学生も先生も1期生。徳島県に開校した「神山まるごと高専」、何を学べるのか
徳島県神山町に2023年4月に開校した私立の高等専門学校「神山まるごと高専」。すべての学生の授業料を無料にする「奨学金基金」の設立や坂本龍一さんの最後の作品となった校歌など、話題に事欠きません。全国から集まった1期生の44人は、ここでどんなことを学んでいるのでしょう。授業を見学させてもらいました。
【画像】「神山まるごと高専」ってどんな学校? 起業家を育てる新しい学び舎
徳島阿波おどり空港から車で約1時間の山間部にある、人口5000人に満たない徳島県神山町。町のシンボルである鮎喰川のほとりに、平屋建ての学び舎はありました。
教室の外はまばゆい新緑に囲まれ、ウグイスの鳴き声がときどき聞こえてきます。2023年5月下旬の昼下がり、ラフな服装の学生たちはMacBookでメモを取ったり隣の席の友達と話したりしながら、リラックスした様子で英語の授業を受けていました。
英語の入試がない
「Machine(マシン)とRobot(ロボット)は何が違うと思う?」
英語の教員スタッフの廣瀬智子さんが問いを投げかけると、すかさず「ChatGPTはどっち?」という声があがります。
学生は2つのグループに分かれており、一方のグループはネイティブの教員に教わっています。90分間の授業で40分間の入れ替え制。習熟度によるグループ分けをまだしていないのは、同校の入試科目に英語の学力試験がないこともひとつの理由です。
推薦入試の倍率12倍
高等専門学校(高専)とは、中学卒業後、5年間の一貫教育によって実践的・創造的な技術者を育てる高等教育機関。神山まるごと高専は「テクノロジー×デザイン×起業家精神」の3つのカリキュラムを軸に文部科学省の認可を受け、2023年4月に開校しました。
理事長であるSansan株式会社CEOの寺田親弘さんをはじめ、多くの起業家や企業が創設をサポート。「モノをつくる力で、コトを起こす人」を目指す人物像とし、卒業生の進路は就職30%、大学編入30%、起業40%を想定しています。
全国から学生を募集し、1期生の入試は推薦12.3倍、一般6.6倍という狭き門でした。「5年間でつくりたいモノ」のプロトタイプ(試作品)を動画にする課題を提出し、2次試験ではワークショップを実施。推薦書を書く人を学校関係者に限らず選べたり、英語や理科の学力試験がなかったりと、その選抜方法だけをみても一般的な高校入試とは大きく異なります。
入学したのは男女同数の計44人。寮生活で寝食をともにして1カ月半、授業中も和気あいあいとした様子でしたが、授業を終えた廣瀬さんは肩を落としていました。
「ロボットの話題はもうちょっとウケると思ったのになあ。ChatGPTを絡めたほうがよかったかも.....。今日は大反省大会です」
教員も1期生
学生だけではなく教員も、神山まるごと高専の1期生。高知県の公立高校で英語教員として11年間のキャリアを積んだ廣瀬さんでも、ここでの授業は毎回「よしッ」と気合を入れて臨むほど緊張しているのだといいます。
「これまでやってきた授業とは違うことが求められているからです。各科目の教員は『モノをつくる力で、コトを起こす』に帰結させるように授業を組み立てています。英語でコトを起こすとはどういうことか、常に模索しながら授業の進め方を考えています」
ものづくりや起業家精神を学びの軸にしているため、英語の授業は週2コマ計180分のみ。高専は学習指導要領が課されていないため、カリキュラムや授業内容、教科書の選定は独自のものです。
「授業で生徒の興味を引く難しさを実感しています。でも、将来もし起業するなら、感情を乗せたピッチがビジネスチャンスを左右することだってありますよね。英語ができないために可能性を狭めてほしくないんです」
英語を使えなかった18歳
廣瀬さんは3年前、前職の同僚に誘われて神山まるごと高専の教員に応募しました。
前職の公立高校では、20人ほどいた英語教員のうちの1人。担任としての業務も多忙で、授業で新しいチャレンジをすることはできないと半ばあきらめかけていました。
「朝から晩まで働き詰めで、私って何者なんだろう、と考えることもありました。40歳を前に自分の人生に目を向け始め、ダメ元で応募してみたんです」
夢を抱き、目をキラキラさせている15歳たちと関わりながら思い出すのは、自身が同世代だった頃のこと。英語が得意で大学でも英語を専攻し、18歳で初めてオーストラリアに短期留学をしたときの苦い思い出です。
「『How are you?』と聞かれて『え?』としか言えなかったんです。ザ・受験勉強しかしていなかったから、英語はわかるのに使えなかった。私には伝えたいことが何もないんだ、と気づいたのもショックでした」
英語学習を目的にするのではなく、英語をうまく使って人生の可能性を広げてほしい。自身の経験から、英語でプレゼンテーションすることを想定したカリキュラムをつくりました。
授業のほぼ半分の時間をプレゼンの学習にあて、成績の50%もプレゼンの評価が占めます。文法は授業では教えず、学生が自主学習できるよう解説する動画を自作しました。文法のテストは点数が低ければ再テストを受けられるようにしています。
「失敗しても取り戻せるよう、リベンジのチャンスを設けています。いつでも何度でも勉強してほしいからです」
最初から能力があるわけじゃない
神山まるごと高専は、開校前の2020年に教員の募集を始めました。求める教員像は「教える先生ではなく、一緒に学ぶ先生」。寺田理事長は「完成された大人として物事を教えるのではなくて、生徒と一緒に成長していくことをおもしろいと思える人に来てほしい」と語っていました。
美術の教員スタッフの新井啓太さんも、そんなメッセージに共感して応募しました。
神奈川県の中高一貫校に15年間勤めていた新井さん。同じ環境で働き続ける心地よさの一方で、自身の成長には限界を感じていたといいます。
「神山まるごと高専で求められる能力を最初から自分が持っていたとはとても思いません。学生と一緒に学んでいきたい一心で、新しい環境に飛び込みました」
担当する授業は表現基礎(アート)と、グラフィックデザインの週2コマ。木炭デッサンのほか、Google Earthで見えた地形をAdobeのIllustratorを使ってトレースするデザインなど、テクノロジーを用いた表現も実践しています。
新井さんも廣瀬さんと同じく、学生たちに制作物を提出し直すチャンスを設けています。主体的な学びや、失敗を恐れず挑戦する姿勢を重視しているからです。
新井さんは単身赴任しており、学生と同じ寮で暮らしています。学生と距離が近いからこそ、持て余しがちな自我と葛藤する15歳それぞれの生き方に心を揺さぶられることもあるといいます。
中学と高校のとき、学校が好きになれなかったという新井さん。一方的に指導を受け、決められたことをやるだけに感じていた学校生活では、自ら学ぶことの楽しさに気づけませんでした。
「大学に入学して美術という窓から世界を見るようになったら、サイエンスや歴史にも興味が生まれたんです。同じものを見ても、視点を変えると見方が変わる。ここでは15歳でいくつもの視点に触れられるなんて、ちょっとうらやましいです」
「スポンジのごとくいっぱい吸収して、でもきれいごとだけじゃなくていっぱい苦労して、いっぱいぶつかって、いっぱい失敗して、いっぱい青春してほしい。彼らは将来どんな道を進むんだろうな、とすごくワクワクしています」
人の下につきたくない
「ネイル、こっちにきてからするようになったんです。寮だとお互いにやりあえるから」
両手を広げて黒いネイルを見せてくれた1期生の宮脇悠花さんは、札幌市出身。親元を離れて寮生活を始めて1カ月半、「シェアハウスみたいで楽しい」と話します。
「寮ってルールが厳しいイメージでしたが、思っていたのと違いました。何もかも自由で週末は自炊ができるし、生徒も先生も対等な立場で話せるのがいいです」
「中学では先生が絶対っていう感じでした。学祭も台本をつくったのに先生がぜんぶ書き直しちゃうとか。つまらなくて、学校にはあまり行かなくなりました」
中学卒業後の進学先を探していたとき、母親が見つけたのが神山まるごと高専でした。
宮脇さんには、不登校の子どものために学校以外の居場所をつくりたいという夢があります。
「誰かの下につくより自分でやるほうが好きなので、起業したい。ここでは先生がやり方を教えるのではなく『どうやってやるの?』と聞いてくれるので、早く起業したいという思いが強まっています」
宮脇さんが楽しみにしている時間は、水曜日にある「Wednesday Night」。さまざまな分野の起業家が学校を訪れて起業体験を話す時間です。
15歳のときにどんな学生だったのか。どんな失敗をしてどう乗り越えたのか。「正解」を教わるのではなくそれぞれの人生のストーリーから、学生たちは自分に生かせる要素を学び取っていきます。
宮脇さんは、不登校の子どもたちを支援する認定NPO法人カタリバ代表理事の今村久美さんの話を聞いたとき、起業の夢がより具体的になったといいます。
Wednesday Nightは参加自由。起業家と夕食をともにして遅くまで語り合うもよし、寮の部屋に戻って休むのもよし。誰から何を学ぶのか、自分の時間をどのように使うのかを、学生たちは自ら選択するのです。
すべての学生が学費無償
神山まるごと高専の学費は年間およそ200万円ですが、スカラーシップパートナーとして企業11社が10億円ずつ奨学金基金に出資・寄付したことで、すべての学生の学費無償が実現しています。
1企業につき4名の学生がチームとなり、「奨学生」として企業名の冠をつけ、在学中から卒業後まで連携して活動するという前代未聞のスキームです。
これまでにない学校、これまでにない教え方をする教員、これまでにない学び方を選んだ学生たち。
ここで5年後、あるいはもっと前に「コトが起こりそうだ」と期待を膨らませる大人たちが、学生と一緒におもしろがりながらサポートを続けています。