孤立集落をなくすために駆けつける、道をつくる人たち。被災した写真家が撮る復旧工事のリアル
2024年1月1日に発生した能登半島地震では、土砂崩れが起きたり路面が陥没したりして道路が寸断され、孤立している地域が多数あります。写真家の山崎エリナさんは、こうした災害現場で復旧作業をする人たちを撮り続けてきました。自身も阪神淡路大震災で被災した経験から、暮らしを支える人たちに焦点を合わせ続けます。
「あの日もし自分の部屋で寝ていたら、いま生きていなかったかもしれません」
写真家の山崎エリナさんは、1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災を振り返ります。
震災で自宅が全壊
いつもは「そろそろ部屋で寝なさい」と言う母親が、なぜか「このまま寝よう」と言い、しゃべりながら居間で寝た夜の明け方でした。大きな揺れとともにテレビやたんすが吹っ飛び、必死で身を守りました。廊下には亀裂が入り、自宅マンションは全壊しました。
「震災がきっかけでパリに渡ることにしたのですが、日本に帰国するたびに、壊滅状態だった街がどんどん復興していくことに驚きました。でも当時は、その作業をしている人たちの姿を想像するには至っていませんでした」
トンネル、高速道路、橋梁、海底トンネル、スタジアム建設ーー。土木や建設の工事を撮影するようになったのは2017年。福島市の寿建設社長の森崎英五朗さんから、トンネル工事の撮影を打診されたことがきっかけでした。
ヘルメットをかぶり、作業員以外は立ち入りができないエリアに入ります。最初は、作業の邪魔にならないように注意しながらカメラを向けていました。しかし、作業員の真剣な眼差しや鼻から滴り落ちそうな汗に魅了され、「忍者のよう」(山崎さん)に気配を消しながら距離を縮め、夢中でシャッターを押しました。
「工事現場は3K(きつい、汚い、危険)で泥臭いイメージがありましたが、実際に行ってみるとクリーンで、生き生きと働く人たちがいました」
災害現場での使命感
工事現場は完全なる分業制。それぞれの作業のスペシャリストが一つのチームになって巨大な構造物をつくりあげる現場には、知られざる多くのドラマがありました。
「真剣な眼差しや姿にも圧倒されるのですが、大雪や酷暑など大変な作業環境であっても笑顔が絶えないんです。どうしてこんな状況でこんな笑顔ができるんだろう、と。頭脳も体力も精神力も鍛えないとできない仕事だと気付かされて、この人たちの姿を伝えなければと強く思いました」
2018年7月の西日本豪雨、2020年7月の熊本豪雨の復旧現場には同行して撮影しました。寸断された道路を、泥まみれになって復旧している人たちの姿がありました。
「てっきり自衛隊が真っ先に助けに来てくれるものだと思っていたんですが、道路がないと通れないので、まず道を修復する人たちが現場に駆けつけるんです。自分の家を確認するより先に復旧現場に直行していた人もいて、その使命感に圧倒されました」
僕のトンネル人生のすべて
2018年の福島市を皮切りに、各地で「インフラメンテナンス」写真展を開催。臨場感がそのまま伝わり、作業を連続して見てもらえるようにと写真は額に入れずアクリル板でカバーし、写真説明はあえてつけませんでした。
80代の男性が、1枚の写真の前で立ち止まり、涙を流し始めました。声をかけると、男性は以前トンネルの掘削工事をしていたとのこと。その写真は、水路トンネルの作業を終えた若い作業員が道具を片付けて振り返った瞬間を押さえたものでした。
「この笑顔は、僕のトンネル人生のすべて表してくれている」
また、橋脚を補強する鉄筋が整然と並んでいる様子をとらえた写真は、「形が美しかったから撮ったもの」(山崎さん)でしたが、専門的な作業を知る人たちは必ず立ち止まり、「結び目が」「この素材は」と議論になる1枚なのだといいます。上からコンクリートを流し、今は見えなくなった場所のため、貴重な資料画像ともいえます。
看板の先で暮らしを守る
道路工事で作業員の背景にトラックがぶれて写っている写真は、山崎さんがそのスピードからくる風圧の強さに驚いて撮影したものです。
「よく、工事中だから減速するようにという看板が出ていますが、実際に減速する人はほとんどいません。トラックがビュンビュン走るすぐ横で、命懸けで作業をしている人がいるんです」
「インフラメンテナンスの現場は一般の人は絶対に入れない場所なので、その先で起きていることは一般的にはほとんど伝わっていません」
「私も撮影するまでは『何か工事をしているな』『道路が渋滞しているな』くらいにしか思っていませんでした。しかし、立入禁止の看板の向こう側の見えないところで、私たちの暮らしが命懸けで守られています」
国土交通省によると、能登半島地震の影響で1月9日午後3時時点、高速道路3区間のほか、国道や県道など計95区間が通行止めになっています。道路が陥没したりトンネルが倒木でふさがれたりして孤立した集落には生活物資や医療の支援が行き届かず、住民に不安が広がっています。緊急復旧作業は24時間体制で、国道249号沿岸部は約5割まで復旧しています。
山崎さんは阪神淡路大震災の経験から、インフラが断絶した被災地で過ごす人たちの不安に思いをはせます。
「余震が続く中、寒さに震えながら、いつでも家から飛び出せるようにと玄関で夜を過ごしたことを思い出します。こうした災害時には、全国の建設業の方々が連携して、県を越えていつでも駆けつける準備や情報共有をしています。どんな時も、私たちの暮らしを守ってくれる人たちがいることを、言葉や写真を通して伝えていきたいです」
「暮らしに直結する作業をするには、もちろん機械も使いますが、最終的には人の力と知識です。職人技のすごさ、使命感や誇り、最前線で作業する人たちのリアルな姿が、写真を通して伝わればと思います」