「家族がほしい」と願い事をした高校生のために。トラウマをケアする大人に向けた全国初の研修とは

小林明子

虐待などを理由に児童相談所に保護されたこどもが暮らす一時保護所。トラブルが日常的にある現場で職員が燃え尽きないよう、こどもと大人の心のケアに効果的な関わり方を学ぶ研修が始まっています。研修パッケージを開発するために一時保護所の実態を調査した専門家に、児童虐待を防ぐ活動「#こどものいのちはこどものもの」のメンバーが話を聞きました。

児童虐待でこどもが亡くなる事件が報道されるたびに、「なぜ救えなかったのか」と槍玉に上げられることも多いのが、一時保護所です。

虐待、置き去り、非行などの理由で自宅にいられないこどもを一時的に保護するための施設で、こども家庭庁によると2023年度は全国232カ所の児童相談所のうち、152カ所に一時保護所が併設されています。目白大学の専任講師でありながら一時保護所の心理職員を兼任し、各地の一時保護所で職員の研修や支援をおこなう阪無勇士さんは、一時保護所の現状についてこう説明します。

「一時保護所には専門的なケアが必要なこどもが集まります。トラウマの影響が行動に表れ、生活の中で頻繁にトラブルが起きているため、世間から『ひどい施設だ』というイメージをもたれてしまうことは無理もありません。傷つき、荒れているこどもたちと関わる職員もまた、傷つき、疲弊しています。必要なのは現場の実態を正しく理解し、実態に即した専門性の高い支援です」

阪無さんは一時保護所の実態調査と自らの経験を踏まえ、「こども中心の支援モデル」を独自に研究。全国の一時保護所の職員がこどもとの関わり方を学ぶための研修パッケージを開発しました。

この支援モデルには、こどもだけでなく職員を支援する内容も含まれています。児童虐待を防ぐために活動するタレントたちのチーム「#こどものいのちはこどものもの」の犬山紙子さん、坂本美雨さん、福田萌さんらが、阪無さんに話を聞きました。

※ 阪無さんの勉強会の内容と、犬山さん、坂本さん、福田さんらの質問をもとに、OTEMOTOが再構成しました。

こどものいのちはこどものもの
「#こどものいのちはこどものもの」の発足メンバー。左から眞鍋かをりさん、福田萌さん、犬山紙子さん、ファンタジスタさくらださん、坂本美雨さん。のちに草野絵美さんも参加
提供写真

通学禁止、スマホ禁止

ーーまず、一時保護所の現状について教えてください。

一時保護とは、児童虐待などから18歳未満のこどもを守るため、各自治体の児童相談所がこどもを緊急で保護する措置のことです。

ここ10年ほどで一時保護の件数は増加しています。2010年は2万302件でしたが、2021年は2万6519件。保護の理由としては「児童虐待」が増えており、10人に6人の割合です。「非行」は減っているものの10人に1人にあたり、他の子への影響が大きいため配慮が必要です。

一時保護所は緊急保護の場所であり、当たり前の生活やこどもの権利が十分に守られてこなかったこどもが集まる場所でもあります。このため、安全確保やトラブル防止の取り組みに重点が置かれます。

全国152の一時保護所はそれぞれ独自に共同生活のルールを設けています。安全確保のために、通学、スマホ、私物持ち込みなどの強い制限はこれまで一般的でしたが、こどもの権利を守るという観点から、2024年4月に施行された改正児童福祉法に基づいて一時保護ガイドラインが見直されるなどして、こどもの希望や事情を踏まえた生活ルールにするよう国が統一の指針を設けました。

ーー管理的ではなく、こどもの意見が尊重されるようになったということですね。

はい。改正法には、一時保護された子から意見を聴く仕組みを整備することも明記されています。「児童の最善の利益を考慮しつつ、児童の意見・意向を勘案して措置を行う」との文言があり、日々の生活や次の行き先を大人が勝手に決めるのではなく、「こどもが自分の人生に参加している感覚」を持てるような支援計画が求められています。

一般的には当たり前のことのようですが、それまでの人生で自分の意思を十分に尊重されてこなかったこどもと、そんなこどもに向き合ってきた職員にとっては、意見を言うことも受け止めることもお互いに手探りです。

資料提供:阪無勇士さん

「私はもっと我慢してきた」

ーー一時保護されたこどもは、どんな様子なのでしょう。

基本的な生活習慣、対人関係、感情のコントロールなどの面では、年齢にふさわしい成長や発達の状態ではない場合も少なくありません。虐待を受けた子だけでなく、非行や家庭内暴力、発達障害などさまざまな事情があるこどもが集団で生活せざるを得ない状況のため、トラブルがよく起こります。特に、トラウマを背景にもつこどもには、世間的には問題視されやすい行動がよく見られます。

いわゆる問題行動の例としては、「好きな先生に飛びついて手をなめ、困る様子を楽しむ(小1女児)」「レゴブロックを『とった』『とってない』と言い争い、奪い合う(小3男児)」「『うざい、死ね!私はもっと我慢してきた。顔じゅうに爪で引っ掻いた傷跡が残ってる』と暴言を吐き続ける(中2女児)」などがあります。

2013年に実施された一時保護所120カ所への実態調査では、入所しているこどもの約4人に1人は情緒と行動の面で治療的なケアが必要な水準の状態にありました。虐待のトラウマが、大人への挑発的な態度や、性的に逸脱した行動、希死念慮や自傷性となって表れる子もいます。

阪無勇士さん
阪無勇士(さかなし・ゆうじ) / 臨床心理士、公認心理師、博士(心理学)
児童相談所一時保護所に心理司、指導員として勤めながら大学院博士後期課程に在籍し、「一時保護所における受容的な関わり」をテーマに一時保護所の現状と特殊性を踏まえた「こども中心の支援モデル」を博士論文にまとめた。現在は支援モデルに基づく独自の研修パッケージを構築し、各地で職員研修・職員支援をおこなう。目白大学心理学部専任講師、特別区児童相談所一時保護所 心理療法担当職員・スーパーバイザー
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一時保護所に入所したこどもは原則2カ月以内に退所することが決まっています。退所後は、家庭に戻るか、児童養護施設や里親の元で暮らすなどさまざまですが、家庭との調整の難しさや施設の空き待ちなどで入所期間が延びることがあります。トラウマ記憶は生活に慣れ始めたころによく表れるため、入所期間が長引くと問題行動が増える傾向があります。

2022年に一時保護所149カ所に入所している小学4年生以上の1339人にアンケートをしたところ、一時保護所で「よかったこと」として53.1%が「職員と話ができること、自分の意見や希望を聞いてくれる大人がいること」と答えた一方で、「嫌だと思うこと」として18.8%が「職員に相談したり話をしたくても、いつも忙しそう」と答えました。

法改正に伴い、職員がこどもの希望に沿った支援をしたいと考えていても、入所定員の超過、職員不足、専門性を高める研修の不足などの課題から、十分に対応できないことに多くの職員が葛藤しています。また、日常業務に追われて、運営指針である一時保護ガイドラインの存在や内容を知らない一時保護所さえあります。

一方で、熱心な職員が多い一時保護所が心配な場合もあります。職員同士の不満や愚痴が蔓延していたり、理想を強い口調で説く職員がいたり、職員の熱心な思いに応えない児童に不満の矛先が向いたりと、職員のメンタルケアが必要な場合もあるからです。

いずれも、こどものトラウマを扱う現場ならではの問題であり、こどものトラウマが職員や組織全体に広がっていることがわかります。

高圧的な職員が評価される

ーー児童相談所では慢性的な職員不足が課題だと聞いています。

児童福祉司と呼ばれる職員は増えつつありますが、専門的なケアを担当する心理職がいない一時保護所もあります。私のような一時保護所の心理療法担当職員は、ほとんどが1年契約の非常勤です。児童心理司として都道府県に採用された心理職が一時保護所の業務をすることもありますが、数年で異動があります。

一時保護所の支援に特化した研究はほとんどないため、どのような支援が適切なのかを専門的に学ぶ機会を得られなかった職員が多く、個人の経験や職場の伝統を頼りにせざるを得ない状況です。大変な現場の中でそれぞれの職員が適切な支援のあり方を模索しなければならないことは大きな負担であり、問題だと思っています。

目の前のこどもの気持ちを受けとめたくても、他のこどもや職員が見ている中で反抗と挑発を何度も繰り返されるため、職員は力不足や無力感を感じる職員も少なくありません。もはや個人の思いだけでは通用しないレベルの問題がそこにはあります。

大人から暴力や暴言を受けた経験があるこどもは、似たような状況に置かれると思い出してフリーズし、静かになることがあります。このため、高圧的な職員のほうが現場を落ち着かせる能力が高いように見え、優秀な職員として評価されることがあります。職員の暴力が年長の子に連鎖し、より年少の子がまねしたがり、暴力が蔓延してますます管理的な一時保護所になっていく構図があります。

この悪循環を解消するには、一時保護所に特化した職員の研修プログラムを確立し、「こども中心の関わり」の実現に向けて頑張る職員がきちんと評価される仕組みをつくらなければなりません。

ーー阪無さんが開発した研修パッケージでは、どのように「こども中心の関わり」を学んでいくのでしょうか。

「こどもの声を聴きながら、こどもにとって最も善い支援とは何かを考え続ける大人が用いるケアの効果が高い関わり方」のことを「こども中心の関わり」と呼んでいます。

冷静な態度で問題を解決しようとする「解決的な関わり」、様子を気にかけて見守る「援助的な関わり」、境遇や思いを理解して認める「受容的な関わり」など7パターンの関わり方を分類していますが、その子が抱えている問題やそのときの心理状態によって効果的な関わり方が異なるため、どの関わり方をどのタイミングで用いるかが重要です。

資料提供:阪無勇士さん

研修では、ケーススタディやグループワークを通して、関わり方の効果と使い分けを学んでいきます。一時保護所の規模によって職員の経験値や対応能力はまちまちなため、施設間で職員を交代したり、実務経験の代わりにVR研修で疑似体験したりすることも必要だと思います。

私の研究では、一時保護所における専門的な支援スキルの実践度を自己評価できる分析シートをつくっています。また、客観的な評価としては、階層別の到達目標を設けています。例えば、勤続3年であれば「対応の難しい児童の支援ができる」、係長級になると「他の職員に適切な助言や指導ができる」などと、望ましい職員像を示しています。

「本当はこう関わりたかった」

ーー命に関わる環境からこどもを保護する重要な場所なのに、これまで専門的に学ぶ機会がなかったというのが驚きです。職員の方たちの反応は。

職員352人へのアンケートでは、9割の職員がこども中心の関わりについての研修を必要としていることが明らかになりました。何か特別に新しいことをするのではなく、これまでの関わり方の意味や効果を正しく理解したり、より効果的に実践するという点でも取り組みやすいようです。

研修を通して多くの職員は「本当はこどもにこういう関わり方をしたかったんだ」と思い出します。研修では、その関わり方がどんなときに効果を発揮するのかを整理するので、職員の自信につながります。

もし、忙しさや余裕のなさから関わり方を間違えることがあったとしても、その後に必ず受容的な関わりをすることで、関係性を崩すリスクが減り、信頼関係を取り戻すことができます。これは一時保護所の職員だけでなく一般の子育てをする人たちにも言えることです。親として正しくない態度をとったり、高圧的になってしまったりしたときは、この「こども中心の関わり」を思い出してもらえたらと思います。

ーー一時保護所は、保護されている短期間だけこどもが過ごす場所です。一時的な関わりであっても、こどもの長い人生に影響を与えることはできるのでしょうか。

どうせ2カ月で退所するのだからと、はじめから「回避的な関わり」を選択する職員もいます。確かに一時保護所で過ごす期間内だけで愛着形成をするというのは難しいかもしれません。ただ、こどもにとって愛着の対象は多いほどいいと考えています。いずれ児童養護施設や里親のもとで暮らすことになっても、自分の意見を聞いてもらえたことがあるという経験は自己肯定感を高めることにつながるはずです。

私はこれまで1000人以上の虐待を受けたこどもと関わってきました。「僕は悪い子なの」と笑顔で悲しんでいた幼児、些細な注意を受けただけで全身の服を脱ぎ捨て、正座で謝った小学生、寒い冬の夜に抜け出し、大人への不信感を泣きながら訴えた中学生、七夕の日に「家族がほしい」と描いた短冊を飾った非行の高校生、非行少年に土下座して謝った先輩職員......。こどもも大人も悲しい思いをしたいわけではなく、優しい思いを実現する方法がわからず苦しんでいるように思えます。そういう現実やひとりひとりの思いを、なかったことにしたくありません。

私は一時保護所が大好きです。一時保護所を「ひどい施設だ」と思う人も少なくないとは思いますが、それは一時保護所がもつ本来の機能が発揮されてこなかったためです。こども中心の関わりをテーマにした研修や実践を通して、一時保護所で素敵な大人との出会いをこどもに与えられたらと思います。

おんなじ目線で
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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