Mr.CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)シェフ、田村浩二の成長哲学「20代は、自分のキャパシティを広げる時期」
Mr. CHEESECAKEの生みの親である田村浩二さんは、料理人として下積み時代を過ごし、ミシュランの星を獲得するレストランでシェフも務めていた職人肌。そんな田村さんが語る「職人哲学」とは。
20代の頃は、とにかく成長したくて焦りを感じていました──。
そう語るのは、大人気のチーズケーキブランド「Mr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)」のシェフ・田村浩二さん。
おいしさを生み出すことに情熱をかたむけ続けてきた田村さんが、下積み時代の経験や現在のMr. CHEESECAKEでの働き方を踏まえ、現代の職人のあり方について語ります。
フランス修行時代に感じた「焦り」
フランス料理店で料理人として働くなかで「やっぱり一度は本場で学びたい」と思い、フランスへ行ったのが29歳のとき。料理人として早く成長して一人前になりたい。その一心でした。
でもいざ行ってみると、「長くここにいたら成長できないかもしれない」と焦りを感じてしまったんですね。
というのも、フランスでは当時すでに働き方改革が進み、週35時間労働になっていました。料理人も例外ではなく、ワークライフバランスが重視され、「休もう」という空気感が増えていたんです。
「フランスで修行」というと厳しい下積み時代を過ごしたように思われがちですが、労働環境としては柔軟で、むしろ日本より自由になる時間が多い。なかには「人生の夏休み」と位置付けて、フランス流の働き方を謳歌する料理人もいました。
働き方としては理想的ですし、今はワークライフバランスを大切にするフランスの働き方に共感もします。でも、料理人としてとにかく成長したかった当時の自分は、フランスの中では厳しいお店で働いていたし、自分が成長できる環境にいましたが、それでも長くフランスで働くイメージは持てなかったんです。
もうひとつ、フランスでネックに感じたのは、試作するための材料を手に入れるのに時間がかかることでした。
何かをつくってみたい、試してみたいと思ったらすぐにとりかかりたい。でもフランスは日本のように24時間コンビニが開いているわけでもないし、Amazonで注文した商品が届くまでにも時間がかかる。日本なら明日には届くのに、ともどかしく思ったこともあります。
自分の目指す成長を求めるのならば、フランスにい続けるより日本で努力したほうがいいかもしれない。 そう考え、結局1年ほどで日本に帰国しました。
忙しいなかでこそ学べること
そもそも、フランスでないと学べない技術はそんなにないのではないか、というのが今の僕の考えです。「おいしさ」はひとつひとつの技術レベルさえ達成できれば生み出せるわけではなく、もっと総合的なものだと考えているからです。
さらにいえば、技術も誰かに教えられて身につくのではなく、ギリギリの切迫した状況に身を置いてこそ磨かれるものでもあるんですよね。だから特定の国やお店でないと学べないものは案外そう多くなくて、自分のキャパシティや感性が成長できる環境に身を置けるかどうかの方が重要なのではないかと考えています。
たとえば、忙しいお店では複数の料理を同時並行で調理することが多いので、鍋を見なくても音だけで加熱の具合がわかるようになります。この能力を体得するには、「忙しい状態でいいものをつくる」訓練を重ねるしかありません。
そして人気のあるお店は、その切迫した状態を一日に何度も経験することになる。一日トータルで見て、どうすれば時間をやりくりしながらいいものをお客さまに出せるか、常に自分の頭で考えることが求められます。
成長は、かけた時間と密度の濃さの掛け算だとよく言われますよね。ただ時間をかければいいわけではなく、その時間内に自分の頭で考えて試行錯誤し密度の濃い時間を過ごすことが成長スピードを上げる。その考え自体には僕も賛同します。
その一方で、時間をかけずに、密度だけを濃くするのは難しいんじゃないかと思うんです。時間の密度を上げるには、自分のキャパシティを超えるほどの仕事をなんとか工夫してやりきることが必要不可欠ですから。
若いうちはいくらでも自分のキャパシティを広げられる時期でもあります。たとえ無理に思える仕事も、自分で限界を決めてしまわずにどうにか工夫してやってみて、「やったらできた」の範囲を広げていくことが成長につながります。
20代で圧倒的に成長をしたい、何かで突き抜けたい人は、まずそうした自分のキャパシティを広げてくれる環境に身を置くことが大切なのではないでしょうか。
職人の働き方の多様性
一方で、職人の世界ももっと学びの密度をあげることを意識してもよいのではないか、とも思っています。
たとえば僕は下積み時代、言葉で説明して教えてもらったことがありません。先輩の仕事を見て盗み、自分で仕事をとっていく。一般的にイメージされる職人の世界そのものでした。
それもひとつのやり方ではありますが、やっぱり言葉で伝えた方が圧倒的に効率的ですよね。なので、今は自分が従業員に指導をする立場ですが、初めから言葉にして伝えています。
それもただ手順を指示するのではなく、「なぜやるのか」という理由と背景をあわせて説明するようにしています。
言葉で伝えずに自分で経験して学ぶ意味は、自分で考える力を養うためだと思うんです。なので、手順だけ教えて終わりではなく、自分で考える材料を与える教え方を意識しています。レシピがあっても、季節によって温度や湿度も変わりますから、そのときどきに合わせて微調整も必要です。だからこそ「これだけ覚えればいい」ではなく、「こうなった場合にどうすればいいか」を考えられる教え方が重要だと思っています。
そもそも、全員が料理を突き詰めていきたい人ばかりではないと思うんです。実際、従業員のなかには、子育てしながらパティシエや料理人時代の経験を活かして働きたい人も多い。どう成長したいかは、人によってそれぞれ異なります。
もちろん、職人として「おいしさ」をつくりだすことを突き詰めたい人がいれば、希望にあわせて教え方も変えていきたいとも思っています。でも全員が全員、そこを目指す必要はない。
技術力の評価も、何をどのくらいの時間で、どのくらいのクオリティでできているかといった評価はしていますが、全員に僕と同じような能力を身につけてほしいと思っているわけではありません。
大切なのは、職人として高みを目指す働き方と、ワークライフバランスを意識した働き方、どちらも選べるように、料理人や職人の働き方の多様性があること。
僕は職人だからこうあるべきだとか、職人だから仕方ないと思考停止してしまいたくないんです。だからこそ、育て方もまた時代の変化やそれぞれのスタイルにあわせてアップデートさせていくべきなのだと思っています。
前編はこちら
前編では、田村シェフが料理人として修行を積んできた時代を振り返りながら、職人の成長と働き方について語ります。
感動をつくるには、人を知らなければならない。Mr. CHEESECAKEをつくる考え方
連載「職人の手もと」とは
OTEMOTOでは、職人の考え方や哲学を紐解く「職人の手もと」シリーズを連載しています。ものづくりに真摯に向き合う職人たちの姿勢から、日々の仕事や暮らしに生かせる学びをぜひ受け取ってください。