地震や台風による被災など、災害時に欠かせないストレスケア。大人が覚えておきたいPFAの行動原則とは

難波寛彦

相次ぐ台風の襲来や度重なる地震。日常が一変してしまう災害時には、ストレスに対するケアも欠かせません。特にこどもにとっての負担は大きく、普段とは異なる反応を示す子には心理的応急措置(PFA)の対応が欠かせません。毎年9月1日の「防災の日」を前に、私たち大人の行動指針にもなりそうなPFAのアプローチを実際に体験しました。

相次ぐ大型台風の襲来や線状降水帯の発生など、昨今は自然災害に対する警戒感が高まっています。実際に何らかの災害が発生した際、生活が一変してしまった状況に不安やストレスを感じるのは大人だけではありません。

こどもの支援活動をおこなう国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」の精神保健・心理社会的支援エキスパートの赤坂美幸さんによると、災害時には幼いこどもたちもストレスを感じ、さまざまな反応を見せるといいます。

「認知発達段階によっても異なりますが、『再び同じようなことが起きるかもしれない』『家族と離れ離れになる』といったことへの不安を示したり、変わり果てた地域の風景を見て泣き出したりといった反応をすることが一般的です。不思議なことに、これはどこの国・地域のこどもであっても同じような傾向にあります」

危機的状況下でこどもが見せる反応はこどもによってもさまざまですが、こうした反応を見せるこどもに対応する際、支援者はPFA(Psychological First Aid、心理的応急措置)に基づいて行動する必要があると赤坂さんは話します。

こどもに特化した心理ケア

2011年に世界保健機関(WHO)などが発表して広く知られるようになったPFAは、「深刻なストレス状況にさらされた人々への人道的、支持的かつ実際に役立つ援助」のこと。それまで一般的だった、被災者からつらい話を聞き出す「心理的デブリーフィング」に代わるものとしてシンプルな内容にまとめられています。

2013年には、セーブ・ザ・チルドレンがWHO版を元に「子どものための心理的応急措置」として、こどもに特化したPFAを作成。「こどもの話に集中する」「共感を示す」といった手法は、2016年に発生した熊本地震の支援活動での周知や、災害医療・福祉に携わる人たちへの研修をきっかけに少しずつ広まっていったといいます。

心理的応急措置(PFA)の行動原則
セーブ・ザ・チルドレンの発表資料より

今回、実際に支援者への研修にも用いられるというワークセッションを筆者も体験。基本となる「準備・見る・聴く・つなぐ」の行動原則について学びました。

ワークセッションでは、参加者が「見る・聴く・つなぐ」の3つのグループに分かれます。次に実際の災害現場での活動を想定しセーブ・ザ・チルドレンが作成した動画を視聴し、「見る・聴く・つなぐ」のそれぞれの観点で、動画内でどのような行動がされていたかを分析するというものです。

動画の冒頭では、荒廃した街のなかを歩く幼い二人のこどもが登場します。そこに現れたのは、セーブ・ザ・チルドレンのTシャツを着たスタッフ。歩いている二人を見つけると、ゆっくりと近づいていきます。

筆者が分けられたグループは「聴く」だったため、特に注目したシーンはこどもとの接触後です。話を聞く前にしゃがんで姿勢を低くしていた様子を見て、私は「こどもと目線を合わせる」ことを目的に、意図的に行動していたのではないかと考えました。

同じグループ内からは、このほかにも「自分が何者かを説明していた」「こどもが話し終えるまで遮らなかった」といった意見が聞かれました。

相手が「こども」だからこそ

こうした行動は、こどもの話を「聴く」際にはとても大切なことだと赤坂さんは説明します。

「こどもの目線に合わせ、しゃがんで話を聞くことは研修でも行う大切なポイントです。適切なアイコンタクトをしながら、優しい声のトーンで穏やかな雰囲気をつくりながら話す練習も欠かせません」

また、こどもにとって初対面の大人である支援者による自己紹介は、こどもを安心させるためにも必要な行動だといいます。普段こどもと接する機会が少ない人にとって、こどもに対する自己紹介は簡単なようで意外と難しいとのこと。特に、平易な言葉を使わなければ伝わらない未就学児に自分自身のことを説明するのは、日頃から訓練していないとスムーズにはできないかもしれないと感じました。

大人の女性と女の子
写真はイメージです
Adobe Stock / milatas

さらに、興奮して早口で話してしまうこどもに対しては、話を聞く支援者が矢継ぎ早に質問をせず、相槌をワンテンポ遅らせるテクニックが役立つのだとか。早口で話すこどもに対しゆっくりと相槌を打つことで会話のペースをスローダウンさせ、こどもが落ち着きを取り戻すことにもつながるのだといいます。

一方で、身の回りで起きた出来事を整理できず、自分にとって必要なことを支援者にうまく伝えられないこどももいます。その際は一言も発することができない場合もありますが、赤坂さんはこの「沈黙」こそが重要だと話します。

「PFAの研修では、沈黙は『ゴールデンタイム』だとお伝えしています。こどもの話すペースに合わせて話を聞くことが何よりも大切なのです」

「聴く」以外の行動原則では、「見る」ではこども・支援者双方の安全を確保するための周囲の確認、「つなぐ」ではこどもが支援に頼らず日常生活に戻ることができるためのサポートや情報の提供などが挙げられていました。

私たち大人ができること

2024年7月、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは能登半島地震の被災地のこどもたち(小学4年生~高校生)を対象に、「国・自治体の大人や地域の人たち、保護者らにいま伝えたい思い」を聴くためのアンケートを実施。

アンケートには、「自分のまちの復興ができるのか」「見捨てないでほしい」といった切実な訴えのほか、「直接、大人たちと話しあい、こどもの意見や思いを取り入れてほしい」といった声も寄せられたといいます。

災害時におけるこどもの心の変化を見逃さず、メンタルヘルスの観点で支援を行うPFA。実際にアプローチを行う支援者には専門的な知識と経験が求められます。

しかし、行動原則における「見る・聴く・つなぐ」の3つは、支援を求める人への対応にも応用できそうな考え方です。例えば、こどもとPFAを行う支援者を引き合わせるなど、災害時などに私たち一般の大人ができるサポートにもつながるかもしれません。

著者
難波寛彦
大学卒業後、新卒で外資系アパレル企業に入社。2016年に入社した編集プロダクションで、ファッション誌のウェブ版の編集に携わる。2018年にハースト・デジタル・ジャパン入社し、Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画などを担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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