「お母さんを助けてほしかった」 虐待から生き延びた若者たちの心の声を聴く

小林明子

虐待を受けた経験がある若者に密着したドキュメンタリー映画「REAL VOICE」の製作が進んでいます。監督をつとめる山本昌子さんは自身も虐待を経験し、施設で育ちました。支援や啓発をする今の立場になるまでには、何度も挫折や葛藤があり「死にたい」と思うこともありました。

聞き手は、児童虐待を防止する活動「こどものいのちはこどものもの」を続けているタレントの犬山紙子さん、ファンタジスタさくらださん、坂本美雨さん。

山本昌子さん
「REAL VOICE」を撮影する山本昌子さん
山本昌子さん提供

私は父親のネグレクト(育児放棄)によって、生後4カ月から19歳までの間、乳児院、児童養護施設、自立援助ホームで育ちました。

3歳まで乳児院で育てられた後、児童養護施設に移ってそこから学校に通いました。一軒家に子ども6人が暮らし、職員3人が担当する当時は珍しい家庭的な施設でした。そこで本当に家族のように育てられました。

いつか私も児童養護施設の職員になりたいと思うようになり、高校卒業後は福祉の専門学校への進学を志望していました。卒業すると施設では暮らせなくなるので、父親が引き取ってお金も出してくれる約束になっていました。それが卒業の3カ月前に反故にされたんです。

住むところがなくなり、専門学校にも行けず、お金もないという危機に陥りました。何よりもつらかったのは、急に孤独感が襲ってきたことです。

施設から巣立っていく先輩たちを何人も見送ってきたので、自分も独り立ちすることは頭ではわかっていたんですが、いざ自分が出るとなると驚くほど心が追いつかなくて。強い執着心がゆがんだ形で表れて、施設の職員に見捨てられた感覚になりました。

築いてきた関係がこんなにもろく崩れるなら、今までの時間はなんだったのか。これから人と関係を築く意味はなんなのか。そう考えはじめると、生きている意味そのものを見失って、そこから死にたいという思いが強く出てきたんです。

山本昌子さん
山本昌子(やまもと・まさこ)/ 生後4カ月から19歳まで、乳児院、児童養護施設、自立援助ホームで育つ。児童養護施設出身者の振袖撮影をサポートする「ACHAプロジェクト」代表。ボランティアグループ「おせっかいsan」を運営。児童養護施設出身の3人によるYouTubeの情報発信番組「THREE FLAGS -希望の狼煙-」のメンバーとしても活動。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

友達に救われた

高校卒業後、働きながら自立を目指すために、自立援助ホームに移ることになりました。どうしても進学をあきらめきれず、居酒屋でアルバイトをしながら1年間で100万円を貯めて、夜間の専門学校に入学することができました。

それなのに、入学後にさらに精神的に不安定になってしまい、電車にただ乗っているだけなのに泣き出してしまうこともありました。朝起きると、自分が生きてるのか死んでるのかわからないくらい動けなくて。友達が「これ以上休んだら卒業できないから」と家まで迎えにきてくれたり、ノートを全部とってくれたりしました。

友達に外に連れ出してもらうと、次の日も会えるのに解散するのが怖くてオールに付き合わせたことも何度もあります。一緒にいたらいたで、私は深夜に死にたいモードに入るんです。「絶対に幸せになれるよ!うちらがいるのに幸せになれないわけないやん」って励まし続けてくれる子もいて、周りの人たちに助けてもらいながらなんとか生きていました。

私はSOSを出すことはうまかったんだと思います。人のことが大嫌いになったはずなのに、人のことが好きすぎて。自分勝手で面倒なタイプだったとは思いますが、そのおかげで孤立することはありませんでした。

あなただけの振袖

成人式を迎えたとき、専門学校で廊下ですれ違うくらいの関係だった先輩からふと、「振袖は着たの?」と聞かれました。着ていないと答えたら、先輩は私を商業施設の撮影スタジオに連れていき、振袖姿の写真を撮ってくれました。私がSNSで「死にたい」という投稿ばかりしていたので、何かと気にかけてくれていたんだと思います。

「あなたを大事に思っている人はいるよ。少なくとも私はそうだから。いつの日か、生まれてきてよかった、生きてきてよかったと思ってほしい」

先輩のその言葉が力になって、死にたい気持ちを吹っ切ることができました。

山本昌子さん振袖写真
山本さんが撮影してもらった振り袖の写真
山本昌子さん提供

また、そのころ専門学校で「生い立ちの整理」について教わりました。愛着形成を再確認するために成長の歴史を整理することで、私がやったのは過去に関わった人たちに1年かけて会いに行くというものでした。

小学校のときの友達や施設の職員さんなど、いったん断絶していた、というより自分から拒絶していた人たちに話を聞いて、記憶を整理しました。

それでわかったのは、ただ素直に寂しいと言えばよかったんだということでした。施設の職員さんに対して「どうせ仕事だから面倒をみてくれてるんでしょ」と反発していたのですが、どれだけ人生をかけて深く愛してくれていたかがようやくわかりました。自分が世界一かわいそうな悲劇のヒロインの感覚でいたけれど、そうではなかったとわかったときから、どんどん元気になりました。

「あなたのため」のメッセージ

専門学校を卒業した後は結局、児童養護施設で働くのではなく、児童養護施設出身の子たちに振袖撮影を提供する「ACHAプロジェクト」をはじめました。活動は7年目になり、これまで約150人を全国で撮影してきました。個人や団体のさまざまな協力があって活動は広がっているのですが、大切にしていることが一つあります。たとえ非効率でも、1回の撮影では基本的に1人だけを撮影するということです。

施設で育った子は自分のことだけを見てもらえる機会が少ないので、私が先輩にしてもらったように「あなただけのために」「生まれてきてくれてありがとう」というメッセージを丁寧に伝えたいからです。

この振袖プロジェクトを通して、全国の施設出身の子たち約600人とSNSでつながりました。特にコロナ禍になってからはSNSでのつながりの必要性を感じています。

振り袖の写真
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

生き延びた子のその後

SNSでつながっている人たちは18歳から34歳くらいが多いのですが、子どものころに虐待を受け、保護されることもなく、なんとか生き延びて大人になった人も少なくありません。表面上は明るく振る舞っているけれど、虐待された当時のことがフラッシュバックしたり、パニック障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされていたり、そのせいで仕事を続けることができなかったりと、内面ではさまざまな苦しみを抱えています。

児童虐待で子どもの命が奪われたときには大きくスポットライトが当てられますが、かろうじて生き続けてきた子たちのその後の人生についてはあまり知られていないのではないでしょうか。例えば、職場で休みがちな人がいたときに、一方的に責めずに寄り添ったり、背景や事情を想像したりする視点はあるでしょうか。

もちろん虐待行為そのものがなくなることが目標です。ただ、すでに虐待を経験した人はこの社会環境の中で大人になっていくしかないので、少しでも生きづらさを減らせるよう、社会の理解が必要です。

また、母親から虐待を受けてきたにも関わらず「お母さんを助けてほしかった」という人も少なくありません。虐待をなくすためには、母親が孤立しないように子育て環境を見直すことも必要で、虐待経験者が生き延びて大人になったからこそ発信できることもあるのです。

山本昌子さん
西坂來人 for OTEMOTO

当事者に自己開示をしてもらうのはリスクもあるので、メインキャストには、信頼関係があって私に対しても物怖じせずに発言できるメンバーを選びました。表向きはとても明るい子たちなのですが、明るさの裏にある二面性が見えることで、虐待の影響の大きさが浮かび上がるのではないかと思っています。

そこで2022年3月から、虐待を経験した若者たちの声を届けるドキュメンタリー映画「REAL VOICE」の撮影をはじめています。クラウドファンディングで集めた資金をもとに、北海道から沖縄まで約60人の思いを撮影します。

この映画の撮影が、出演する人たちの「生い立ちの整理」の機会になってほしいという思いもあります。

私自身、死にたくてたまらなかったときは誰から何を言われようと死にたいとしか思えませんでした。施設にいた当時は、職員さんからの言葉を素直に受け入れられなかったこともありました。

そのひとつひとつが思いのこもった言葉だったのだと気づけたのは、あとになってからです。周りの人たちのおかげで生きてこられて、生き延びたからそのことに気づけました。

一方で、周りからの助けもなく地獄のような日々を過ごしてきて、いまも親に怒りの感情がある子もいます。正解はありません。だからこそ、このリアルな声を聞いて、虐待から生き延びた人たちのことを知ってもらえたらと思っています。

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犬山紙子さん、山本昌子さん、ファンタジスタさくらださん
坂本美雨さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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