ゆず、かなわなかった地方公演への思い。秋田の伝統芸能と「化学反応」した唯一無二のステージ

難波寛彦

東日本大震災後にいち早く東北ツアーを行い、スタッフや東北の人々にエールを送りたいという思いを込めた楽曲も披露してきた人気デュオのゆず。2014年にスタートした『復興支援音楽祭 歌の絆プロジェクト』にも2年連続で参加し、東北各県の人々や学生たちと交流を重ねてきました。そんなゆずが、2024年3月24日に秋田県秋田市で開催されたイベント『わっかフェス』に出演。地域住民や学生たちとともにつくりあげたパフォーマンスを披露しました。

東日本大震災後の2011年8月、いち早く東北ツアーを行った人気デュオ・ゆずの北川悠仁さんと岩沢厚治さん。

混沌とする状況のなかでの公演に不安を感じていたスタッフ、そして東北の人々にエールを送りたいという思いでツアー中に演奏した楽曲は、2013年9月に『友 ~旅立ちの時~』としてリリース。「第80回NHK全国学校音楽コンクール(Nコン)」中学校の部の課題曲にも起用され、多くの若者たちに歌われました。

2014年にスタートした『復興支援音楽祭 歌の絆プロジェクト』(主催:三菱商事 朝日新聞社)にも、2015年と2年連続で参加したゆず。東北各県の人々との交流や、学生たちや郷土芸能とのコラボレーションも積極的に行ってきました。

音楽と各地の伝統芸能やお祭りを通し地域の魅力を発信する音楽イベントの『わっかフェス』
。絆をイメージさせる「わっか」、そして「輪」「和「わ(東北地方の方言で”私”)」などの意味が込められています。

悔しさと喜びが交錯した地で

2024年3月24日には、秋田県秋田市のあきた芸術劇場ミルハスで開催されたイベント『わっかフェス』(主催・三菱商事、朝日新聞社、AAB秋田朝日放送)に出演アーティストとして参加。この日、二人は特別な思いを胸にミルハスのステージに立っていました。

2023年7月17日、まさにこの会場で全国ツアーの秋田公演を予定していたからです。しかし、同時期に秋田県を襲った記録的大雨による浸水被害や交通への影響を考え、公演は中止にせざるをえませんでした。

「当時は僕たちだけでなく、ファンのみなさんも本当に悔しい思いをされたと思います。そうした経緯もあり、出演の機会をいただけたことは本当に嬉しかったですし、こうして秋田の人たちと同じ会場のステージに立てたことはとても感慨深いです」

と語った北川さん。岩沢さんも「僕たちにとっては『また秋田で公演ができるんだ』という思いもありました。今回はみんなでつくり上げるフェスだったということもあり、気持ちを切り替えて臨みました」と話します。

人口減少などにより、お祭りをはじめ郷土芸能の担い手が不足している秋田県。こうした課題感から、秋田に住む郷土芸能の担い手や、東京から参加した大学生たちもステージでパフォーマンスを披露しました。

ゆずの出番では、東北をつなぐ楽曲だという『友 ~旅立ちの時~』など数曲を演奏した二人。『タッタ』を演奏した際には、ステージで秋田の郷土芸能を披露した「秋田市土崎港 港ばやし保存会」、「毛馬内の盆踊り「花輪ばやし」「なまはげ太鼓」の4団体と東京学芸大学 和太鼓サークル 結(ゆい)のメンバーから選出されたわっかダンサーズとともに、ゆずのライブでは欠かせないというタンバリンを使用したダンスパフォーマンスも行いました。

ゆずの2人は本番前にも秋田を訪れ、この日のステージで郷土芸能を披露した地域住民や学生たちと交流していました。

北川さんは、「普段は盆踊りなどの郷土芸能に取り組んでいるみなさんが、僕たちの楽曲に合わせて一生懸命ダンスに取り組んでくれたことが何よりも嬉しかったですね」と話します。

"なまはげ"にも力をもら

代表曲である『夏色』を演奏している最中には、突然ステージが暗転し雷鳴とともに「なまはげ」が登場。秋田の伝統行事であるなまはげに和太鼓演奏を組み合わせた独自のパフォーマンスで知られる、Akita和太鼓パフォーマンスユニット音打屋-OTODAYA-(なまはげ太鼓)とともに、新感覚の『夏色』となりました。

その際には、北川さんもなまはげの面をかぶりステージに登場。「秋田の人たちにとってなまはげは神聖な存在で、行事自体も神事という性格があるもの。そんななまはげの面を僕がかぶってもいいものか、という葛藤はありました。それでも、みなさんから『イベントが盛り上がるならぜひ使ってください』と言っていただけたことが印象的です」。

岩沢さんも「本番前に秋田でパフォーマンスを見学した時は、正直、なまはげは怖いなという印象でした(笑)。でも、とても優しい方々だということがわかり、そのうえで今日のコラボレーションができたことはとてもよかったです」と、一見おどろおどろしいなまはげの意外な一面について振り返っていました。

わっかフェス

さらに、2004年のアテネ五輪で国民的な人気楽曲となった『栄光の架橋』を披露した際には、今回のイベントに出演した秋田の郷土芸能4団体と学生たちもステージ上に登場して合唱。北川さんが観客たちにもマイクを向けたことで会場が一体となっての大合唱となり、大団円を迎えました。

東京から学生たちが参加し、地域住民らとともに練習を重ね本番を迎えたことについて、「練習の様子も見学したのですが、地元の方の輪のなかに大学生たちが入っていって教えてもらっている姿には感銘を受けました。普段なら街ですれ違うだけの共通点がない人同士でも、こうして郷土芸能を通してコミュニケーションがとれる。お互いが持つものを交換できるとてもいい機会だなと思いました」と北川さんは話します。

岩沢さんも「このイベントに参加していなかったとしても学生たちは大学を卒業できると思いますが、こうした経験をできる機会というのは学生のうちの今しかないわけで。そういった意味では、なかなかない機会を得た彼らにとっても、良い学びになったのではないでしょうか」と学生たちへメッセージを贈っていました。

地域の人と起こす化学反応

郷土芸能を通し、地域を盛り上げたいという思いが込められた『わっかフェス』。北川さんは、これを機にさまざまな地域の魅力を発信していってほしいと話します。

「こんなことができるんだよ、というメッセージを示すことができたかなと思います。 これを機に、コラボレーションや伝え方を工夫して、地域が大切にする伝統行事や郷土芸能、風習、地域の人々の人柄といったものを発信していくことが大切ではないでしょうか。

秋田のみならず、日本各地には僕らが知らない魅力がまだたくさんあると思います。今回参加できて本当に良かったし、これからもそうした魅力をどんどん知っていきたい。

この時、この場所、このメンバーでしかつくることができないスペシャルなステージとなったので、今後も地域の人たちと一緒に新しい化学反応を起こすことができたらいいなと思っています」

岩沢さんも、地方から人と人の輪を広げていくことに期待を寄せます。

「単なる音楽フェスであれば、自分たちの出番以外に他の演者や観客の皆さんと関わることができる機会は多くありません。今回の秋田でのイベントはそれとは違う一体感を感じられる唯一無二のイベントになったと思うので、今後の開催にも期待したいです。

今回のイベントをきっかけに、まさに"輪"が広がることで、『こんなところに、こんなことをやってる人たちがいるんだ』ということも多くの人に知ってもらいたい。そうすることで地域の熱も上がっていくでしょうし、ぜひとも継続していってほしいと思います」

著者
難波寛彦
秋田県出身。玉川大学卒業後、外資系アパレル企業を経てファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年、ハースト・デジタル・ジャパンに入社。Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画を担当する。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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