「ただめし」を誰が食べてもいい。人をジャッジしない、未来食堂のつながり方

難波寛彦

東京・神保町にある食堂「未来食堂」。50分のお手伝い「まかない」でもらえる一食分の「ただめし」券など、独自のシステムや運営方針で注目を浴びています。唯一無二のユニークな飲食店としてファンも多い未来食堂ですが、その原点や開店に至るまでにはどのような背景があったのでしょうか。店主の小林せかいさんにお話を聞きました。

Hirohiko Namba / OTEMOTO

本の街としても知られる東京・神保町。小学館や岩波書店など、名だたる出版社がひしめく一角にあるビルの地下に、未来食堂はあります。

メニューは日替わりの定食(初回900円、次回来店は800円)のみ。主菜、副菜、汁物、そしておひつに入った温かい白米と、バランスの良い“THE・定食”なスタイルです。コの字型に配されたカウンターの内側では、店主の小林せかいさんが中心となり手際よく盛り付けや片付けを行っていきます。

未来食堂は、「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」を理念として掲げています。その場所づくりとして、飲食店を選んだのはなぜだったのでしょうか。小林さんは、幼少期に感じていた違和感がその原点だったと語ります。

カウンターの内側で手際よく作業する小林さん
Hirohiko Namba / OTEMOTO

「極端な話、来た人が喜んでくれるものを作れるのなら業態は何でもいいんですよ。私は周りに偏食を過度に心配されていたんです。一般的な『普通』と自分にとっての『普通』との差にギャップを感じていたので、そうした違和感を感じることのない食堂を作りたいと考えました」

こうした背景もあり、未来食堂では「あつらえ」という制度もあります。定食にプラス400円を支払うことで、その日の気分や体調で小鉢を加えることができるというものです。

人との間にある触媒

高校生の頃に2ヶ月にわたる家出を経験したことがあるという小林さん。その道中でさまざまな人と出会って得たものは、「触媒」(化学用語。化学反応の速度を変える物質の意)の尊さだったといいます。

「家出の2ヶ月の間に感じたことは、人と人との間にある『触媒』の存在です。例えば、何気ない挨拶で嬉しくなったりするといったことがありますよね。それは、人と人との間に良い『触媒』があるからだと思うんです。『人と人との間に尊いものがある』とわかったからこそ、家出を終えて家に帰りました」

小林 せかい(こばやし・せかい)/ 未来食堂店主
東京工業大学理学部数学科卒業。日本IBM、クックパッドで計6年間エンジニアとして勤務後、さまざまな飲食店での修業期間を経て、2015年9月に「未来食堂」開業。著書に『やりたいことがある人は未来食堂に来てください』(祥伝社)、『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版)他。
Hirohiko Namba / OTEMOTO

前述のように、「まかない」や「ただめし」という独自の制度がある未来食堂。一般的には従業員に提供される食事をイメージする「まかない」ですが、未来食堂では50分のお手伝いと、その後にもらえる定食を意味します。そして、その一食分を自分が食べる代わりに誰かのために置いていったものが「ただめし」券なのです。一見すると単発のアルバイトのようにも思えるこの制度ですが、そこには人それぞれの関わり方があるのだと言います。

「未来食堂には、純粋に『ご飯が食べたい』という人のほか、『誰かの役に立ちたい』という目的の人も来ます。さらに、飲食店の仕事を見たい、体験したいという人も。飲食店の仕事を見たい、体験したいという人の多くが『まかない』をし、『ただめし』券を置いていかれているようです。

例えば、飲食店を経営してみたいと思っている人が、年齢や就業経験がないことを理由に起業を諦めてしまってはもったいないですよね。『やったことないけれど、やってみたい』と考えている人は意外と多くいると思うので、そうした体験の機会を提供できる場であることは、お店としてもありがたいと思っています」

店舗入り口のボードに貼り出された「ただめし」券
Hirohiko Namba / OTEMOTO

フィルタリングしない

お店の入り口にあるボードには、「ただめし」券がびっしりと貼られています。この「ただめし」券は、誰もが自由に剥がして使うことができるようになっていますが、小林さんが使う理由を問うことはないのだといいます。

「例えば、『ただめし』券を使った人が『ずっと食べていなかったので助かりました』と話してくれたら、一般的には『正しい使われ方をした』と言えるのかもしれません。でも、その人が話したことが真実だとは言い切れませんよね。そうした判断基準を設けてしまったら、『事情やお礼を言える人』が券を使ってもよくて、何か理由があって事情を話せない人、もしくはお礼を言う余裕すらない人は使ってはダメ、ということになってしまいます」

「ただめし」券にメッセージを書いて置いていく人も
 Hirohiko Namba / OTEMOTO

「そのため、自分が心掛けているのは、人を『フィルタリングをしない』ということ。年齢や出身地など明確にわかっていることを基準に『〇〇な人は助けます』という方針であればいいのかもしれません。でも、未来食堂ではただめし券を使う基準を設けていません。

私が多くを聞かないのは、『正しいかどうか』や『求めている人かどうか』を、運営者がジャッジしてしまうことは危険なことだと思っているからです」

こうした未来食堂の運営方針は、自分よりも他人の利益を優先する「利他」の考えにも通じています。2015年から未来食堂を続けている小林さんは、利他について独自の思いがあるといいます。

「利他とは、『自分以外の誰かがどこかに存在している』ということに、意味を感じられることなのではないでしょうか。『他人のために何をしたか』といった、目に見える行為だけではないと思います」

「邪魔」をしないで

実は、筆者は数年前に未来食堂に通っていたことがあります。当時は駆け出しの社会人だったため時間や余裕もなく、興味はありつつも『まかない』や『ただめし』の制度に挑戦することはできませんでした。

私のように、なかなか具体的な行動に移すことができない一般の人が、誰かのためにできることはあるのでしょうか。

この日は「夏野菜と塩豚の玉子チャンプルー」がメインの定食
Hirohiko Namba / OTEMOTO

「少なくとも、自分ができないことをしている人の邪魔をしないことですね。先頭に立って何かをしている人をSNSで誹謗中傷したり、モチベーションを下げるようなことをするのは絶対にやめてほしいです。何かのために必死になって頑張っている人を、素直に受け入れる社会になることを願っています」

取材に伺った日のメニューは、「夏野菜と塩豚の玉子チャンプルー」。この彩り豊かな料理も、小林さんがこの日も未来食堂の厨房で仕込んだものです。なんの変哲もないけれど、どこか温かい気持ちになることができる未来食堂の定食が、今日も人と人とを繋いでいます。

著者
難波寛彦
秋田県出身。玉川大学卒業後、外資系アパレル企業を経てファッション誌のウェブ版の編集に携わる。Harper's BAZAAR Japan digital編集部在籍時には、アート・カルチャー、ダイバーシティ、サステナビリティに関する企画を担当。2023年7月ハリズリー入社。最近の関心ごとは、学校教育、地方創生。
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