スマホは贅沢品ではない。友達とつながれない高校生に「当たり前」を届けたい

小林明子

高校生にとって、もはや必需品といえるスマホ。しかし、児童養護施設で暮らす高校生の10人に3人はスマホを持っていません。情報格差をなくすため、NPO法人「スマホ里親ドットネット」はスマホを無料で貸し出す取り組みをしています。児童虐待をなくす活動を続けているタレントの犬山紙子さん、坂本美雨さん、福田萌さんが、チーフスタッフの藤堂智典さんに取材しました。

スマホを使う女子高生
スマホは高校生の必需品になっている
Adobe Stock / Makizo

福田萌 「スマサト(スマホ里親)」とは、どんな取り組みなのでしょうか?

藤堂智典 児童養護施設や自立支援ホームなど、社会的養護のもとで暮らす中学生や高校生にスマートフォンを届けるプロジェクトです。

NPO法人スマホ里親ドットネットが通信会社と契約し、施設を通して子どもたちにスマホを貸与します。端末代や利用料金は個人や法人からの寄付で全額まかなうので、施設や子どもの負担はありません。施設を退所するときにスマホは返却してもらいますが、希望があれば買い取りもできるようにしています。

また、スマホを貸与するときには、「スマホ教室」を実施してITリテラシーの支援もしています。

これまで延べ43人の子どもにスマホを貸与してきましたが、施設や里親から相談を受けることも増え、貸し出すスマホを増やすためにクラウドファンディングを実施しています。

犬山紙子 どういった課題意識からはじまったのでしょう。

藤堂 私を含め、スマホ里親ドットネットのメンバーは包括的な相談支援事業に携わっており、社会的養護の子どもにも出会ってきました。そして、スマホを持ちたくても持てない子どもたちを数多く見てきました。

2018年から2019年にかけて首都圏の児童養護施設85施設に調査したところ、入所している高校生のうちスマホを持っている生徒は69.3%でした。

内閣府の「令和2(2020)年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」によると、高校生全体のスマホ所持・利用率は約98%でしたから、ほとんどの高校生がスマホを使ってLINEなどでコミュニケーションしているのに対し、施設で暮らす子たちの中にはそれがかなわない子がいるのです。

高校生のスマホ所持率
出典:スマホ里親ドットネット

約9割が全額自己負担

藤堂 一般的には、親が子どもにスマホを買い与え、学生のうちは通信費の全額または一部を払っているのではないでしょうか。さらに、家族割などの割引プランもあります。

一方、社会的養護のもとで暮らす子どもたちは、親から虐待を受けていたり貧困を抱えていたりといった背景があるため、実の親からの援助を期待できません。

調査では、児童養護施設でスマホを持っている高校生の場合、契約名義人は「高校生本人」が65.5%。利用料金を全額自分で支払っている高校生が87%いました。

また、約半数の施設が「施設内にWi-Fi環境がない」と答えました。この場合、インターネット通信費が別にかかることになります。

児童養護施設のWi-Fi環境
出典:スマホ里親ドットネット

藤堂 厚生労働省は2022年10月、国などが施設に分配している「措置費」からスマホの端末代や利用料金を支出してもよいとする指針を出しました。ただし、措置費が増額されたわけではないため、食事や洋服、学用品など生活にかかる費用全般からスマホ代を捻出するかどうかは、施設ごとの判断になります。

このため、高校生本人がアルバイトをしたり、預貯金や児童手当を切り崩したりして、「自分で利用料金を払えるのであればスマホを持ってもよい」というルールを設けている施設も少なくないのが現状です。

授業を受けられない

犬山 スマホは電話機能にとどまらず、外出するときの地図や調べものにも必要ですし、高校生にとっては学習のツールでもありますよね。アルバイトや就職先を探すときにもスマホがなければ情報にアクセスできません。

藤堂 戦後すぐにできた児童福祉法に基づく制度なので、こんな世の中になるとは思いもよらなかったんでしょうね。

さらにコロナ禍では、出欠席や検温、健康観察をアプリを通して学校に連絡するようになり、授業がオンラインになったり、宿題や小テストをオンラインで提出させたりした学校もあります。Wi-Fiが整備されていない施設や共用のPCしかない施設もありますから、スマホがなければ学習に支障をきたします。

坂本美雨 スマホが生活の必需品であるという認識が社会全体で共有されていませんよね。電話は必要だけどスマホは贅沢品だという価値観も根強くあるように思います。なぜスマホでなければいけないのかということを、もっと伝えていく必要がありますね。

スマサト取材の様子
「スマホ里親ドットネット」の藤堂智典さん(左上)、福田萌さん(右上)、犬山紙子さん(左下)、坂本美雨さん(右下)
OTEMOTO

遊ぶ約束を断る

藤堂 社会的養護の子どもは、一般家庭における「当たり前」の生活を送れなかった子たちです。施設に入ってもなお「当たり前」を享受できていないんです。

40人のクラスの中で自分だけスマホを持っていないーー。もちろん不便ですし、せつない思いもしています。

例えば、友達に「遊びに行こう」と誘われても、学校の外で連絡がとれないので「用事があるから」と断っている子もいます。

ある高校生は野球を頑張っていますが、そのためアルバイトができず、スマホを持つことができません。素振りのフォームを動画撮影して監督に送るように言われても、一人だけそれができない。試合の集合場所が変更されたという連絡を受けられず、自転車で数十分かけて学校に行ったのに誰もいなかったという経験もしています。

私自身、7歳のときに父親を交通事故で亡くし、母親が内職をしながら育ててくれました。

当時流行っていたファミコンを、母親は息子が肩身を狭い思いをしないようにと買ってくれました。でもカセット(ソフト)が少なく、友達の話についていけなかったりバカにされたりしたので、「俺はゲームなんかするより外で遊ぶほうが好きだし」なんて強がっていたんですね。

スマホがないから遊びの誘いを断っているという子どもの姿がかつての自分と重なるのも、スマホを届けたいという思いにつながっています。

坂本 基本的人権に関わることだと感じます。社会的に弱い立場の人たちは情報弱者でもあることが多く、国や自治体からの支援情報にもたどり着けないことがあるので、やっぱりスマホは必要不可欠だと思います。

スマサト
スマホを渡すときに使い方やITリテラシーを説明している
スマホ里親ドットネット提供

失敗は大人がいるうちに

犬山 SNSを通じて「闇バイト」の勧誘が横行するなど、スマホのリスクにも注目が集まっています。トラブルなど心配な部分もありますよね。

藤堂 基本的には子どものプライバシーを尊重しますが、トラブルがあればもちろん大人が介入します。

これまでには、見知らぬ大人とお金をやりとりする約束をしてしまったり、「荷物を届けました」というSMSが届きIDやパスワードを入力させられたりしたケースがありました。スマホを貸し出すときには使い方を教えると同時に、こうした事例を施設と子どもに共有し、ITリテラシー教育をしています。

福田 Twitterで「高額」「バイト」で検索すると闇バイトの募集につながるかもしれないと知っているだけでも未然に防げる可能性があるので、早いうちにスマホやそれに関わる情報に触れておくのは必要ですよね。

犬山 LINEでも最初は作法がわからず友達と不要なケンカをしたりもするけれど、使っていくうちに学びますよね。心配だから遠ざけるのではなく、リテラシー教育をしたうえで渡すことが大事ですね。

藤堂 「子どもの権利条約」は、間違いや失敗も成長過程における大切な要素だとしています。失敗から学ぶことは大人になるうえでの重要なプロセスですから、その機会にアクセスできることは大事な権利だと思います。

厳しく管理して問題を起こさせないという考え方もありますが、職員や里親に支えられている間なら、失敗したとしても大人も一緒に対応を考えることができるので、一人で悩まずに済みます。

犬山 スマホには危険があるといいますが、その危険は大人が生み出しているものですよね。闇バイトも性犯罪も、子どもを巻き込む大人が悪いのに、そのせいで子どもが行動を制限されるのは理不尽ですし、大人として申し訳ない気持ちです。

スマサト
スマホ里親ドットネット提供

ほしいと言えるように

藤堂 子どもたちにスマホを届けると、キラキラした目で「スマホがきた!」と喜んでくれます。「社会のさまざまな大人の支援によってこのスマホを届けたんだよ」と言うと、驚いた表情をされることもあります。

犬山 私は「スマホがほしくてたまらない子ども」をイメージしていたんですが、児童養護施設出身のモデルの田中れいかさんによると、施設の子どもたちは「どうせ望んでも無駄だ」とあきらめていて、ほしいものをほしいと言わない傾向があるということでした。子どもが子どもらしくいられないのは悲しいです。

藤堂 社会的養護の子どもたちの多くは、親から愛情を受けられず、「どうせ誰も助けてくれない」「世の中は信じられないものだ」といったいわゆる「学習性無力感」を抱えています。

施設からは進学する子も少ない環境で、さまざまなことをあきらめながら生活しています。アルバイトをするために部活や勉強をあきらめなければならないのもその一つです。

ですから、スマホの部分を支援することで、部活をしたり望む進路について考えたりと、その子にとって充実した高校生活を送る手助けになればと思います。

スマホを貸与している子どもたちの声

・スマホを持っていないことによってクラスで浮いてしまう事態を避けられてとても安心しました(16歳女子)

・吹奏楽部に入りました。コロナでみんなと練習できなかったときに、スマホがあったおかげで動画を見ながら練習できました(17歳男子)

スマホ里親ドットネットのサイトより一部編集

福田 スマホ里親は、個人で寄付をすることで子どもにスマホを届けることができるんですね。里親に関心がありつつもいざ自分でできるかとなるとハードルが高いですが、スマホだけの里親ならできそうです。

犬山 端末などは企業の支援があるとよさそうですね。子どもたちを応援しているよという意思表示にもなりますし。

坂本 子どもの選択肢を増やし、世界を広げる取り組みなので広まってほしいです。ただ、こうした支援は民間の努力に頼るのではなく、行政にも向き合ってほしいです。

藤堂 そうですね。子どもたちがスマホを持てるようになり、「スマサト」が不要になって解散することが私たちの目標です。

子どもの身近にいる大人としては、スマホに限らず、困ったことが起きたときに気軽に相談できる信頼関係を築いていきたいと思います。

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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