1日5食、大皿1つだけ...人気料理教室のレシピ本が伝える、あの国の家庭の味
海外旅行に行っても、意外と食べられないもの。それは現地の家庭料理です。書籍『世界の朝ごはん、昼ごはん、夜ごはん』は、世界30カ国、150を超える日常的な料理を紹介しています。想像もできない味の料理を日本でつくることの難しさと、おもしろさ。著者は、20年前から活動しているあるユニークな料理教室です。
世界三大料理のひとつとして知られるトルコ料理ですが、現地の食事では朝ごはんが最も大切にされているそうです。
「カフヴァルトゥ」と呼ばれる伝統的な朝食は、いろいろな種類のパン、チーズ、オリーブ、はちみつ、ジャム、紅茶などがテーブルいっぱいに並べられるスタイル。時間をかけて朝食をとる文化は今も残っています。
一方、スペインは1日5食!朝食、午前10時ごろの軽食、ランチ、夕方にバルでタパスをつまみ、午後9時ごろに軽めの夕食をとります。
また、ウズベキスタンではじっくりと時間をかけてひとつの大皿料理をつくることが多く、食べるときも会話を楽しみながらゆっくりと味わいます。大皿の主菜と円盤型のパン、あとはサラダや果物なので、初めてウズベキスタン料理に出合う外国人は、主菜の1人分の分量が多いことに驚きます。
「日本の一汁三菜の文化に慣れていると、国によって食事の種類だけでなく量や食べ方もここまで違うのかとびっくりします」
これらの料理を紹介している『世界の朝ごはん、昼ごはん、夜ごはん : みんな、何を食べてるの?』は、料理教室「ニキズキッチン」がつくったレシピ本。ニキズキッチンを主宰する棚瀬尚子さんはこう話します。
「世界各国の食文化は、歴史的に宗教や戦争、最近ではコロナによっても変化を続けています。遠くない未来、料理が自動化される日がくるかもしれません。その前に、今この時代の食事の記録を書き残したいと思いました」
1年かけてまとめた世界の食
いまや、海外旅行をしなくても日本のレストランで、さまざまな国の料理を食べることができます。しかし、名前のついた料理をいくつも食べたことはあっても、現地の人がどのように食べているかを知る機会はあまりありません。
この本の料理制作を手がけている「ニキズキッチン」の講師は、日本で暮らす料理上手の外国人たちです。
棚瀬さんは講師たちに、それぞれの国の料理の「作り方」だけでなく「食べ方」についてもアンケートをとりました。
「1日何食ですか?」「朝ごはんを重視していますか?」「誰と食べますか?」「何時ごろに食べますか?」
約40人の講師から集まった回答をまとめると、1000ページを超える量になりました。自国の食文化を日本人にも知ってほしい、という思いから、びっしりと書き込まれていたのです。
その後、本に掲載するレシピを決め、撮影、編集して本が出来上がるまで約1年かかりました。
講師の自宅の食器で
ニキズキッチンは、日本で暮らす外国人と日本人が、料理を通じて楽しく交流できる場をつくりたいという思いから、2000年に東京・神奈川を中心にはじまった料理教室です。
主宰する棚瀬さんは幼い頃から家に外国人が遊びにくることが多く、自身もホストファミリーとして、さまざまな国の子どもたちを代わる代わる受け入れてきました。
日本の食事が口に合わない子もいたため、その国の家庭料理を図書館で調べてつくるなど、子どもたちの食が細くならないよう工夫をしてきました。
一方、日本を訪れる外国人の友人たちは、日本人との交流が難しいと悩んでいました。気軽に自宅に招きづらいというのです。
「価値観や生活習慣の違いはあるけれど、料理はコミュニケーションツールになるのでは」。日本に住む外国人の自宅を訪れて料理を習うという、料理教室のコンセプトができあがりました。
横浜の米軍基地の近くで張り紙をしたり、スーパーで声をかけたりして講師をスカウトし、手探りでスタート。講師の自宅にある調味料や食器を使う点や、レストランでは食べられない料理を習ったり英語で教わったりすることもできるユニークなスタイルが人気を呼びました。
これまでに65カ国以上、約250人の講師が在籍し、生徒数は延べ25万人以上。今ではスケジュールを公開するとすぐに予約が埋まり、キャンセル待ちが出るほどです。
夜ごはんではない「ディナー」
世界各国の家庭料理を日本語のレシピにするときに、最も悩ましかったのが量の調整だった、と棚瀬さんは話します。
「ボリュームのある食事を楽しむ国もあれば、一品を時間をかけて食べる国もあります。悩んだ結果、現地の人が食べている量をなるべく変えずに伝えることにしました。多様性をそのまま示すほうが、それぞれの食文化が鮮やかな色彩を放つと思ったのです」
また、本では「朝ごはん」「昼ごはん」「夜ごはん」に分けて料理を掲載していますが、アンケートで講師たちから寄せられたコメントを読むと、よりリアルな食生活を知ることができます。
「例えばイギリスでは、ディナーは夜ごはんではなく、1日で最も充実した食事を示す言葉として時間に縛られず使われます。イングリッシュ・フル・ブレックファストも、朝食に限らず1日中いつでも食べられます」
「ただ実際は、カロリー計算をしないまでも家庭ではなんとなくボリュームを考えて、昼にたくさん食べたら夕食を軽めにするなど調整しますよね。なので朝昼晩すべてこの本のメニュー通りに食べているわけではないんです」(棚瀬さん)
マスクめぐる温度差
講師には、日本に移住してきた人もいれば、在日大使館に赴任した職員に帯同しているパートナーなど、期間限定で日本に住んでいる人もいます。
新型コロナウイルスが感染拡大していたとき、講師たちが相次いで帰国し、60人いた講師が3分の1ほどに減った時期がありました。
オンラインに切り替えて料理教室を続け、ようやくリアルに開催できるようになってからは、マスク着用をめぐって外国人講師と日本人受講生の間で温度差が際立った、と棚瀬さんはいいます。
料理をつくる作業では、講師のこだわりと受講生の希望がぶつかることもあります。それでも、講師と受講生がおいしい料理を囲むと、共通の話題が生まれます。
「こうじゃなきゃいけない、という価値観が少しずつ緩和されていくんです。講師たちは、日本人に自分の国に興味をもってもらえるのがうれしくて教室を続けている、と話しています」
バングラデシュの「パンタ・ヴァト」は、残ったごはんを冷水に浸し、翌朝に塩をふりかけてシンプルなひと皿として食べる料理です。
揚げた魚が添えられることもあり、旧正月の定番のごちそうですが、もともとは翌日の食事を確保できるかわからない貧しい人たちが、飢えをしのぐために生み出した料理なのだそう。
「私は農村部の出身で、主食は米です。少ないおかずで米をたくさん食べるために、辛いおかずが多いんです」
講師のスルタナさんのコメントからは、食べ物が豊富にある日本にいながら、ふと手を止めて考えさせられるような気づきがあります。海外旅行で知るものとはまた違う食の風景が、この本の中には広がっています。