見て、聞いて盗む。職人の弟子の学び方 #職人の手もと

最所あさみ

職人の世界でよく言われる、「見て盗む」あえて直接聞かずに、師匠や同僚の仕事を見て学ぶ意味とは──。

「何でも聞いていいよと言われているけれど、私は『見て盗む』を意識しています」。そう語るのは、土屋鞄製造所で修理職人として働く齋藤あずささん。師匠である福田安宏さんから技術を学びとるために意識していることを伺いました。

>>齋藤さんの師匠・福田安宏さんのインタビューを読む

修行経験なしで職人の道へ

私の経歴は、「職人」のイメージとは少し異なるかもしれません。初めから職人の道を選んだわけではなく、修行や下積みの経験もほとんどないからです。

母が洋服作りをしていたのがきっかけで小さい頃からものづくりに興味は持っていましたが、一般の大学に進学し、卒業後はアパレルブランドに就職して販売員として働いていました。

しかしやはりものづくりへの興味が強く、働きながら通える専門学校で鞄職人の基礎を学び、卒業後に縁あってバッグメーカーで職人として働きはじめることができました。

齋藤あずさ(さいとう・あずさ)/土屋鞄製造所 修理職人
大学卒業後にアパレルブランドへ就職。その後バッグ作りの専門学校で基礎を学び、国内ハンドバッグメーカーの修理部門や修理専門業者で経験を積む。2017年土屋鞄製造所入社。職人歴は16年。
Asami Saisho / OTEMOTO

そこでも師弟関係ではなく、協力会社の職人さんたちに教えていただきながら実践を通して技術を身につけていったので、一般的にイメージされるような修行期間はほとんどなかったんです。

しかも一人の師匠につきっきりで教えてもらうのではなく、いろんな先輩にその都度アドバイスをいただくかたちだったので、実は明確な師弟関係は土屋鞄製造所に入社して福田さんの下についたのが初めての経験です。

もちろん、専門学校を卒業した後の進路として独立系の職人さんに弟子入りする選択肢もありました。でも結婚もしたいし、ワークライフバランスを考えると、修行とプライベートを両立させるのは難しいように感じたんです。

職人というとストイックに厳しい修行を経てきた人ばかりのように思われがちですが、ワークライフバランスを保ちながら技術を身につけられる場所もあると知りました。

頼らずにすむように、「見て盗む」

師匠である福田さんは、土屋鞄製造所に入る前はずっと独立系の職人として仕事をしてきた方なので、「イマドキの子たちは甘いな」と思われている部分もあるかもしれません。それでも表立ってそんな態度をとることもなく、わからないことがあればなんでも聞きやすい雰囲気を作ってくださっているのは本当にありがたいことだと思います。

とはいえ、「何度でも聞いていいよ」の言葉に甘えることなく、自分で解決できるようになるための工夫もしています。たとえば、一度聞いたことはすべてメモをとり、プリントした修理品の写真に書き込みをして、いつでも引き出せるようにファイリングしています。

修理品の写真を撮って印刷し、作業中にとったメモを清書して書き写している。
Asami Saisho / OTEMOTO

自分が担当した修理品だけではなく、福田さんが作業している様子を写真に撮らせてもらうこともあります。こうして事例をためていけば、次に似たような依頼がきたときに福田さんに聞かなくても、過去の資料を参考にして自分で解決できることの幅が広がっていくんです。

福田さんはとても記憶力がいいので「またか」と思われたくないという気持ちもありますが、福田さんに頼らずとも自分でできることの幅を広げていくことが、最終的にお客様のためになるはずだという思いが強くあります。

わからなかったら聞けばいいやという姿勢のままだと、福田さんが不在のときに、これまでできていたことができなくなってしまう可能性があります。以前は受けることができていた修理を受けられなくなってしまったら、それはお客様にとって損失ですよね。

そうならないために、自分一人でできることの幅を広げることを常に意識しています。

修理をはじめたばかりの頃は自分が担当している目の前の作業でいっぱいいっぱいでしたが、慣れるにつれて、福田さんや同僚が今何に取り組んでいるのかを横目で観察しながら「見て盗む」ことも意識するようになりました。

見ながら気になったものはやり方を質問したり手元を撮影させてもらったりして、次に自分が担当することになったときにも対応できるように、イメージを膨らませています。

修理の提案も「聞いて盗む」

同じ鞄職人でも、修理の職人と製造の職人では技術の身につけ方が異なります。修理はお客様ごとに修理の内容や製品の特徴も異なるので、必要とされる技術もケースバイケース。製造に比べるとスキルを一般化しづらいのですが、土屋鞄製造所の修理部門では、難易度を4つのレベルに分けてスキルの一覧表を作っています。

難易度別のスキル一覧表イメージ。実際のリストには全部で30以上のスキルがリストアップされているが、同じ修理内容でも素材やデザインによって難易度は変化する。(作成:最所あさみ)


私も、入社当初はこの表に沿ってひとつひとつできることを増やしていきました。現在ではこの表に記載されている技術は一通り自分でできるようになったのですが、実はスキル名としては難易度Aランクされている項目でも、製品によっては最高難度に変わることがあります。

修理品によってそれぞれ状態が異なるので、修理技術は項目ごとに単体評価できるものではなく、ひとつひとつの修理品に対応できるかどうかを総合的に判断するものなのだと思います。

また、最近は手を動かして習得する技術だけではなく、福田さんがお客様に提案している修理方法や伝え方の技術を「聞いて盗む」ことも意識しています。

修理の相談をいただいたら、まずは実物を確認してどう修理するかの提案をお客様にお伝えし、内容に納得いただいてから実際の修理に着手します。修理内容の提案は福田さんがすべて担当しているのですが、その際にどんな修理方法を提案しているのか、修理の窓口担当の方とどんなコミュニケーションをとっているのかを聞いて学んでいます。

福田さんと窓口担当の方のやりとりを聞いていると、福田さんが思いもよらない方法で修理の提案をしている場面に出くわすことがあります。私なら「修理不可」と回答するしかないような修理の相談も、柔軟な発想で「こういう方法で解決できるかもしれない」と提案をされているんです。

私もいつか自分で責任を持って修理内容の提案ができるようになるためにも、日々貪欲に福田さんの提案を聞いて盗んでいかなければと思っています。

期待をほんの少しでも上回るものを

入社したばかりの頃、修理が完了した後に何もフィードバックがないことに不安を感じ、「この方法でよかったんでしょうか」「改善点があれば教えてください」と自ら聞きに行っていました。

すると福田さんは「何も言わないってことはOKってことだよ」と。それからは、何も言われないということは合格点に達することができたんだ、と解釈しています。

「これはとてもよくできたね!」と褒められることは滅多にありませんが、無言のOKを積み重ねていくくらいの距離感の方が、シャイな人が多い職人の世界ではちょうどいいのかもしれません。

修理業務の様子。縫製をほどく際にも革を傷つけないように細心の注意を払う。
Asami Saisho / OTEMOTO

褒められる機会は少ないですが、逆に修理が完了した後で「なんでこうしたの?」と聞かれたり、やり直しになったりしたことも一度もないんです。

修理品は一点ものゆえに少しでも不安を感じたら作業の前に質問しに行くからというのもありますが、最終的な品質が合格点に達していればやり方に細かく口を出さないのが福田さんの教え方なのだと解釈しています。

福田さんの視点から見れば本当はもっと効率的なやり方があったとしても、あえて口出しをせず自分でたどり着くまで見守ってくださっています。

修理の職人は、お客様がまだ使いたいとわざわざ持ち込まれた愛用品を修理するのが仕事です。私自身もできるだけモノを長く使いたいと思っていますし、思い入れのあるものをまた使えるかたちに直すことで喜んでいただけるのが一番のモチベーションです。

お客様に修理品をお返しする際に、期待をほんの少しでも上回りたい。そのためにも自分ができることを増やし、直せるものの幅を広げていきたいと思っています。

あわせて読みたい

Asami Saisho / OTEMOTO

齋藤さんの師匠である福田さんは、どんな哲学をもって後進を育ててきたのか?福田さんが考える修行の意味と職人の成長について、ぜひこちらのインタビューもご覧ください。

連載「職人の手もと」とは

OTEMOTOでは、職人の考え方や哲学を紐解く「職人の手もと」シリーズを連載しています。ものづくりに真摯に向き合う職人たちの姿勢から、日々の仕事や暮らしに生かせる学びをぜひ受け取ってください。

連載「職人の手もと」

「職人の手もと」取材先を募集しています

OTEMOTOの連載「職人の手もと」では、取材させていただける職人さんの情報を募集しています。自薦他薦は問いません。

職人さんの情報は下記のフォームへご入力ください。

著者
最所あさみ
リテール・フューチャリスト/ 大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立し、「消費と文化」をテーマに情報発信やコミュニティ運営を行う。OTEMOTOでは「職人の手もと」連載を中心に、ものづくりやこれからのお店のあり方などを中心に取材・執筆。
SHARE