木目を見て揃えるのは人の手で。工芸と工業をバランスさせるカリモク家具のものづくり

最所あさみ

凛とした美しい佇まいと、木ならではの温かみ。そのデザイン性と品質の高さで人気の高いカリモク家具は、愛知の小さな木工所からはじまった。家具の名産地ではなかった土地で、カリモク家具が木のよさを生かしながら高い品質とデザイン性を実現してきた背景には、人にしかできない仕事を突き詰めるためのテクノロジーとの向き合い方があった。

東京・西麻布の住宅街に、木の温もりが漏れ出す柔らかな空間がある。2021年2月にオープンしたカリモク家具のショールーム「Karimoku Commons Tokyo」だ。

西麻布にあるカリモク家具のショールーム「Karimoku Commons Tokyo」
Asami Saisho / OTEMOTO

木工家具の魅力を存分に感じられるこのショールームでは、家具のみならず、床や扉といった設えもカリモク家具が行なっている。そこには家具づくりとは異なる工夫や苦労もあったという。実物を見て触れることができるだけでなく、空間全体を通してカリモク家具の木材への想いやこだわりをじっくりと聞けるのも、この場所ならではだ。

もともと木工所からはじまったカリモク家具は、現在も家具づくりに使う木材を自ら買い付け、製材から最終製品の製造までを一貫して自社で行っている。木の種類ごとの違いはもちろん、産地ごとの違いにまで着目し、その木を生かすものづくりを意識しているという。

たとえば、一見すると一枚の板に見えるテーブルが、実は複数の細長い木材をつなぎあわせ、上下に薄い木材を張り合わせる形式でつくられている。こうした工夫によって、デザイン性と耐久性の高さを保ちながら、本来ならば廃材となってしまう木材も有効活用している。

一見、一枚板に見えるテーブル
Asami Saisho / OTEMOTO
実は断面を見ると、複数の木材がつなぎあわされていることがわかる
Asami Saisho / OTEMOTO

他にも木材の特徴に合わせてどのように作り方を変えているのか、経年変化の仕方がどう変わるのかといった、通常のお店では聞けない世界を知ることができる。商品を「選ぶ」ためではなく、木と木を使ったものづくりについて「知る」ことを目的とした空間が、このKarimoku Common Tokyoなのだ。

カリモク家具の製品は、木のよさを最大限に生かしながら、高いデザイン性を実現している。その裏には、50年以上かけて培ってきたカリモク家具ならではの技術力がある。伝統的な家具の産地ではない愛知という土地で、日本を代表する家具ブランド、木工家具メーカーにまで成長したカリモク家具。そのものづくり哲学について、副社長の加藤洋さんに聞いた。


家具の産地ではない土地で、何ができるか

カリモク家具の歴史は、1940年に愛知県刈谷市で木工所を創業したところからはじまりました。その後、戦争を経験した創業者の加藤正平の「生き残った自分は、これからの暮らしをゆたかにするものを作らなければならない」という考えから、本格的に家具づくりをはじめます。

加藤洋(かとう・ひろし)/カリモク家具株式会社 代表取締役副社長
1966年生まれ。京都大学農学部卒業後、三菱商事株式会社を経て1994年刈谷木材工業株式会社入社。2010年4月より現職。購買・調達管理だけでなく、製造やデザイン開発まで管掌し、「Karimoku New Standard」、「Karimoku Case Study」、「MAS」、「石巻工房 by Karimoku」の各コレクションを統括。他業種との協業も企画し、カリモク家具全体のリブランディングに取り組んでいる。

しかし、愛知は家具づくりの歴史を持つ土地ではありません。たとえば伝統的な家具づくりの産地といえば、飛騨高山や旭川、福岡の大川といった名前が挙がりますよね。これらの地域は、宮大工や船大工といった職人から派生していった歴史があり、家具づくりのDNAも受け継がれています。

歴史のある産地ではエコシステムも出来上がっていますから、仕入れや加工の分業もできます。自分たちは木工の部分だけをやって、ソファなどの布張りが必要な箇所は他の企業にやってもらうといったことができるわけです。

現在も木材の買い付けから自社で行っている。買い付けた木材を製品化できる状態に加工するまで、天日干しの期間も含め半年以上かかるという。
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刈谷はそういった産地ではないため、素人をいちから育ててものづくりをしなければならないし、地域内での分業も難しいのですべて内製化するしかない。産地としての歴史がない分、自分たちらしいものづくりを考えるしかありませんでした。

広々とした工場内の様子。大型の機械があるエリアと人が手作業するエリアとが組み合わされている。
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一方で、愛知にはトヨタ式の組み立て製造業の素地が根付いています。つまり、効率よく安定してつくる考え方や気風が、地域全体で共有されていたんです。そこで、機械やテクノロジーを使った「工業的」手法と、人の手仕事や心遣いを反映させる「工芸的」手法を組み合わせ、カリモク家具らしいものづくりをしていこうと考えました。

社内ではこの考え方を「ハイテク&ハイタッチ」と表現しています。

人間にしかできない仕事

愛知は工業の盛んな土地ですから、効率や生産性を突き詰める「ハイテク」だけでもよかったのではないか、とよく言われます。実際に機械もたくさんいれていますし、工程によっては自動化も試しています。

ソファやマットレスのウレタンも自社内で生産。最新型の機械を導入し効率化。
Asami Saisho / OTEMOTO
旧式のウレタン製造機。現在もときおり使用されている。
Asami Saisho / OTEMOTO

それでもあえて「ハイタッチ」、つまり人の手を入れることにこだわるのは、海外で気づいた二つの体験からです。

まず一つめは、中国の大規模な工場を視察したこと。最新の機械を使って、数千〜1万もの人たちが日本の20分の1の人件費で作っているんです。しかも労働時間も日本より圧倒的に長いですから、生産性を考えると日本の何十倍も高い。

数倍の差なら工夫でなんとかできても、これだけ大きな差を埋めるのは現実的ではありません。効率だけを追いかけても、絶対に中国には勝てない。これが「ハイテク」だけでは限界があると感じた理由です。

木材を曲げる「曲木」の工程。力の加減によって割れてしまうこともあり、熟練の技術が必要とされる。
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中国製品の効率性の高さに驚愕した一方で、働く人たちの年齢層が若いことにも気づきました。工場で数年働いたらそのお金を持って都会にでたり実家に帰ったりする人が多いので、常に若い人材が入れ替わり続けているのです。

つまり、熟練の技術者が育たないまま、人が入れ替わり続けている。ものづくりが機械化しているとはいえ、最終的な調整や細かい仕上げはまだまだ人の手が必要です。そこにカリモク家具としてできることがあるのではないか、と考えはじめました。

仕上げの研磨も人の手で細かい部分をチェックしながら行われる
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それが確信に変わった二つ目の体験が、ミラノサローネへの出展でした。ヨーロッパの国々には伝統的な家具の名産地も多いですし、家具職人の長い歴史もあります。そんななかで我々の品質が高評価を受けたことは自信につながりました。

日本の職人は、誰に教えられるわけでもなく自然と「自分の作業の先」を想像してものづくりに取り組んでいます。たとえば、カリモク家具では各工程で椅子のアーム部分の木目が揃っているかどうかをそれぞれが確認します。

木材はひとつひとつ木目が異なるため、各工程で完成品をイメージしながら組み合わせていく
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木は自然のものなので当然木目もそれぞれ異なるのですが、パーツごとにあまりに木目の雰囲気が異なると、完成した際に違和感が生まれてしまいます。完成品として統一感を出すには、なるべく似た木目のものを組み合わせる必要があるのです。

言われなければ気づかないほどの小さなことかもしれませんが、こうした小さな気配りや、完成品をイメージしながら自分の作業に向かう姿勢は、人間だからこそできる仕事だと思います。

製品に使用する革に傷がないか裁断前にチェックする作業も自社内で行う
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自分のした仕事が連綿と続いていった先に完成形があり、お客様の喜ぶ顔がある。この意識こそが日本のものづくりの強みなのではないかと気付かされたのが、ミラノサローネだったんです。

いいものづくりには組織の「適正サイズ」がある

ものづくりの随所にこうした気配りを行き渡らせるためには、全体の工程を理解し、前後の工程とスムーズにやりとりできる状態を作らなければなりません。それが可能な規模は、ひとつの工場あたり300人までなのではないかと私は思うんです。できれば150人くらいに抑えるのが理想ですね。

工場内の社員食堂もすべて自社製品で揃えられている
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今、刈谷地区にはカリモク家具の工場が3つあります。生産効率を考えれば、これらをすべて統合して大きなひとつの工場をつくった方がいいですよね。でも、我々はあえてそれぞれの工場の規模を抑えるために3つに分けているんです。

それは、全員が工場内で一緒に働くメンバーの顔と名前が一致する規模にしておきたいから。それぞれの工程で誰が働いているのかを理解していれば、自然と自分の先の工程の人の顔が浮かぶし、彼らが作業しやすいように工夫しようと思いますよね。

木材のフレームとウレタンの上に手作業で表の布をかぶせ、製品として完成させる
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150人規模の工場をいくつも作るのは、一見すると非効率に見えるかもしれませんが、顔が見える距離の規模感を保つことで、ものづくりがなめらかに動いていくと思うんです。その結果、細かいところまで気の利いた、いいものができる。

「分業」は自分に与えられた仕事だけしていればいいと思われがちです。しかし、実は分業こそ前後の工程とのつながりや、全体における自分の作業の意味を理解し、有機的に仕事をつないでいかなければ、いいものづくりはできません。

色付けの工程では、吊り下げられたパーツが自動的に運ばれていくあいだにスプレーをかけて行う
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すべてのパーツに塗りムラのでないように均質に塗るには、熟練の技術が必要とされる
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製造の現場を見てもらうと、こうした小さな工夫の積み重ねが完成品のクオリティにつながっていることを理解してもらえるのではないかと思います。ものづくりの現場こそが、最大のショールームなんです。

人生を彩る、ゆたかなモノを作る

現代は不確実性が高く、ノイズも多い時代です。だからこそ「自分を取り戻すための時間」を過ごせる場所を求める人が増えているように感じます。丁寧に作られたものの中から自分で吟味した、心地いいものに囲まれた空間。人生を彩るゆたかな空間づくりに貢献していくことが、我々の使命だと思っています。

Asami Saisho / OTEMOTO

その一方で、木製家具の製作はあくまで手段であるとも思っています。私たちの強みである木材と技術を使って、他の業種とコラボレーションすることで新たなチャレンジも積極的に行っています。

たとえば2020年から資生堂とコラボレーションし、スキン&マインドブランド「BAUM」の商品パッケージを、カリモク家具の製造工程で発生する小さな木材を生かして製造しています。

提供:カリモク家具株式会社
提供:カリモク家具株式会社

家具とは異なるアイテムであり、他社とのコラボレーションでもあるため、製造側でも新しい発見や学びがありました。普段のものづくりをほぼ内製で行っている分、新しい技術や着想を得ることができるのもこういったプロジェクトの利点ですね。

西麻布にKarimoku Commons Tokyoをつくったのも、カリモク家具の製品を見ていただくためだけではなく、同じ価値観でものづくりをしている人や企業とのつながりをつくる場所にしていきたいという思いからです。そのため、一階にはあえて家具などは置かず、職人さんやアーティストの方の展示を定期的に行っています。

Karimoku Commons Tokyo 1Fの展示スペース。時期ごとに職人やアーティストの展示が行われている
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私たちが目指しているのは、「暮らしをゆたかにするモノを作る」こと。今後は家具以外の分野でも、暮らしを彩るものをつくる営みに貢献していきたいと思っています。

連載「職人の手もと」とは

OTEMOTOでは、職人の考え方や哲学を紐解く「職人の手もと」シリーズを連載しています。ものづくりに真摯に向き合う職人たちの姿勢から、日々の仕事や暮らしに生かせる学びをぜひ受け取ってください。

連載「職人の手もと」

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著者
最所あさみ
リテール・フューチャリスト/ 大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立し、「消費と文化」をテーマに情報発信やコミュニティ運営を行う。OTEMOTOでは「職人の手もと」連載を中心に、ものづくりやこれからのお店のあり方などを中心に取材・執筆。
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