感動をつくるには、人を知らなければならない。Mr. CHEESECAKEをつくる考え方

最所あさみ

箱を開けた瞬間、「おいしそう!」の声とともに笑顔が広がる。みんなで囲みながら食べれば、「おいしいね」と会話がはずむ。そんな「おいしい体験」を作り出しているのが、チーズケーキブランドのMr. CHEESECAKEだ。

「いいものをつくるには、人の気持ちを理解しなければならないと強く思うようになりました」と語るのは、「Mr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)」を生み出したシェフ・田村浩二さん。

田村浩二(たむら・こうじ)/ Mr. CHEESECAKE 代表
料理人として13年、レストラン業界で働く。シェフとして働いた2年間で、World's 50 Best Restaurantsの「Discovery series アジア部門」選出、「ゴーエミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞。香りをテーマに様々なプロダクトを開発。現在は Mr. CHEESECAKEの他、複数の事業を手掛ける事業家、経営者としても多方面に活躍。

ECでの販売をメインとし、SNSの口コミも多数投稿されるMr. CHEESECAKEは、新しいブランドのあり方として注目されることもあります。販売開始日時を設定したり、シェフ自身が季節限定フレーバーの開発過程をTwitterで発信したりと、Mr. CHEESECAKEのユニークな取り組みは業界内外から注目を集めてきました。

しかし、Mr. CHEESECAKEが食べる人を惹きつけてやまないのは、そのおいしさがあってこそ。

「おいしさ」を生み出す職人としての、田村シェフの考え方に迫ります。

料理人時代に感じた「違和感」

僕は料理の世界でキャリアを積んできましたが、そのあいだずっと感じていた課題があります。それは、料理人よりもお客さまの方が世界中のすばらしいレストランへ食事に行っており、経験値が高いということ。

Asami Saisho/ OTEMOTO

本来は料理人こそいろんなお店に食べに行って学ぶべきですよね。料理の味を学ぶことはもちろんですが、店内の雰囲気や接客など、総合的な体験を通して人が何に感動するのかを知ることも必要。ただ「おいしい」だけではなく、「感動的なおいしさ」をつくるためには、料理の技術だけではなく体験を通じて人への理解を深めることが大切だと思うんです。

でも料理人のほとんどは朝から晩まで働いているので時間もないし、特に下積み時代は給料も安いので、数万円のコースを食べにいくお金を捻出するのも大変だったりします。

それでも僕は若手の頃からなんとか時間とお金を捻出して一流レストランに食べに行っていましたが、料理人として店に立ち続けるかぎりは場所と時間の制約が大きい。もっといろんなお店や場所に行って人が何に感動するのかを学びたいのに、そのための時間がとれないことに課題を感じていました。

このままシェフとしてお店に立ち続けるだけでいいのだろうか。そんな悩みを抱えていた頃、自分がおいしいと思うチーズケーキを作りSNSにアップしていたら食べたいという声をいただき、試しに販売してみたんです。

提供:Mr. CHEESECAKE

すると想像以上に注文をいただいて。そこから数ヶ月後には、当時シェフとして働いていたレストランを辞めて、Mr. CHEESECAKE一本でいくことを決めました。

料理人が、なぜ料理ではなくあえてお菓子の世界で挑戦したのか、と聞かれることもよくあります。お菓子の世界にはお菓子のプロフェッショナルであるパティシエがいますからね。

もともと僕がチーズケーキに思い入れがあったというのもありますが、お菓子の方がより多くの仲間とクオリティの高いものをたくさん作り、場所と時間に縛られずに働けるのではないかと考えたのも理由のひとつです。

お菓子は手順や分量がきっちり決まっているので技術が共有しやすく、自分以外の仲間でも再現性高く作ることができる、仕組み化しやすい分野なんです。

Mr. CHEESECAKEのキッチンでは、毎日10人近くのスタッフがチーズケーキづくりに携わっている/ Asami Saisho

逆に料理は毎日素材の旬や状態に向き合い、それにあわせて調理方法も変わるので、変数が多く任せるのが難しい。それに料理をやるとなると、焼いたり煮込んだりといった「火入れ」の部分はシェフである自分がやることになる。でも、それでは働き方を変えることはできません。

だから、シェフとして独立して店を持つのではなく、仲間と技術を共有しながらたくさんのおいしさを届けられるかたちにチャレンジしてみたいと思ったのです。

自分自身が学ぶ時間をつくり、学びから生まれるおいしさをより多くの人に届けたい。Mr. CHEESECAKEは、その理想のための一つの準備なんです。

「おいしさ」は技術だけではつくれない
 

料理人もひとつの技術職なので、職人的にひとつを突き詰めていくイメージをもたれがちですよね。長年ひとつのことをやり続けているからこそ、おいしいものをつくれる技術が身につくんだ、というような。

でも僕は、職人としての料理人とは「おいしさをつくりだす人」のことだと思っていて。技術や知識だけではなくて、その時代の空気をつかんで、自分自身の感性をアップデートしていくことも大事だと思うんです。

Asami Saisho/ OTEMOTO

だから、自分自身がいろんな体験をして、たくさんの人が感動しているものに触れて、「人は何に感動するのか、心動かされるのか」を学び続けなければならないのだと思っています。

たとえば、Mr. CHEESECAKEでは、あえて紙でひとつひとつチーズケーキを包んでいます。これは職人としての手仕事へのこだわりなのです。

Mr. CHEESECAKEのチーズケーキは紙で包装されている/ Asami Saisho
包むのはひとつひとつ手作業だ / 提供:Mr. CHEESECAKE

商品の包装は、ビニールで機械的に包んでいくのが一般的だと思います。そっちのほうがコストはかからないし、何で包むかによって中身の味が直接的に左右されるわけではないですから。

でも僕たちは、箱をあけた瞬間の体験まで含めて「おいしい体験」だと思っていて。なので、手間はかかりますが、ひとつひとつ手作業でチーズケーキを包んでいます。

これは技術でも知識でもなく、感覚的なものなんですよね。単に僕自身がビニールで包むことがあまり好きではない、という思いがあり。小さいことかもしれませんが、その感覚こそが、特別な体験を作っていくのだと思います。

Mr. CHEESECAKEをはじめ、いろんなものをつくればつくるほど、「いいものをつくるには、人の気持ちを理解しなければならない」と強く思うようになりました。職人こそ、モノだけではなく人にも向き合っていかなければならないのだと思います。

おいしさの「奥行き」

有名店や人気のお店に食べに行くなかで感じたのは、どこも根底に「おいしさ」があるということ。SNSや見せ方のうまさで話題になっているように見えても、根強い人気のあるお店はやはりきちんとおいしいものをつくっている。

やはり「おいしさ」という前提をおざなりにして、小手先のテクニックだけで成功することはないのだなと思います。

Asami Saisho/ OTEMOTO

Mr. CHEESECAKEも、初期からインフルエンサーさんに取り上げていただき、僕自身もSNSで発信をしてきたので、見せ方の部分に注目されることもあります。でもそういう表面的なところだけでは、うまくいかないと思っていて。

僕は「おいしさ」の力を強く信じているので、めちゃくちゃおいしいものは絶対に伝わると思っているんです。

「おいしい」の基準は人それぞれだし、世の中においしいものはたくさんあります。でも「めちゃくちゃおいしい」まで突き抜けたものは必ず伝わる。その結果として、SNSに投稿したいとか、人におすすめしたいとまで思ってもらえるんじゃないでしょうか。

そしてそこまで突き抜けたおいしさをつくるには、わかりやすさだけではダメだと思っています。

たとえばMr. CHEESECAKEのチーズケーキは、トンカ豆の風味が特徴的だとよく言われます。他のチーズケーキとの違いをわかりやすく感じていただきやすい部分です。

提供:Mr. CHEESECAKE
チーズケーキの材料にはトンカ豆が使われている / 提供:Mr. CHEESECAKE

でも実は、他の料理人からは食感に言及されることも。滑らかな舌触りに「奥行き」を感じ感動していただけることも多々あります。
一般の方から、料理人のような玄人までたくさんの人が「おいしい」と感じられる。その奥行きにMr. CHEESECAKEらしさが出ればいいなと思っています。

たとえばMr. CHEESECAKEでは、季節ごとに限定フレーバーを出していますが、夏なら柑橘、秋にはかぼちゃなど、旬の素材を使うことが多くあります。でも、ただ旬のものを使うだけではMr. CHEESECAKEらしさを出すことができません。今までにないおいしさを生み続けることで、お客様は「Mr. CHEESECAKEのおいしさは他とは違うはず」と信頼してくださるようになります。

2022年秋限定のフレーバーのひとつが安納芋を使った「Mr. CHEESECAKE annou imo」/ 提供:Mr. CHEESECAKE
限定フレーバーが発売されるたびに、Mr. CHEESECAKE JOURNAL上で材料の組み合わせやこだわったポイントについて解説している / 提供:Mr. CHEESECAKE

僕たちもその信頼にこたえるべく、新フレーバー開発のたびにこれまでにない組み合わせを試して新しい味わいや香りを生んだり、手順や分量に試行錯誤を重ねたりと「奥行き」を感じてもらうための工夫をしています。チーズケーキをきっかけに、新しい「おいしさ」に出会ってほしいんです。

おいしさの体験のループをつくりたい

こうした工夫は、必ずしもお客さまに気づいてもらおうと思ってやっているわけではありません。シンプルにおいしさを感じてもらえることが嬉しい。

その一方で、おいしさの裏にある工夫やこだわりがわかると食べる楽しみがより広がることもあると思うんです。なので、どこかでまたレストランのシェフをやって、お客さまとコミュニケーションをとりながら味のこだわりを伝える場を持ちたいとも考えています。

Asami Saisho/ OTEMOTO

僕の原動力はシンプルで、ただおいしいものを作りたい。そしてそれをより多くの人に届けたい。

だから、今のかたちだけにこだわるのではなく、いろんな届け方をしたいと考えています。

Mr. CHEESECAKEのお客さまのなかには、20代の方はもちろん、もっと若い方から「がんばってお小遣いを貯めて買いました」と言ってもらえるケースもあります。若い頃からMr. CHEESECAKEを食べてきた彼らがちょっといいレストランにも行ける年齢になったとき、僕がレストランをやっていたら「田村シェフの店だから」と来てくれる人も少なからずいると思います。

レストランの料理を通して僕の工夫やこだわりを伝えられたら、そのあとにまたMr. CHEESECAKEのチーズケーキを食べたときに「そういうことだったのか!」と気づける幅が広がると思うんです。ゆくゆくは、そういう体験のループをつくっていきたい。

Asami Saisho/ OTEMOTO

おいしいものは、それだけで人を幸せにします。さらに、そこに気づきや体験が加わることで、食べる楽しみは一段と深くなるはず。だからMr. CHEESECAKEがその入口となり、「おいしさ」を広く、深く伝えるきっかけになりたい。

僕がMr. CHEESECAKEを通じて目指しているのは、「今」だけではなく、「その先」も楽しめるおいしさづくりなんです。

後編はこちら

後編では、田村シェフが料理人として修行を積んできた時代を振り返りながら、職人の成長と働き方について語ります。

20代は、自分のキャパシティを広げる時期。Mr.CHEESECAKEシェフの成長哲学

連載「職人の手もと」とは

OTEMOTOでは、職人の考え方や哲学を紐解く「職人の手もと」シリーズを連載しています。ものづくりに真摯に向き合う職人たちの姿勢から、日々の仕事や暮らしに生かせる学びをぜひ受け取ってください。

連載「職人の手もと」
著者
最所あさみ
リテール・フューチャリスト/ 大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立し、「消費と文化」をテーマに情報発信やコミュニティ運営を行う。OTEMOTOでは「職人の手もと」連載を中心に、ものづくりやこれからのお店のあり方などを中心に取材・執筆。
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