「ごはんがおいしければ、ほとんどのことは解決できる」 神山まるごと高専 "日本一の給食"とは

小林明子

徳島県神山町に2023年4月に開校した「神山まるごと高専」。寮で暮らす学生たちは平日3食すべて給食ですが、食べ残しはほとんどなく「ほぼ完食」しているといいます。地元の食材を、地元で食べる。つくり手の思いに触れた学生たちの関心は、給食から食材へ、食材から農業へと広がっています。

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神山まるごと高専の寮にある「まるごと食堂」。テラスに面していて自然光がふんだんに入ってくる
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

午前中の授業が終わると、学生たちが息を切らしながら「まるごと食堂」のガラス扉から駆け込んできます。

校舎から食堂がある寮までは、鮎喰川にかかる橋を渡って徒歩5分ほど。お目当ての「鶏むね肉の塩唐揚げ定食」が数量限定と知っていた学生たちは、競うように走ってきたのでした。

「神山盛りお願いします!」

学生が元気よく注文すると、調理スタッフがご飯を大盛りにして渡します。この日のもう一つのメニューは、カレーうどん。ビーツの茎を使った鮮やかなピンク色のおひたしが添えられています。

神山まるごと高専給食
給食を食べる学生たちの横では、スタッフが打ち合わせをしていた
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

学生たちは好きな席に座り、MacBookに向かってイヤホンをつけたまま黙々と食べていたり、教員を呼び止めて授業の質問をしたり。食堂はスタッフの打ち合わせの場にもなっており、大学の学食や社員食堂のような和やかな雰囲気です。

神山まるごと高専給食
別の日のメニュー。定食と丼の2種類の献立から選べる
写真提供:神山まるごと高専

おかず交換も自由

神山まるごと高専がある神山町は、徳島阿波おどり空港から車で約1時間の山間部にある、人口5000人に満たない町。全国から集まった1期生の44人全員が、寮で生活をともにしています。

神山まるごと高専
神山まるごと高専の寮。旧神山中学校の校舎をリノベーションしている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

このため、給食は平日に1日3回提供されています。朝食はセルフサービス、昼食と夕食のメニューは、定食と丼などの一品もののいずれかから選べます。大盛りよりさらに多い「神山盛り」や「少なめ」などと量の増減をリクエストすることができ、おかずを友達と交換するのも自由です。

神山まるごと高専給食
学生にご飯の量を聞いて、盛り付けをしていく料理スタッフ。右は料理長の細井恵子さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「ここの給食は家庭の食事の代わりでもありますから、ほっとする時間をつくることを意識しています。食事の時間が楽しみだと、勉強でも何でもだいたいのことは解決できるんじゃないかと思っています」

こう話すのは、NPO法人「まちの食農教育」代表理事の樋口明日香さんです。神山まるごと高専の給食づくりを担当しています。

樋口さんは2022年3月に「まちの食農教育」を立ち上げるまで、「フードハブ・プロジェクト」で食農教育を担当していました。

フードハブ・プロジェクトは神山町の農業と食を次世代につなぐため、2016年4月に官民共同で設立された株式会社。高齢化や後継者不足など農業が抱える課題を「少量生産と少量消費の循環」によって解決していこうと、新規の就農者に研修をしたり、地域の食材を使った食堂とパン屋を運営したりしています。

樋口明日香さん
樋口明日香(ひぐち・あすか) / NPO法人「まちの食農教育」代表理事
神奈川県の公立小学校の教員として14年間勤めた後、徳島市にUターン。2016年、フードハブ・プロジェクトの設立メンバーとして入社。2022年3月に同社からNPO「まちの食農教育」を立ち上げる
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

フードハブ・プロジェクトの親会社である株式会社モノサスが2022年4月から神山町の給食事業を受託し、小中学校の給食の食材調達や調理、オペレーションを担っています。さらに2023年4月から、神山まるごと高専の給食づくりを「まるごと」担当しています。

神山まるごと高専給食
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
荒井茂太さん
給食のオペレーションを担当する、株式会社モノサス食事業開発ディレクターの荒井茂太さんは、Google Japanなど大企業の社員食堂の企画運営を手がけてきた

給食を食べられなくなった

樋口さんはもともと、神奈川県の公立小学校で教員をしていました。他の多くの自治体と同様、給食は学校給食センターで大量に調理されたものが各校に配送される仕組み。短い給食の時間中に残さず完食することがよいとされ、樋口さんも子どもたちに指導をしながら慌ただしく食べていました。

「趣味で料理教室に通ううちに、食材の背景に関心をもつようになりました。すると給食が栄養素を摂取する単なる手段のように思えてきて、一時期、給食を食べられなくなってしまったんです」

子どもたちが給食をおいしく、楽しく食べられるように。樋口さんは食材を選定する自治体の会議に参加して献立の改善を提案したりもしましたが、既存の大きなシステムを変えることは難しく、無力感を覚えました。

教員をやめて地元に戻り、次は食の課題に取り組むことができないかと考えていたときにフードハブ・プロジェクトを知り、立ち上げメンバーとして入社しました。

「まさかこんな形で改めて給食に関わることになるとは当時は思ってもいませんでしたが、食農教育としてやりがいがあります。生産、調達、流通、料理など食の課題の全体像を見ることができるので、給食って奥が深いです」

神山まるごと高専給食
テーブルと椅子は、神山産の木材でつくられている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
神山まるごと高専給食

「おいしくなかった」を生かす

神山まるごと高専の給食は、つくり手(料理スタッフ)と食べる人(学生)のコミュニケーションが双方向であることが特徴です。

「神山まるごと高専の給食は、食堂内で料理スタッフがつくっています。つくり手と食べる人との距離が近い。いつでも対面でフィードバックを得ることができます」(樋口さん)

それは、食べる人の体調や空腹度、冷蔵庫にある食材によって献立や量を決める家庭料理と似ています。

神山まるごと高専給食
写真提供:神山まるごと高専

樋口さんや料理長の細井恵子さんのもとには毎日、「いい反応も悪い反応も聞こえてきます」。

地元の食材としてわらびのピクルスを出したときに「今日はおいしくなかった」と率直に言ってきた学生がいました。ところがその学生は、翌日のわらびごはんを完食。食材が問題なのではなく料理の仕方を工夫すればよいことがわかり、改善につながりました。

「キンカンって初めて食べたんですけど、こうやってサラダに入れるんですね」

「今日はピカタ? 私がリクエストしたメニューだ!」

学生たちの感想や疑問がそのまま料理スタッフに伝わり、翌日からの給食づくりに反映されていきます。そのためなのか、下げられた食器はとてもきれいで、食べ残しがほとんどありません。

環境省の調査によると、学校給食の食品廃棄物のうち、「食べ残し」の量は、児童・生徒1人あたり年間7.1kg。給食の提供日数を年間200日とすると、1日あたり35.5gとなる計算です。一方、神山まるごと高専の学生1人あたりの「食べ残し」の量は、1日あたり4.1gでした。

神山まるごと高専
晴れた日はテラスや庭で給食を食べる学生も
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

給食も「地産地食」

神山まるごと高専の給食で目指しているのが「地産地食率・日本一」です。

もともとフードハブは町内の食堂「かま屋」で、神山の食材を調理した定食を提供してきました。「地域で育て、地域で食べている割合(食材品目数)」を「産食率」としてサイトで公表しています。

神山まるごと高専でも、文部科学省「学校給食における地場産物・国産食材の使用状況調査」と同じ方法で、給食の「産食率」を、昼食2メニュー、夕食2メニューの4カテゴリーで毎日計測しています。2023年4月は、産食率が高いメニューで73%、低いメニューで47%でした。

この調査法では、加工品は町内の加工業者がつくっていたとして原材料が地元産でなければ「地産」としてカウントされないため、豆腐やパンなどの加工品が主食や主菜となっているメニューでは産食率が低くなる傾向があるといいます。

「『地産地食率・日本一』を目指していきますが、同時に地元だけでなく全国にいるつくり手を尊重し、つくり手への理解や一次産業へのまなざしを育んでいきたいです」(樋口さん)

給食は食堂のメニューとは異なりあらかじめ栄養価の計算が必要なため、1カ月半前に献立表を決め、食材の発注の見通しを立てなければなりません。献立表に沿いつつも地元で採れた食材や旬の野菜をできるだけ使う、「生きた給食づくり」に挑戦しています。

神山まるごと高専給食
週末のクッキングなどで使えるプレートは、知的障害者のアートを商品化・ライセンス化して価値を高める「ヘラルボニー」が提供
神山まるごと高専給食
汁椀は地元の人たちがプレゼントしてくれた
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

野菜づくり、はじまる

週末の「まるごと食堂」。給食はお休みとなり、学生たちは自由にキッチンを使って料理をすることができます。

「つくる人も食べる人も食堂に集まって、みんなでわちゃわちゃするのが楽しい」と1期生の宮脇悠花さんは語ります。

各分野の起業家が訪れる毎週水曜日は、憧れの起業家と夕食をともにして起業体験に耳を傾ける学生たちもいます。

神山まるごと高専
給食をお腹いっぱいに食べ、午後の授業を受けるため校舎に戻っていく学生たち
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

フードハブ・プロジェクトは同校の「プログラムパートナー」として、5年生の前期に「食農ワークショップ演習」という授業を担当する予定です。ところが学生有志が早くも「まるごとファームクラブ」を設立し、部活動として野菜を育て始めました。

「デザインやテクノロジー、起業を学びたくて神山に来た学生たちが農業や食にどれくらい関心をもってくれるかは未知数だったのでうれしいです。食材を『まるごと食堂』に提供してくれる日を楽しみにしています」(樋口さん)

学校の敷地内の菜園で芽吹いたきゅうりやオクラは、たっぷり陽の光を浴びてすくすくと育ち、この夏、学生たちが収穫しました。

心のローカル
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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