ChatGPTを使った宿題、どう考える? 「20年前、油絵をCGで描いて受賞し、僕は研究者になった」
画像や文章が自動的に生成できるジェネレーティブAIの登場により、労働市場だけでなく教育にも変化がありそうです。ChatGPTを活用して宿題や創作をするのはあり? なし? 最新のテクノロジーを使って新しいものづくりに取り組んでいる研究者に聞いてみました。
対話形式で質問に応答したり意味を解析したりするほか、文章を生成することができるAI(人工知能)ツール「ChatGPT」の教育現場での活用法に注目が集まっています。
松野博一官房長官は2023年4月6日の会見で、「教育における新たな技術の活用にあたっては、メリットとデメリット両方に留意することが重要であると考えている」と述べ、一律に禁止するのではなく、適切な使い方の参考となる指針を文部科学省が取りまとめる方針を示しました。
東京大学は生成系AIのみを用いての論文やレポートの作成を禁止、上智大学は教員の許可なく使用することを認めないと公表しています。NHKによると、小中高校生が応募する「青少年読書感想文コンクール」は、AIが生成した感想文が応募されることを懸念して、2023年度の募集要項を改めることを決めました。
1人1台の端末を持ち、ITを駆使した学びを進めていく時代、学習や創作にテクノロジーをどのように活用し、また注意していけばよいのでしょうか。最新テクノロジーを取り入れた新しいものづくりに取り組む研究グループ「Future Crafts」を主宰する、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科専任講師の山岡潤一さんに聞きました。
原点は「プラバン工作」
僕は幼い頃からものづくりに関心があり、プラスチックの板に絵を描いてトースターで焼いてキーホルダーなどをつくる「プラバン工作」をよくしていました。いま、3Dプリンターで樹脂を柔らかくして立体をつくる研究をしているのは、あのプラバン工作が原点だったんだな、と感じます。
アートにも関心があり、絵の具を水で溶いて紙を浮かせてマーブル模様をつくるなど、何でも試していました。誰もやっていないことをやってみたい、世の中にない新しいものをつくってみたいという思いがありました。
中学生のときは油絵を習っていました。油絵をコンテストに出品するにあたり、絵の具ではなくCG(コンピューター・グラフィックス)で描いてみたらどうだろう思い立ち、親に頼んでCGのソフトを買ってもらいました。そのCGでつくった作品がコンテストで受賞したんです。今のAIを使った画像生成に近い議論だと思いますが、新しい表現を評価してもらえたということは強く印象に残っています。
AIを使って絵を描くことや文章をつくることに眉をひそめる人もいるかもしれませんが、僕はすぐに禁止するのではなく、まずは使ってみるといいと思っています。もちろん最新技術にはリスクも伴いますから、使ったうえで、どういう使い方が有益であり適切なのかを考えることが大切です。大人もまず使ってみることで子どもにどう伝えたらいいのかがわかりますし、大人の学びにもなります。
研究のヒントはYouTube
うちの場合は、親子で遊びながらメタバースの世界を楽しんだり、プログラミングの知識を身に着けたりしています。
小学5年生の長男は「Zombie Zoo Keeper」というNFTアーティストです。ゾンビが登場するゲーム「マインクラフト」が好きで、小学3年生のときに夏休みの自由研究で、ゾンビと動物をかけあわせたドット絵をNFTプラットフォームに出品したところ、高値で取引されて完売となりました。
妻(アーティストの草野絵美さん)は1980年代の少女マンガ風のNFTコレクション「新星ギャルバース(Shinsei Galverse)」をリリースし、一時NFTマーケットプレイス「OpenSea」で取引高世界1位を記録しました。
僕が主宰する慶応大学の研究グループ「Future Crafts」は、最新のテクノロジーを使って新しい素材や商品を開発しています。国籍も言語もさまざまな大学院生が約25人在籍しています。
論文も読みますが、息子と同じようにYouTubeやゲームから研究のヒントを得ることも少なくありません。常にアンテナを張り、身の回りにあるいろいろな素材の特性を「職人のような視点」で観察することを意識しています。
新しく開発された素材を使うこともあれば、昔からある粘土や糸、折り紙などを使うこともあります。一時期はずっと磁石を持ち歩いて、何にくっつくのかを片っ端から試していたことがありました。そのとき、磁石の引力を使って書くことをサポートするというアイデアが生まれ、半自動筆記ができる磁性ペンを開発しました。
コロナ禍でマスクを手づくり
テクノロジーを活用しながらも、同時に物質的なものづくりにこだわっているのは、社会に役立てたいと思っているからです。
世の中にあるデジタル情報には直接、触れることはできません。その情報を現実世界で実体化することにより、手で触れたり、取り出したり、組み立てたり、身につけたりすることができます。わかりやすい例は3Dプリンターです。デジタル情報が三次元になることで、実用的なものになります。
コロナ禍では物資の不足が深刻になりました。災害などでものがつくれなくなったり届かなくなったりしたときにどうすればいいのか。マスクが店で手に入らなくなったとき、僕はレーザーカッターでつくったりしました。
じゃがいもを家で栽培して、でんぷんを水に溶かして生分解性のプラスチックにして、それを3Dプリンターでお皿にして使うという実験もしました。家でものをつくり出し、素材が循環すれば、家の中だけで生産と消費を完結させることも可能になります。
さらにそのつくり方をインターネットで共有して知見を蓄積していくと、いざ物資が足りなくなったとしても、それぞれの家庭で対応できるようになるかもしれません。
障害がある人のサポート
アニメ「ドラゴンボール」に登場する「ホイポイカプセル」は、小さなカプセルを投げると家や車などの大きなものも入れられるようになる道具です。
このホイポイカプセルが現実になるような技術も生まれています。「4Dプリンティング」は、水を吸わせたり温めたりすることで変形する素材を使い、時間経過によって物体が最終形になる技術です。椅子などの家具を小さな状態で配送し、使うときに大きく組み上げることができるよう開発が進んでいます。
輸送の際のCO2が削減できて環境に負荷がかからず、災害時の備蓄や救援物資としても役立つことが期待されています。
僕が開発した半自動筆記ができる磁性ペンは、磁石の引力でペン先を誘導するため軽くペンを持つだけで文字や絵を書くことができ、子どもの学習や障害のある人のサポートに役立ちます。コンピューターで遠隔操作ができるところもポイントです。
新しい技術や新しい表現をつくるだけでなく、社会と結びつけることによって人の役に立つことを意識して研究を進めています。その中で、手作業と技術のハイブリットな融合を模索しています。
「職人技」を伝えるために
縫う、編む、彫るといった職人の手作業はとても重要で、何にも代えがたいものです。ただ、職人の高齢化や継承者の不足によってものづくりが途絶えてしまうと、文化そのものを次世代に残すことができません。
北海道の先住民族であるアイヌ民族の文化も、継承の課題があります。そこでアイヌの方たちと話し合い、職人さんのこだわりを尊重しながら、アイヌ文様の学習や制作を支援するツールを開発しました。テクノロジーを使って工芸学習をサポートすることで、次世代の人たちがアイヌ文様を学びやすい環境を整備しようというものです。
300種類以上のアイヌ文様のデータをAIに覚えさせ、ジェネレーターで文様のサンプルパターンを自動生成します。本来なら方眼用紙を使って手作業で文様をつくり出すため時間がかかりますが、サンプルパターンを使うことで制作のハードルを下げることができます。
文様が決まったら、機械学習した糸や布の特徴から刺繍の完成図を自動生成し、その図案に合わせた刺繍の縫い方を表示することで、複雑な刺繍の工程をよりわかりやすくすることができます。
また、木彫り工芸では、レーザーカッターを使うことで、高度な技術を習得していなくても微細な部分まで表現することができ、ワークショップなども可能になります。
手作業でできないことを技術がサポートする。手作業と技術のハイブリッドな工芸では、手づくり感や職人のこだわりを尊重する。そうすることにより、誰もが好きなものを表現でき、デザインして、つくることができる。僕はそんな世界が実現するといいなと願っています。
技術に人間の手がかかわってこそ、この世の中にまだない、まったく新しいものが生まれるのだと思っています。