天才アーティストを育てるより、特別な才能をもたない多くの人を笑顔にしたい。軽井沢で活動するデザイナーの思い

小林明子

障害がある人たちが手がけるアートは、作品が生まれるプロセスにこそ意義があるーー。長野県軽井沢町を拠点に活動する「福祉とデザインのアトリエ konst(コンスト)」は、障害のあるクリエイターとデザイナー、就労支援員が一緒に取り組むアートワークショップの時間をとても大事にしています。約2時間のワークショップに密着しました。

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絵画の道具入れとなる板をペイントする
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

絵の具をつけた刷毛を右から左にスライドし、最後に力をスッと抜く。ハルコさんはこの作業を約50分間、休むことなく続けていました。白、青、緑のラインが混じり合いながら重なり、海の色とも空の色ともいえない幻想的な世界が生まれました。

長野県軽井沢町地域活動支援センターで2024年6月、アートワークショップが開かれました。約30人の参加者は、何らかの障害があり、ここに通所している人たち。ハルコさんは重度の知的障害があってほとんど会話ができず、普段はあまり活動に参加しません。しかし、このアートワークショップは3回目で、終始ニコニコしながら刷毛を操っています。

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ニコニコしながら創作に打ち込むハルコさん(左)、完成したハルコさんの作品(右)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

正解も不正解もない

約2時間のワークショップ中、周りの人と会話をしながら楽しむ人がいれば、黙々と創作に打ち込む人、途中で席を立つ人、じっと下を向いて座っている人など、取り組み方はさまざま。センターの職員である就労支援員やボランティアスタッフが、それぞれの個性や気分に寄り添いながら創作をサポートします。

ワークショップを企画した一般社団法人konst代表理事の須長檀さんは、「このワークショップには正解も不正解もありません」と話します。

「クリエイターさんたちの"得意"をお借りして、楽しんでもらい、僕たちも楽しませてもらっている。この時間を共有することがとても大事なんです」

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アートワークショップを企画したkonst代表理事の須長檀さん(右)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

須長さんはスウェーデンで生まれ、デザイナーとして活躍。2009年に軽井沢に移住し、北欧雑貨の店を開きました。福祉と関わるようになったのは、ある就労支援会社から「障害者の就労の実情には課題が多いが、デザインの力で変えられないか」と相談を受けたことがきっかけでした。

「就労支援といっても、ジャムをつくるために果物のへたを取ったり、トイレやバス停を掃除したりと、仕事の選択肢が限られていました。ものをつくったとしても商品として流通せず、バザーで終わってしまっている現状がありました」(須長さん)

障害のある人によるアートは近年、フランス語で「生の芸術」を意味する「アール・ブリュット」の一部とされ、型にはまらない表現が注目を集めています。須長さんは、アートに取り組んでいる国内外の福祉作業所を視察。2015年、雑貨店に隣接するアトリエを拠点に、障害がある人たちが描いたデザイン原画を商品化するブランドを始めました。

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現在はオリジナル家具と雑貨の店「lagom」の一角で、作品を展示販売している
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

誰でも取り組める仕組みを

それから約9年。「アートをつくる工程をワークショップの形にして全国に広めたい」という考えのもと、拠点をアトリエから全国各地の作業所に移しました。同じくデザイナーの渡部忠さんとともにkonstを設立し、ワークショップのノウハウをまとめたり、企業とコラボして商品をつくったりしています。

「もともとはクリエイターさん向けに創作をサポートしてきましたが、誰でも取り組める仕組みを、支援員さんとともにつくっていきたいと考えるようになりました。ジャムづくりや掃除と同じように、デザインも仕事の選択肢の一つとして当たり前になってほしいからです」

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

なぜなら、「アール・ブリュット」として注目されるようなアーティストは、ごく一部の"天才"と呼ばれる人だけ。一方、特別な才能に恵まれているわけではない多くの人たちでも、デザイナーや支援員とともに創作をすることで、潜在的な能力や表現を引き出すことができると、これまでの経験でわかってきたからです。

少数の天才アーティストを育てるよりも、支援員を通して多くの人の就労機会をつくるほうに、活動の目的が移っていきました。また、そうすることでデザインにも微妙な変化が生まれたといいます。

「以前は、僕たちがアートの正解と不正解みたいなものを淡く持っていた気がしますが、今は僕たちのビジョンや目的は一切なくなりました。クリエイターさんから生み出されてくるものを"待つ"スタンスで、彼らが見ている世界をそのままアウトプットできるようになりました」

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色付けした粘土を枠に詰め込む(左)
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彩った種から生まれる植物を描く(右)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「かなわない」の連続

この日のワークショップも、須長さんたちのそんな思いで設計されていました。

会場にはアートのテーマ別に4つのテーブルがあり、参加者はまず、それぞれが関心のあるテーブルに座ります。

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チョコレートの味から受けた印象をデザインする
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

黒色の画用紙を切り貼りするテーブル。チョコレートの味から着想を得て粘土細工をつくるテーブル。道具入れをデザインするグループ。彩った種を元にデザイン画を描くグループ。

須長さんと渡部さんは、進行を指示するわけでもテーブルを巡回するわけでもなく、クリエイターと一緒に粘土をこねたり、紙を切ったりしています。渡部さんはこう話します。

「僕たちがテーブルにいなくても、支援員さんやボランティアさんにお任せしています。クリエイターさんの感情の浮き沈みや機微を見極めながら適切にフォローできるという点では、福祉専門職の人たちにはかないませんから」

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konst代表理事の渡部忠さん(左)は「できた!」という声があがるたびにシャッターを切っていた
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

各テーブルでは、支援員やボランティアが、絶妙なタイミングで声をかけたりサポートしたりしています。

「見て見て!」という呼びかけには笑顔で応える一方、創作に没頭している人からはあえて距離をおいて見守ります。手が汚れてパニックになった人を洗面台に連れていったり、気分が乗らず歩き回る人の肩をそっと支えたり。その自然なサポートにより、ワークショップ後半では、クリエイター同士の会話や共同作品が生まれていました。

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須長さんの似顔絵を描いたというヒロミさん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

須長さんたちは、できあがったデザインや商品だけでなく、こうした創作の時間をより多くの人に体験してもらいたい、とワークショップを各地で展開しています。コラボする企業にも、ワークショップの見学や共同開催を勧めています。

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「企業とワークショップを共同開催すると、特にプロのデザイナーさんからの反響が大きいです。クリエイターさんの創作を見て、『今までやってきたデザインって何だったんだろう』と自問自答する方もいました。僕たちもそうでしたが、既存の評価や戦略は『かなわない』という感覚になるようです」(渡部さん)

「AIによって確実に売れるものがデザインできるようになり、ものづくりの本質が問われている時代だからこそ、クリエイションに携わる人ほど、彼らの作品に心を揺さぶられるようです」(須長さん)

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ものづくりの時間を共有する

原画の売上のほか、バッグや食器などへの商品化によるロイヤリティがクリエイターに還元されます。商品化の過程では、konstや企業のデザイナーが、クリエイターの原画をデザインして仕上げます。

「彼らと同じ時間を過ごし、同じ風景を見て、同じ感覚を共有したら、『ここにストライプを載せたらいい仕上がりになる』などと気軽に彼らの作品を加工する気にはならなくなります。クリエイターさんの表情や行動を思い出しながら、同じ流れでものづくりをする感覚です」(渡部さん)

言葉やロジックはなくても、時間や風景を通したつくり手との協業により、唯一無二の商品ができあがっていくのです。

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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