チーズづくりは毎日が一期一会。「考える仕事」としての職人のあり方  #職人の手もと

最所あさみ

口にふくむと、じゅわっと広がるミルクの香り。フレッシュチーズ専門店として人気を集める「CHEESE STAND」のチーズは、毎朝3時から職人たちの手によって作られている。気候や素材の状態に左右されやすいチーズづくりの難しさとは──。

おしゃれなお店が立ち並ぶ奥渋谷エリア。渋谷から代々木公園へと向かう道中に、大きな牛のオブジェが印象的なお店があります。「SHIBUYA CHEESE STAND」は、2012年に創業したフレッシュチーズ専門店。

まだフレッシュチーズが一般的ではなかった頃から東京のど真ん中にお店をかまえ、工房でチーズを手作りしてきました。職人としてチーズに向き合うことになったきっかけやチーズ作りならではの難しさについて、創業者の藤川真至さんに伺いました。

独学でチーズ職人の道へ

僕は「チーズ職人」を名乗っていますが、実はチーズ職人としての修行を積んできたわけではないんです。

チーズ作りに興味を持ったきっかけは、大学時代にバックパッカーとしてイタリアを訪れたことでした。

もともと大学進学をするか料理人になるかを迷っていたこともあって、イタリアのピザ屋さんにお願いして、3ヶ月ほどピザづくりを学ばせてもらうことになりました。

藤川真至(ふじかわ・しんじ)/「CHEESE STAND」代表・チーズ職人
1981年岐阜県生まれ 大阪外国語大学(現・大阪大学)イタリア語学科卒。
大学在学中にバックパッカーで世界を旅してていた際ににナポリピッツァに出会い現地にて修業後、北イタリアにてチーズ作りの基礎を学ぶ。名古屋にてピッツァ職人のち、2012年渋谷に「街に出来たてのチーズを」をコンセプトに「CHEESE STAND」を開業。2021年、尾山台に熟成チーズ工房をオープン。2022年6月4日に開業10周年を迎える。
Asami Saisho / OTEMOTO

ちょうどそのピザ屋さんの近くにチーズ工房があり、ピザの勉強の一環としてチーズ工房を見学させてもらったんです。そのときに食べたチーズが忘れられないほどおいしくて。

それが、モッツァレラチーズとの出会いでした。

CHEESE STANDが提供するモッツァレラチーズ。
提供写真

帰国後は北海道のチーズ工房に見学へ行ったり、自宅で試作を重ねたりしながら、自分でモッツァレラチーズ作りを体得し、2012年にお店をオープンしました。

だから、僕は一般的にイメージされるような「修行期間」を積んで職人になったわけではありません。

それでも「職人」と名乗っているのは、チーズ作りはルーティーンの作業ではなく、毎日変化するその日の状況に合わせて、自らの頭で考えてものづくりに向き合っていかなければならないと思っているからです。

職人は「考える」仕事

モッツァレラチーズ作りは、作るときのpH(酸性・アルカリ性の程度)と温度、そして時間の3つをコントロールすることが重要です。

pHを下げすぎると酸味が強くなってしまうし、うまく固めるには温度と時間を絶えず調整しなければなりません。

作業の様子
提供写真
作業の様子
提供写真

しかも毎日同じ条件なわけではなく、季節によって気温や湿度が変わるため、チーズの状態を見ながら微調整していく必要があります。

さらに、チーズは牛乳や乳酸菌といった自然のものを相手にしますから、素材の状態もその日によって変わります。たとえば、夏場は牛が水をたくさん飲むので、水分量の多い牛乳になることが多いんです。

その日に工房で作ったチーズを店頭に並べている。
Asami Saisho / OTEMOTO

もちろんこうした季節的な変化はデータを取ることである程度パターン化していますが、それでも季節の変わり目で気温や湿度が変化しやすい時期などは調整に苦労することもあります。

毎日同じものを作っているからといって、慣れれば何も考えず機械的に作れるわけではありません。むしろチーズを作れば作るほど、品質を安定させるために「考える」ことが増えていきます。

いま一緒に働いてくれている職人たちにも、作業としてこなすのではなく自分なりに仮説を立てて考えることができるように意識して教えています。

理由がわかれば「作業」にならない

「CHEESE STAND」では職人が自分で考える力の育成を重視しているので、「修行」と聞いてイメージされるような厳しい指導はしていません。

一方で、チーズは乳製品なので、衛生面に関しては厳しく指導することもあります。食品にかぎらず、ものづくりをするうえで、安全や衛生、品質の維持など厳しさが必要な面もあると思います。

Asami Saisho / OTEMOTO
Asami Saisho / OTEMOTO

職人を育てるうえで一番大切にしているのは、必ず理由も込みで教えること。理由もわからずに指示されたことだけこなしていたら、「作業」になってしまうからです。

僕たちのお店は未経験からチーズ作りに携わりはじめたメンバーも多いので、まずは実際の動きを見せながら教え、その後は「こういう場合はどうする?」「どうしたらこれが解決できる?」とこちらからの質問形式で自ら考える力を養うようにしています。

チーズ作りは毎日のことなので、1年あれば200回近く経験が積めるのも面白いところですよね。たとえばワインだったら、自分の仮説が正しかったかを知るには1年以上かかるわけですから。

また、職人として成長するには自ら学ぼうとする姿勢も重要だと思います。僕がチーズ作りを始めた頃は何も情報がなく、自分で工房を訪ねて教えてもらっていたので、今はYouTubeで職人の作業工程を見ることもできる時代であることに羨ましさも感じます。

クラフトマンとしての発信

とはいえ、職人側が発信するコンテンツはまだまだ少ないのが現状です。いいものを作っていても、そのよさが伝わらないのはもったいない。

特に、モノのよさだけではなくストーリーや思い、背景など総合的に魅力を伝えるには、やはり自分たちの言葉で発信することも大切だと思うんです。

どんな思いを持ってものづくりをしているのか、その背景が伝われば、味や見た目の良し悪しの評価とはまた別の軸で、応援してもらえる可能性が広がります。

奥渋谷にあるSHIBUYA CHEESE STANDのショップ
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チーズ以外の食材も扱うセレクトショップ「&CHEESE STAND」も奥渋谷エリアで運営している
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職人が自分の言葉で、自ら発信していく機会を増やしていきたい。そんな思いから「CRAFTSMAN2.0宣言」を掲げ、craftsman×shipというイベントも開催しました。

ジャンルは違っても、職人は「考える仕事」なので、日々ものをつくる中でそれぞれに考えていることはたくさんあるはずなんです。その考えの一部を発信することで、共感してくれる人や応援してくれる人の輪を広げていく。

これからの職人は、「作る」だけではなく「伝える」ことも、同時に考えていかなければならないのかもしれません。

「職人の手もと」取材先を募集しています

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著者
最所あさみ
リテール・フューチャリスト/ 大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立し、「消費と文化」をテーマに情報発信やコミュニティ運営を行う。OTEMOTOでは「職人の手もと」連載を中心に、ものづくりやこれからのお店のあり方などを中心に取材・執筆。
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