海外旅行で見かける「日本の工芸品」への違和感から生まれた、メイド・イン・ジャパンの挑戦
幾何学的な形を斬新な色合わせで表現した「STUDIO THE BLUE BOY」のラグ。海外の建築やインテリアを想起させるモダンなデザインですが、京都の老舗織物工場の職人が伝統的な技術で一点ずつ手づくりするメイド・イン・ジャパンの工芸品です。創設者でアートディレクターの正田啓介さんは「日本のものづくりをデザインの力で昇華させたい」と語ります。人と人をつなぐ手仕事について聞きました。
私は幼い頃から絵を描くことが好きで、ウェブ制作会社やアパレルブランドでアートディレクターとして働くかたわら、趣味でグラフィックデザインを続けてきました。
仕事では雑誌の企画、ブランディング、パッケージやロゴのデザインを手がけていました。表現の幅が平面から立体へと広がり、内装や空間のデザインなどにも携わるようになりました。個として自由な表現をしたいという思いから独立し、ライフスタイルブランド「STUDIO THE BLUE BOY」を立ち上げました。
名もなき作家の個展
2019年6月、フランス・パリのパレ・ロワイヤル内にあるギャラリー「3㎡」で個展を開きました。これは正田啓介の個人名義で初めて開催した個展です。
会社を立ち上げたばかりでしたし、個人としての知名度も当然ありません。しかも日本ではなくフランスです。ところが、この個展のために日本から持参した約30点の絵をほぼ売りきったんです。
アーティストの知名度や宣伝がなければ集客は難しいものだと思っていましたが、ヨーロッパでは「ものが良ければ見てもらえる」ということを実感しました。たまたま通りかかって窓越しに見て、かわいいなと思ったらそのままギャラリーにふらりと入ってきて、購入してくれるという人が少なくなかったのです。
この個展では、日本の陶芸家2人とコラボしてつくった陶器も置いていました。名もなき日本のアーティストでも、いいものづくりをすれば海外で受け入れられ、日本の文化を知ってもらうことができる。とても大きな自信になりました。
その後もクライアントワークを続けながらゆるゆると個人的な創作活動をしていく中で、2019年8月に直径1.5メートルのオリジナルラグを自身のインスタグラムで発表しました。
「こんなラグ見たことない」「どこで買えますか」
予想以上の反響がありました。これが「STUDIO THE BLUE BOY」の代表的な商品となるラグの始まりでした。
観光よりも人脈づくり
私は海外を訪れるのが好きで、会社員だった頃も月に1回は海外旅行をしていました。
最初につくったこのオリジナルラグは、モロッコからインスピレーションを得てつくったものです。ギリシャやスペイン、日本の枯山水など、旅先で出会ったさまざまなモチーフをラグのデザインに昇華しています。
とはいえ、旅先では観光はあまりしません。友達に現地の人を紹介してもらって遊んだり、その友達の友達に会いに行ったり。ローカルに深く入り込み、人脈をつくることを大切にしています。
ロサンゼルスで知り合った友達に「このラグをこういうシーンで撮影してみたい」と相談して、イメージに合う家で撮影させてもらうなど、人脈は自然と仕事に発展していきます。英語はほとんど話せなかったのですが、アメリカ人の友人と電話でたわいもないことを話すうちに、ビジネスで使えるレベルまで上達させることができました。私がやりたいことは、人とつながることで実現できているんです。
ものづくりをするにあたっては、自分がやりたいことを実現するにはどんな人の力が必要で、その人の手を借りるためにはどうすればいいかをいつも考えています。自分が得することだけを考えるのではなく、自分にできることを還元する。人と一緒に新しいものをつくり上げるプロセスを大事にする。私が最も大切にしていることです。
高級ホテルに老舗工場のカーペット
海外でインスピレーションを受けたデザインを3Dのものづくりに落とし込むことにこだわっているのですが、そこでリスペクトしているのは日本の伝統技術です。
ラグの素材は、ニュージーランド産の天然ウール100%です。この糸を大阪の染色工場で染め、京都の織物工場で職人が糸を打ち込んで1枚ずつラグを手づくりしています。
糸を打ち込む手法を「タフティング」といいます。最近はラグのDIYが人気を呼び、個人が気軽に体験できるタフティングもありますが、この工場では「フックガン」と呼ばれる昔ながらの手持ちの機械で、丁寧にパイルを打ち込んでいます。危険もあるため、熟練の職人さんしか扱えない機械です。
もともと高級ホテルのスイートルームやラグジュアリーブランドの旗艦店のカーペットなどを扱っている老舗工場なので、素晴らしい技術力をもっています。
うちのラグはモザイク柄のような複雑な模様ではないので特に難易度が高いわけではないのですが、それでもパイルの高さを変えたり曲線を打ったりと、デザイン面ではわがままを言わせてもらっています。
長方形ではないため裏地の始末も複雑です。糸が抜けていかないようにラテックスというゴム製のりで始末する際、曲線の部分は角度をつけて片側にひだを寄せながら貼っていかなければなりません。
デザインのパターンは決まっていますが、受注制作のため一点一点、色の配置などが異なります。微妙なデザインの差異まで形にできる技術があるからこそ、床に敷くだけでなく壁にかけて楽しむこともできる「アートラグ」として完成するのです。
「日本の工芸品」への違和感
デザインにこだわるのであれば、海外の工場に安く発注するという選択肢もあります。私も海外産を否定するわけではありません。手織りの技術が必要な種類のラグは、日本ではなかなか工場が見つからないため、インドの産地を開拓してサンプルをつくっています。
ただ、やはり日本の技術を海外に誇りたいという思いがあります。
海外の日本人街などで「日本の工芸品」とされる商品を見かけることがありますよね。扇子や陶器やおもちゃなど、「それ、もはや日本で売ってないけど......」と感じるくらい古めかしいデザインのものが置かれていることがあります。
古いデザインからインスピレーションを受けることは私自身もありますが、洗練されていないものが「日本の工芸品」として紹介されていると、「日本にはデザインがアップデートされたおしゃれな工芸品もあるのになあ」と感じてしまいます。
いくら優れた技術でつくられていて品質が良くても、デザインが素敵でなければ世界で通用しないし、手にとってもらえない。それだともったいないですよね。
だから、「デザインの力で日本のものづくりを昇華する」。私はこれをミッションに、日本の土産の代表的なアイテムである「京扇子」もデザインしました。
「京扇子」は、1200年の歴史を持ち、扇面、扇骨、仕上げまで約88のすべての工程を京都・滋賀を中心とする国内で製造する扇子です。扇面には日本産の絹を使っています。中骨の竹にはアールデコ調の装飾を入れており、職人の技術により細部のカットにまでこだわりました。
職人のナレッジを引き出す
私は栃木市出身で、父親は内装業を営んでいました。幼いころから父親に現場に連れて行ってもらって手伝いもしていたため、手仕事によって人を喜ばせることが好きなんです。
近くには蔵の街と呼ばれる、昔ながらの見世蔵や土蔵が今も残っている地域があります。祖母が線香工場で働いていたので、自宅では常に線香が焚かれていました。
だからなのか私も香りに関心があり、香水が好きなことから、「線香をつくったらおもしろいかも」と思い立ちました。祖母が働いていた工場はすでに何度も合併されていたのですが探し当て、線香の受託生産をかけあいました。
お寺に納品する線香を主につくっている工場ですが、そこの熟練の調香師さんが香りにとても詳しくて、私が「パチュリ」や「イランイラン」などの精油の名前を伝えたり、「オリエンタルな要素を入れたい」などとインスピレーションを伝えたりすると、しっかりと応えてくださるんです。
そもそも香りは香りなので、もともとあるナレッジを引き出して応用すれば、新しいものをつくり出すことができるんですね。
発売した2020年当時は、線香の香りでリラックスするスタイルはあまり一般的ではありませんでしたが、新型コロナウイルスの感染拡大で在宅の時間が増えたことから、一時は売り切れてしまいました。
最近は、イタリアのフィレンツエのアーティストレジデンスNumeronveti(ヌメロヴェンティ)とコラボしたぶどうの香りの線香など、2つの国の伝統をかけあわせた新しい線香も発売しています。また、線香立ては長崎の波佐見焼の職人さんにお願いしています。
利益も知見もひとり占めしない
私はデザインはできますが、それを形にすることは職人さんの力を借りないとできません。
逆に、技術はあるけれどデザインのアップデートがないという工場も多くあります。そういう工場に斬新なデザインを持ち込むと、「仕事の幅が広がる」と喜んでくださることがあるんです。
老舗が代替わりして、培った技術力を生かして何か新しいことやおもしろいことを始めたいというときに、一気に話が進むこともあります。
私のデザインやインスピレーションを正確に表現してくれ、やりたいことを実現してくれる職人さんたちには、感謝の気持ちをこめてお返しをしていきたい。ですから、一緒にものをつくる過程で得られた利益はもちろんのこと、ナレッジも私がひとり占めするつもりはなく、工場の自社ブランドなどで自由に使ってもらっていいと思っています。そうすることで、優れた技術がもっと知られ、評価されることにつながるからです。
STUDIO THE BLUE BOYのサイトは、英語、スペイン語、韓国語で展開していて、海外のお客さんが6割を占めます。海外からのニーズに注目し、日本の伝統的なものづくりとコラボしたいという若いクリエイターも増えています。職人さんの技術が適正に評価され、新しい挑戦ができるようになると、質の良いものを生み出し続けることができ、いい循環が生まれます。
私が実現したいものづくりは、私ひとりではできません。だから、私ひとりが得をするのでなく、高い技術力にみんなでアップデートを加えていって、新しい流れをつくっていきたい。これが日本のものづくりの強さにつながっていくと思っています。