孤立集落をなくすために駆けつける、道をつくる人たち。被災した写真家が撮る復旧工事のリアル

小林明子

2024年1月1日に発生した能登半島地震では、土砂崩れが起きたり路面が陥没したりして道路が寸断され、孤立している地域が多数あります。写真家の山崎エリナさんは、こうした災害現場で復旧作業をする人たちを撮り続けてきました。自身も阪神淡路大震災で被災した経験から、暮らしを支える人たちに焦点を合わせ続けます。

elina yamasaki
Elina Yamasaki for OTEMOTO

「あの日もし自分の部屋で寝ていたら、いま生きていなかったかもしれません」

写真家の山崎エリナさんは、1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災を振り返ります。

震災で自宅が全壊

いつもは「そろそろ部屋で寝なさい」と言う母親が、なぜか「このまま寝よう」と言い、しゃべりながら居間で寝た夜の明け方でした。大きな揺れとともにテレビやたんすが吹っ飛び、必死で身を守りました。廊下には亀裂が入り、自宅マンションは全壊しました。

「震災がきっかけでパリに渡ることにしたのですが、日本に帰国するたびに、壊滅状態だった街がどんどん復興していくことに驚きました。でも当時は、その作業をしている人たちの姿を想像するには至っていませんでした」

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山崎エリナ(やまさき・えりな) / 写真家
兵庫県神戸市出身。パリを拠点に3年間の写真活動に専念する。40ヵ国以上を旅して撮影を続け、エッセイを執筆。帰国後、国内外で写真展を多数開催。海外での評価も高く、ポーランドの美術館にて作品収蔵。ダイオウイカで話題になった自然番組・NHKスペシャル「世界初撮影!深海の超巨大イカ」(菊池寛賞受賞)では、スチールカメラマンとして同行し深海撮影。2018~2023年は「山崎エリナ写真展 インフラメンテナンス」を福島、新潟、大阪、東京ビックサイトなど全国各地で開催。橋梁、トンネル、道路のメンテナンス現場を撮影した写真集『インフラメンテナンス~日本列島365日、道路はこうして守られている』は、インフラメンテナンス大賞優秀賞を受賞(国土交通省)。2023年にインフラメンテナンス 特別賞を受賞(JFCE)。写真集に『アイスランドブルー』『千の風 神戸から』『アクアライン 知られざる姿」『ローカルゼネコンの素顔 ~眼差しの先に』など多数
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

トンネル、高速道路、橋梁、海底トンネル、スタジアム建設ーー。土木や建設の工事を撮影するようになったのは2017年。福島市の寿建設社長の森崎英五朗さんから、トンネル工事の撮影を打診されたことがきっかけでした。

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

ヘルメットをかぶり、作業員以外は立ち入りができないエリアに入ります。最初は、作業の邪魔にならないように注意しながらカメラを向けていました。しかし、作業員の真剣な眼差しや鼻から滴り落ちそうな汗に魅了され、「忍者のよう」(山崎さん)に気配を消しながら距離を縮め、夢中でシャッターを押しました。

「工事現場は3K(きつい、汚い、危険)で泥臭いイメージがありましたが、実際に行ってみるとクリーンで、生き生きと働く人たちがいました」

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

災害現場での使命感

工事現場は完全なる分業制。それぞれの作業のスペシャリストが一つのチームになって巨大な構造物をつくりあげる現場には、知られざる多くのドラマがありました。

「真剣な眼差しや姿にも圧倒されるのですが、大雪や酷暑など大変な作業環境であっても笑顔が絶えないんです。どうしてこんな状況でこんな笑顔ができるんだろう、と。頭脳も体力も精神力も鍛えないとできない仕事だと気付かされて、この人たちの姿を伝えなければと強く思いました」

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

2018年7月の西日本豪雨、2020年7月の熊本豪雨の復旧現場には同行して撮影しました。寸断された道路を、泥まみれになって復旧している人たちの姿がありました。

「てっきり自衛隊が真っ先に助けに来てくれるものだと思っていたんですが、道路がないと通れないので、まず道を修復する人たちが現場に駆けつけるんです。自分の家を確認するより先に復旧現場に直行していた人もいて、その使命感に圧倒されました」

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

僕のトンネル人生のすべて

2018年の福島市を皮切りに、各地で「インフラメンテナンス」写真展を開催。臨場感がそのまま伝わり、作業を連続して見てもらえるようにと写真は額に入れずアクリル板でカバーし、写真説明はあえてつけませんでした。

80代の男性が、1枚の写真の前で立ち止まり、涙を流し始めました。声をかけると、男性は以前トンネルの掘削工事をしていたとのこと。その写真は、水路トンネルの作業を終えた若い作業員が道具を片付けて振り返った瞬間を押さえたものでした。

「この笑顔は、僕のトンネル人生のすべて表してくれている」

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

また、橋脚を補強する鉄筋が整然と並んでいる様子をとらえた写真は、「形が美しかったから撮ったもの」(山崎さん)でしたが、専門的な作業を知る人たちは必ず立ち止まり、「結び目が」「この素材は」と議論になる1枚なのだといいます。上からコンクリートを流し、今は見えなくなった場所のため、貴重な資料画像ともいえます。

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

看板の先で暮らしを守る

道路工事で作業員の背景にトラックがぶれて写っている写真は、山崎さんがそのスピードからくる風圧の強さに驚いて撮影したものです。

「よく、工事中だから減速するようにという看板が出ていますが、実際に減速する人はほとんどいません。トラックがビュンビュン走るすぐ横で、命懸けで作業をしている人がいるんです」

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Elina Yamasaki for OTEMOTO

「インフラメンテナンスの現場は一般の人は絶対に入れない場所なので、その先で起きていることは一般的にはほとんど伝わっていません」

「私も撮影するまでは『何か工事をしているな』『道路が渋滞しているな』くらいにしか思っていませんでした。しかし、立入禁止の看板の向こう側の見えないところで、私たちの暮らしが命懸けで守られています」

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山崎エリナさんの写真集『トンネル誕生』(左手前)、『インフラメンテナンス~日本列島365日、道路はこうして守られている』(右)など
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

国土交通省によると、能登半島地震の影響で1月9日午後3時時点、高速道路3区間のほか、国道や県道など計95区間が通行止めになっています。道路が陥没したりトンネルが倒木でふさがれたりして孤立した集落には生活物資や医療の支援が行き届かず、住民に不安が広がっています。緊急復旧作業は24時間体制で、国道249号沿岸部は約5割まで復旧しています。

山崎さんは阪神淡路大震災の経験から、インフラが断絶した被災地で過ごす人たちの不安に思いをはせます。

「余震が続く中、寒さに震えながら、いつでも家から飛び出せるようにと玄関で夜を過ごしたことを思い出します。こうした災害時には、全国の建設業の方々が連携して、県を越えていつでも駆けつける準備や情報共有をしています。どんな時も、私たちの暮らしを守ってくれる人たちがいることを、言葉や写真を通して伝えていきたいです」

「暮らしに直結する作業をするには、もちろん機械も使いますが、最終的には人の力と知識です。職人技のすごさ、使命感や誇り、最前線で作業する人たちのリアルな姿が、写真を通して伝わればと思います」

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Elina Yamasaki for OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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