「意識高い」では続かない。ごみゼロを目指す上勝町が、町民に"完璧"を強いない理由
町ぐるみでごみゼロを目指す「ゼロ・ウェイストタウン」として知られる徳島県上勝町。ごみの45分別やリユースなど画期的な取り組みは国内外から視察が絶えず、若者の移住にもつながっています。しかし町の人たちは、「意識が高いからできているわけではないんです」と話します。大事にしているのは、高齢化した過疎の町ならではの、ゆるやかな人と人とのつながりでした。
四国一小さな町、徳島県上勝町。町の面積の9割を山林が占め、国の重要文化的景観に認定された「樫原の棚田」をはじめとする昔ながらの田園風景の中に、55の集落が点在しています。
町の人口は1441人(2022年10月1日現在)。65歳以上の高齢者が52.7%で、20年後には人口が半減すると推計されています。
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町を横断する勝浦川沿いを走る県道1本のほかは、細くて曲がりくねった道ばかり。車ですれ違うのもひと苦労です。
この町では、ごみ収集車が走っていません。
「面倒だけど、慣れた」
町民は、2020年に町にできた「上勝町ゼロ・ウェイストセンター」にある「ゴミステーション」に各自でごみを持ち込み、13種類45分別のルールに沿って出しています。
リサイクルするため、ペットボトルや容器、包装はきれいに洗って乾してから出さなければなりません。瓶は4分別、紙は9分別と細かいルールがあり、「町民でもわかりづらいものがあります」とゼロ・ウェイスト推進員の藤井園苗さんは話します。
「面倒くさいですよね。ごみを洗って、ここまで持ってきて、ルールに従って分けて。町の皆さんはメディアの取材を受けるたび『もう慣れた』と答えていますが、面倒くさいことに変わりはありませんから......」
若者が移住するまち
上勝町は、2003年に日本で初めて自治体として「ゼロ・ウェイスト宣言」をしました。ゼロ・ウェイストとは、無駄・ごみ・浪費をなくすため、ごみを生み出さない社会を目指す考え方。2020年までに焼却・埋立て処分するごみをゼロにするという目標を立てました。
2005年にNPO法人「ゼロ・ウェイストアカデミー」が発足し、町外への発信に力を入れるようになると国内外から視察が相次ぐように。1997年生まれの大塚桃奈さんが上勝町に移住してゼロ・ウェイストセンターで働き始めるなど、移住してくる若者も目立ち始めました。
2020〜2022年度の3年間で移住者は133人。7割が40代以下で、町の高齢化や少子化を食い止めることへの期待も高まっています。
「小さな町だからできること。うちには無理」
全国から視察に訪れる自治体や議会の関係者からは、そんな反応も少なくありませんでした。しかし、トップダウンで理想を掲げるだけでは浸透しないのは小さな町でも同じだと、上勝町企画環境課の菅翠さんは言います。
「ごみは毎日のことですから、環境のため、世界を変えるため、といった理念だけでずっと続けるのはしんどいです。私自身、すごく意識が高いわけでもないんです。町民が無理せず、気楽に、楽しくできることが一番です」
理念より、町民に「いいこと」
そこで上勝町では、町民が「分別に協力したらいいことがあった」と感じられるような工夫をしています。
例えば「ちりつもポイントサービス」。紙類など資源化すると収益になる8品目の分別に協力した町民にポイントを付与し、貯まったら商品と交換できるサービスです。月1回、3000円の商品券が抽選で当たるダブルチャンスもあります。
「ポイントを貯めて、移住4年目でステンレスピンチハンガーをゲットしました」というのは、前出の大塚さん。
「プラスチックのピンチだと劣化してしまいますが、ステンレスだと長く使え、金属としてリサイクルもしやすいです。ポイント交換商品には、長く使えるものやリサイクルしやすいもの、学用品などを選んでいます」
上勝町の2020年度のごみの量は294トン。本来ならごみ処理費用として年間1691万円かかるところ、町民が分別に協力して8割を資源化したことで、842万円で済みました。
さらに、有価で業者に引き取られる紙や金属などは年間90万〜150万円ほどの収益になっています。
「町民が分別に協力してくれるおかげで処理費用が削減でき、売上が生まれるので、しっかりと町民に還元していきたいです」(藤井さん)
ゴミステーションの各分別コンテナには、処理費用がいくらかかるか、資源化すると収益がいくらになるかの目安の金額が表示されており、分別による成果が町民にわかりやすくなっています。
ごみは生活そのもの
家庭ごみはゴミステーションに持ち込むのが原則ですが、持ち込みができない人もいます。車を持たない高齢者およそ50世帯には、「運搬支援事業」として2カ月に一度、ゼロ・ウェイスト推進員らが回収に訪れています。
この運搬支援事業は、もともと住民課による福祉の視点から始まったもので、民生委員を兼ねている推進員もいます。
ひとり暮らしのお年寄りの中には、推進員と話すことを楽しみに待っている人もいれば、認知症が進んで分別はおろか片付けがままならなくなっている人もいます。ごみ回収と見守りを同時にする意義がある、と菅さんは話します。
「ごみ回収の効率を上げるだけなら配送や自動運転などいろいろな方法が考えられますが、やはり人と人とのコミュニケーションを大切にしたいです。ごみは生活そのものを表しますから」
同時に、ごみにはプライバシーが詰まっています。ごみゼロを目指しているとはいえ、いったん「燃やさなければならないごみ」としてまとめて出されたものに対して分別を強いるようなことはありません。
「子育てや介護、病気など、さまざまな事情で分別に協力しづらい人もいます。そこで正義をふりかざして町民を苦しめるようなことはしたくないんです」(藤井さん)
町民に無理をさせず、誰ひとり取り残さない。これは、上勝町がごみゼロ自体をゴールにするのではなく、ゼロ・ウェイストを通して「みんなが無理なく楽しく、誇りをもって暮らす町」を目指しているためです。
昔は何でも燃やしていた
そもそもなぜ上勝町では、ごみを持ち寄るというスタイルが受け入れられたのでしょうか。前出の大塚さんは、ゼロ・ウェイストセンターを訪れる人たちに経緯を説明しています。
上勝町ではもともと、自宅の庭先で家庭ごみを燃やす「野焼き」をしていました。山や川への不法投棄を防ぐため、ごみを1カ所に持ち寄って焼くようになり、1998年に小型焼却炉2基を導入して22分別をスタートしました。
ところが、ダイオキシン類対策特別処置法の施行により、わずか2年で焼却炉は閉鎖することに。大規模な処理施設や広域でのごみ処理も検討したものの、経済的な負担や環境面の負荷を考え、資源化するほうに一気に舵を切ったといいます。
四国で最も小さく市町村合併も選択しなかった上勝町は、ごみ処理に回せる財源が乏しく、収集車を走らせることも難しい道路事情です。ただ、野焼きをしていた頃から家庭ごみを持ち寄る習慣はあったことから、収集ではなく持ち込みという、他の自治体とは違う方法でごみを処理することになったのでした。
「焼却炉の閉鎖からわずか1カ月で資源化に転換できたのは、自分たちのごみを自分たちで何とかしようという強い意志があったことが読み取れます」(大塚さん)
ごみを出さない社会に
また、町は補助を出して家庭用コンポスターを各世帯に普及させてきました。生ごみは自宅で堆肥にし、それ以外のごみをゴミステーションに持ち込むスタイルが確立しました。これによりリサイクル率が格段に上がり、2020年度のリサイクル率は81%を達成しました。
そうなると気になるのは残り19%のごみですが、藤井さんはこう強調します。
「よく誤解されがちですが、リサイクル率100%を目指しているわけではないんです。それは町民を苦しめることになりますから。その先まで分別でやろうとするのではなく、ごみを出さない社会をつくることが必要です」
給食の牛乳からトレイを
上勝町では、ごみを出さない社会づくりのために、企業との取り組みが進んでいます。
洗剤やシャンプーの詰め替えパックを回収している花王は、その再生樹脂でつくったブロックを上勝小学校に贈呈しました。
学校給食の牛乳パックと食品包装フィルムを再生して「給食トレイ」をつくるという官民連携の実験も始まりました。
町内には米や調味料などを量り売りしている店舗が11店あり、容器を持参して買い物をすることができます。
ゼロ・ウェイストセンター内にある、不要品を交換できる「くるくるショップ」は、小学生のアイデアで生まれました。
葉っぱを日本料理の「つまもの」として出荷するビジネスで「葉っぱの町」として一躍有名になった上勝町。ゼロ・ウェイストをもう一つのブランド価値にしようと、2020年に再び「新ゼロ・ウェイスト宣言」をしました。
町民ひとりひとりが無理をせずに取り組んだ結果、上勝町で1人が1日に出すごみの量は約480グラム。全国平均の約920グラムの約半量となっています。ごみになるものをゼロにする未来に、着実に近づいています。