「今すぐ戦争はこないけど、無関係じゃないよ」 紛争地を知る専門家が、わが子に平和を教える方法

永野原 梨香

ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ......戦争のニュースが毎日のように流れています。それを目にしたこどものなかには「何が起きているの?」「鉄砲がこわい」など不安や恐怖を感じる子も。そこで、平和構築の専門家として多くの紛争地で活躍し、今は戦争の予防事業などに取り組む瀬谷ルミ子さんに、2人のお子さんとの話を交えながら、戦争報道とこどもとのかかわり方についてお聞きました。

ーー現在は、基本的には日本にいらして、現地スタッフの方とやり取りをしながら紛争地域への支援活動に携わっていらっしゃるのでしょうか。

これまで紛争地で、兵士から鉄砲などの兵器を差し出させるとともに除隊させ、兵士が社会復帰できるように職業訓練や住民との融和をする仕事であるDDR(武装解除)に携わってきました。

今はREALs(リアルズ)で、シリアの国内避難民や難民、アフガニスタンでの緊急支援、紛争やテロなどの予兆を把握し予防する人材育成とコミュニティづくり、女性やこどもの心のケアを行うコミュニティワーカーの育成などに携わっています。それぞれの取り組みを直接担当するスタッフが実務的なことを担い、事業全体の管理と組織運営をするのが私の主な仕事です。

ただ、平和構築と争い予防の技術移転の策定などの専門家としての業務や、アフガニスタンで命を狙われている女性活動家などへの退避支援などは、私が直に担当しています。

瀬谷ルミ子さん

瀬谷ルミ子(せや・るみこ) / 認定NPO法人REALs理事長
中央大学総合政策学部卒、英国ブラッドフォード大学紛争解決学修士号取得。ルワンダ、アフガニスタン、シエラレオネ等にて国連PKO職員、外交官、NGO職員として勤務。専門は紛争地の平和構築、治安改善、兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)。
現在は認定NPO法人REALs(リアルズ)- 正式名称Reach Alternatives(リーチオルタナティブズ)理事長。アフガニスタン、南スーダン、ソマリア、シリア、トルコなどで紛争とテロの予防事業、女性を紛争解決の担い手として育成する事業、緊急支援などに携わる。Newsweek日本版「世界が尊敬する日本人25人」(2011年)などに選出。著書に『職業は武装解除』(朝日新聞出版)
写真提供:認定NPO法人REALs(リアルズ)- Reach Alternatives(リーチオルタナティブズ

母親の仕事は紛争解決

ーーいま小学生の2人のお子さんに、仕事の話をすることはありますか。

4〜5歳ぐらいまでは、あまり積極的には話をしないようにしていました。小さい頃から親の仕事について過度に植え付けすぎると、他のことに目が行く可能性を摘んでしまうのではと思っていたのです。

保育園の年長ぐらいからでしょうか。私が出張に行くとなると「出張先はどこなの?」「なんで行くの?」と聞いてくるようになったので、自然と話をするようになりました。

普段の生活のなかでも仕事でのやり取りをこどもが聞いていて、「ちょっと待っていてね。アフガニスタンの人と話しているから」と話すことがありますし、私たちの支援でアフガニスタンから日本に退避してきた家族に一緒に会ったりもしているので、母親がどんな仕事をしているかはわかっています。

ーー戦争のニュースも一緒にご覧になりますか。

家では仕事柄、中東のテレビ局アルジャジーラのニュースをつけていることもありますし、戦争のニュースやこどもでもわかる解説番組などは「とりあえず見ようか」と見ることもあります。

こどもが嫌がることもありました。ただ、戦争のニュースだから嫌がったというよりは、ちょうど、アニメなどほかの番組を観たいときだったから。私が必要なときは見ますが、こどもが観たい番組を基本的には観て、国際的な番組ばかりは見ていません。

映像より対話で教える

ーー最近、戦争の映像に接する機会が多くなりました。「こどもが戦争の映像を怖がってニュースを見たがらなくなった」「戦争の映像を見て泣き出した」などという際は、どのように接したらいいのでしょうか。

大人でもニュースやショッキングな映像を見て、何が起きているのかと不安になることはありますよね。子どもたちにとっては、さらにわからない。

ショックを受けている子どもには映像を見せれば見せるほど、ネガティブな反応を示すという研究結果もあります。ですので、そういう際には無理強いはすべきではありません。

また、映像を見るのではなく、親など信頼する大人との対話で何が起きているのかを伝えたり話し合ったりするほうが良いと言われています。私もそうやって、対話で何が起きているかなどのコミュニケーションをとることが多いです。

それでも大人が見たいからニュースを見るときは「この国のこどもたちが亡くなっているとしたら多くの人に知ってもらって、これを止めるために何かしてほしい、何かしたいと思うから自分は見ているんだよ」など、本音かつ、自分が見たい理由を伝えたうえで、一緒に見る必要がないことも伝えることが大切だと思います。

ーー戦争がなぜ起きているのかなど、戦争に関する知識を教えたほうがいいでしょうか。

まずは、こどもの気持ちを受け止めることが大事だと思います。「何を感じているか」「何を知っているか」をまずは把握する。特に怖がっているこどもには、知ってほしいことを知識として伝えるのではなく、「何が怖い?」「どんなことが思い浮かぶ?」などと話を進めていくことが大切だと思います。

そして、「日本は戦争をしていないけど、そうでない国もある。あなたと同じ年のこどももケガをしたり家がなくなったりしている。親の気持ちを想像するとつらいだろうなって感じるんだよね」など、こどもに向けて自分が感じていることを話すほうがいいでしょう。

ニュースで見ている戦争が世界のどこかで起きている。でも、起きていることが見えないので、「自分たちの周りにも戦争がやってくるかも」と不安に思う子もいると思うのです。

そんなときは、「すぐやってくるわけじゃないよ。かといって、『自分たちとは無関係だね』ではないよ」など、わかりやすく説明する必要があります。大人が不安なときは、その気持ちを正直に伝えてもいいと思うのです。

改善できる方法がある

ーーきちんと説明して思いを共有することは、安心感にもつながりますね。

わたしも四六時中、懇切丁寧に説明できているわけではないですけど(笑)。

それと、自分のこどもを見て思ったことがあります。

2023年2月にトルコとシリアで地震が起きた際、急遽、REALsが目標額1000万円でクラウドファンディングを立ち上げることになったのです。パソコン上にメーターが出て、「現在、何百人が支援しています」などと表示されますよね。問題解決のために多くの人が関心を寄せていることが可視化されるわけです。

2023年2月からREALsが実施した、トルコ・シリア地震の被災者に物資を届けるクラウドファンディング
出典:READY FORサイト

それを見ていた長女が自分から、「私も参加したい」と言ったのです。「起きたことは不安だけど、それを改善できる方法があって、そのために動いている人もいて、自分にもできることがある」ということが安心感につながったようです。

集まった支援金は食料や衣服、衛生物資、マットレスなど支援物資に活用させていただき、被災した両国の人々の感謝の声もたくさん寄せられました。

どうやって平和になったか

ーー大人も学ぶべきことが多いですが、戦争の映像からは大人でも目を背けたくなることがあります。

戦争が起きたときは、報道が過熱します。テレビもSNSも圧倒的に戦争の情報量が多いものの、戦争を止めるためにどんな取り組みがなされたかや、どうやって平和になったかは、なかなか取り上げられません。

これまで平和になった国もたくさんありますが、どうやってそこに至ったかなどほとんど知る機会がありません。戦争の悲惨な実態だけでなく、平和の具体的な築き方も併せて知ることが必要です。そうしなければ、過激な映像のイメージだけが残ります。

戦争の後、平和に向けてどのようなプロセスを歩むのかを伝えることは、こどもたちだけでなく大人が自分たちの住む社会で何をしていくべきか、また身の回りで起きるさまざまな問題の解決について考える際に役立つでしょう。

写真提供:認定NPO法人REALs(リアルズ)- Reach Alternatives(リーチオルタナティブズ

ーー瀬谷さんは高校3年生の頃、ルワンダの避難民キャンプで亡くなりかけた母親を泣きながら起こそうとする男の子の写真に衝撃を受けたことがきっかけで、「平和構築の専門家」の道を切りひらいてきました。

2024年はルワンダで起きた大量虐殺から30年の節目です。2023年10月にルワンダに行き、久しぶりに虐殺記念館を訪れました。虐殺が起きるまでの経緯や虐殺の状況、収束後の動きなどが文書や写真で展示されている施設です。

重要なのは、虐殺が起きるまでに多くの予兆があり食い止められるタイミングがあったことが具体的に残されていることです。でも当時、国連も世界の主要各国も、虐殺が起きることをある程度わかりつつも止められなかった。その結果、100日間で100万人も命を落としたのです。同時に、虐殺の対象となっていた人々をかくまったりして救う行動を起こした人たちがいたこと、その人たちがどのようにそれを実現したかも記録されています。

記念館には実際に殺されたこどもたちの最後の声が載っているコーナーがあるのです。そのこどもの声の1つに、「大丈夫、駐留している国連が助けに来てくれるよ」とあるのです。今のガザで、世界の誰かが来てくれるはずと一縷の希望を持っている人々がいる状況と似ていると感じています。

ルワンダの治安は現在、安定しています。あれだけのことをどう乗り越え、どうやって平和を築いたのか、今に学べることもあると思います。ただ、私たちはルワンダを含めたその他の平和を築いた国々のことを、今の自分たちが学び現実的に生かすことが十分できていないと感じます。

新しい戦争が起きると、その前に戦争が起きた国は忘れ去られます。道半ばで見放された国はその後、10年、20年かかる平和に向けた取り組みを、世界からの注目がないまま進めることになります。これはすごく大変ですし、戦争を再発しやすい。私たちは再発を防ぐ支援活動にも力を入れていきます。

誰かが行動してくれた

ーー戦争や紛争が起きている地域のこどもたちの気持ちは想像を絶するものがあると思います。

紛争地のこどもたちにインタビューしたことがあります。シンプルに「大人たちに言いたいことは?」「いま何がほしい?」と聞いてみたのです。

南スーダンでは9歳の男の子が、「普通の子になりたい。避難民で着替える服もなくてシャワーも浴びていなくてきれいじゃない。だから僕は、普通のこどもじゃないんだ。石鹸や新しい服がほしい。そうしたら普通のこどもになれるから」と言うのです。「あなたも普通の子なんだよ」と言っても「僕は汚いし避難民だし」と言い続けていました。

その子には、寄付金で石鹸、新しい服、マットレスを支援できました。それで、「日本の誰かが自分の声を聞いてくれた。自分のことを思って誰かが行動してくれた」と喜んでいました。日本で、「こんな少ない寄付で申し訳ない」と謙遜される方もいるのですが、紛争地で身寄りもない人たち、避難民キャンプにいるこどもたちには、人生を変えるくらい大きな力と希望になることもあるのです。

――今、ひとりひとりに求められることはどんなことだと思われるでしょう。

社会を良くするためには、ひとりひとりにできることがあると思います。

共感する人への応援や、寄付やボランティアなどの形で、世界のどこかの誰か1人の1日を変えることを月1回、年1回やってみて、自分のことが少しだけ誇らしく思えるとか、そういうことの積み重ねでいい。それが大きな動きにつながっていきます。

全方面でなくてもいい。戦争でも環境問題でも、自分に関心があることを考えて動くことで、世界を変えることができると思います。

著者
永野原 梨香
ライター。週刊誌で主に経済記事を担当。出産し上海勤務に帯同した後、フリーライターに。関心ごとは暮らしに沿った経済の動き、SDGs、各国の文化や食。
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