「先入観に縛られないNEUTRALな視点」を届けられるよう活動中。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー平山さんはインターンとして入社した会社で「NEUT」の前身の「Be inspired!」の立ち上げに携わり、編集未経験で編集長になったという異色の経歴なんですね。

僕は国語が苦手で本を読まないこどもだったんですが、中学生の頃に美容師の兄に「ポパイ」「メンノン(メンズノンノ)」などのファッション誌を読むことを勧められて、いろいろな雑誌を読んでいる中で「なぜワンシーズン先のトレンドを知っているんだろう」「まだ販売されていない洋服がパーティーでお披露目されているのはなぜ」「どうして僕たちが知らないことを雑誌は知っているんだろう」と不思議だったんです。

高校生になるとその仕組みがわかってきました。世界の流行は「VOGUE」などのファッション誌が決めていたり、メディア向けには発売前にレセプションパーティーがあるんだな、と。仕組みには納得したんですが、トレンドのサイクルをつくって消費をあおっていることには納得がいかなくて。好きな雑誌が社会に良いことをしていないのでは、と思うようになりました。

大学生になり、アメリカに留学した2012年にはまだSDGsという言葉はありませんでした。でも、カリフォルニアの大学生は当たり前のように環境問題に取り組んでいたんです。しかも、タンブラーを持ち歩いたり、クラフトビールを飲んだり、ファーマーズマーケットで安く買って地産地消したりと、楽しみながら無理をしていない感じでした。ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)がどんどん生まれ、ソーシャルグッドをうたうメディアも増えていました。

社会を良くするのは、こうやってクールに楽しみながら参加するポジティブな動機づけなのではないかと感じました。一方、その頃の日本では「障害者はかわいそうだ」とレッテルを貼って同情を誘って寄付を集める「24時間テレビ」のようなネガティブなアプローチばかりで、違和感があったことを覚えています。

僕の中で雑誌の定義は「ちょっと先の未来を見せてくれること」だったので、社会問題を考えることはクールだというちょっと先の世界線をメディアが提案できるのではないかという思いが強まりました。

「もっと先」を発信したい

平山潤
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

2015年に「Be inspired!」が立ち上がるときにインターンとして働きながら、別の映像制作会社のインターンで、アイルランド人の社長からサステナビリティとビジネスの両立について学びました。

大学では経営学部でマーケティングとコンセプトデザインを専攻していました。道路に貼り付いたガムをアップサイクルしてラバーソウルをつくり、そのスニーカーを買うと街がきれいになるというアイデアを友達と考え、ゼミで提出しました。

そんな経験をもとに「Be inspired!」の初期からポジショニングマップを描いてメディアのブランディングを提案していました。ちょっと先の未来を提案するメディアで、社会課題に参加するのはクールだというトレンドをつくる。当初から思い描いていたことが、今のNEUTのかたちにつながっています。

最近はファッション誌でもSDGsを取り上げることが当たり前になってきました。そうすると、僕はもっと先を見たくなるし、発信したくなるんです。

いま注目しているのは、アジア人としてのアイデンティティです。日本の中でアジア人同士の小競り合いや差別がなくなり、日本人が日本人でありアジア人であると思えることで、よくなる未来があるのではと思っています。

NEUT
NEUT Magazineのウェブサイト
出典:NEUT Magazine

ーーアジアン・ヘイトは炎上しやすいテーマであるうえ、いじめや差別など深刻な経験を、実名・顔出しのインタビューで聞いています。

インタビューに答えてくれた人たちは、知り合いのつてやSNSで探しました。差別された体験やセクシュアリティ、政治的な思想などパーソナルでセンシティブな話を聞くので、僕たちは取材対象者を全力で守らなければなりません。

一方で、声をあげたいと思っている人がいて、声をあげられるNEUTというプラットフォームがあるのだから、その声を公にする意義は大きいです。

近い境遇で悩んでいる人が記事を読んで共感したり、自分が肯定されたと感じたりすることはもちろん、加害者になるかもしれないマジョリティの人たちの発見にもなりえます。

声をあげてくれる人たちの勇敢さに寄り添い、しっかり一緒に発信していきたい。批判やバッシングのネガティブな面より、発信することで一歩前進するポジティブな面を信じて、暗くて重いテーマに向き合っています。

せっかくあげてくれたマイノリティの声がマジョリティとの架け橋になるように、編集の面で意識していることがあります。一つは「この人は在日韓国人だからこう考える」といったラベリングをせず、あくまで個人のストーリーとして伝えることです。

SNSで象徴的なこととして、強い言葉で意見を発信したらアンチが増えてしまうことがあります。発信した人が嫌われては意味がないので、ひとつの意見を押し付けるようなニュアンスは見直し、誰もが読みやすく誰も傷つかない文章を心がけています。

また、「女優」ではなく「俳優」に統一するなどニュートラルな表現に変えてレッテル貼りをなくし、なるべく読み手がインクルーシブに感じるように工夫しています。

反対側にいる人との会話

平山潤さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー平山さんは、特権の側にいることを自覚して仕事をしているということですが、マジョリティであるがゆえにやりづらいこともあったりするんでしょうか。

男性の視点が特に必要ないときに男性がいることでどんな影響があるかを想像し、現場に行くのを控えることはあります。

もともと、僕は集団の中では一歩引いているタイプ。「この人がいるから現場でこういうこと言えないのか。なら、あえて自分が言ったほうがいいのかな」など、場の空気を見ながらずっと考えてしまうんです。その場に仕切る人がいなかったら仕切りますが、編集長だから仕切るということはしていません。必要な役割を見つけてサポートに回ります。

僕には未来や社会にこうなってほしいという希望はあるけれど、自分は表現者ではないので表現できる人をリスペクトしていて、個人的なこだわりはあまりありません。自分が間に入ることで、いいものがつくれることが理想です。 

僕はこどものときからずっと「仲介役」でした。生徒と先生、男子と女子、兄と姉、兄姉と親など、いつも人と人との間を取り持って生きてきたので、バランスをとる役回りが身についているのかもしれません。

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Photo by Cheng Chung Yao

ーーそういう「仲介役」も、ある意味ニュートラルな立ち位置のようですが、平山さんにとって「ニュートラル」とはどんな状態なんでしょうか?

すべての人にアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があるので、「ニュートラル」でいられるはずはないんです。なるべくそうありたいという願望として「ニュートラル」という表現をしています。

ただ、物事や意見は、どちらかに寄り過ぎると見えなくなるし、伝わりません。反対側にいる人たちと会話ができなくなるからです。会話ができなくなると終わりなんじゃないかな。だからNEUTが間に入る役目ができたらうれしいです。

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Photo by Cheng Chung Yao

ーー今後の「NEUT Magazine」の展望を教えてください。

2020年と2022年に雑誌をつくったので、2024年にもう1冊、雑誌を形にできるといいなと思っています。また、新聞の号外も発行します。

ウェブだけでなく、新聞の号外、イベント、動画など、違った見せ方を模索しつつ、カフェなどオフラインの場所も持ちたいです。

NEUTはコンセプトを体現するメディアなので、ウェブや紙といったかたちにとらわれず、コンセプトを広げるツールをいろいろと考えていきます。

My Pride Color
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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