軽井沢でつくるブランドトマトが起こす働き方革命。「売らない農業」を探求する2代目の真意
体力仕事で、休みがなく、天候に左右され、儲からないーー。農業のネガティブなイメージを一新する新時代の野菜づくりを、長野県軽井沢町の「柳沢農園」が実践しています。その挑戦は約20年前、栽培する作物を選ぶところから戦略的に始まっていました。
長野県軽井沢町の「軽井沢発地市庭」は、地元の人だけでなく観光客でもにぎわう農産物直売施設。その日の朝に採れたばかりの新鮮な野菜や、つくり手の名前が書かれた加工品が並びます。
人気商品の一つが、近くにある柳沢農園がつくるトマトジュースです。高糖度トマト100%のジュースのほか、透明に濾した「クリア」や、自家栽培の有機ビーツを混ぜたものもあります。
静岡県で生まれた高糖度トマト「アメーラトマト」を長野県で初めて栽培したのが、柳沢農園でした。2代目の柳沢領吾さんはこう話します。
「アメーラトマトの栽培は決して簡単ではありませんが、おいしくて栄養価が高く、高品質。おかげで、つらくない農業のスタイルを確立できたとも言えます」
父が見つけた解決策
柳沢さんは軽井沢町出身。高校卒業後に町を離れましたが、父親の誘いで町に戻り、農園を継ぐことにしました。
「父はもともと高原野菜のレタスやキャベツを生産していましたが、朝早くて休みがない仕事なのに野菜の売値は安く、これでは継がせるのは現実的ではないと考えていたんでしょう。ヨーロッパに勉強に行くなどして、栽培に適した作物を探していました」
そして父親が出会ったのが、静岡で栽培が始まったばかりのアメーラトマトでした。「これから伸びるんじゃないか」。父親にアメーラの栽培を一任される形で2005年、柳沢さんは農業を始めることになりました。
新しい農業を探求する
柳沢農園では現在10人のスタッフがアメーラトマトの生産管理を担当し、きちんと休日がとれる勤務体制のもと、トマトジュースやジャムなどの加工品もつくっています。
「アメーラが軸にあり、その周辺でたとえ最初は儲からなくてもさまざまな事業に挑戦する。これも広い意味で、循環型農業の一つのかたちだと思っています」
「売らない農業」を目指す
柳沢さんは「新しい農業のかたちを探求する」をコンセプトに掲げています。それは、農業のやるせない現状を変えたいという思いからだといいます。例えば、野菜の価格。
「野菜の値段はめちゃくちゃ安いですよね。僕らは法人なので、この売上で社員やスタッフを幸せにできるのかと不安になりますが、そもそも個人の農家さんは人件費を経費に算入していなかったりする。本来ならその値段では元が取れていないはずなんです」
野菜の生産現場を知ってもらいたいし、自分たちもお客さんのことを知りたい。そう考えて観光農園を始めたこともありました。農園を訪れた人が摘み取った野菜やハーブをキッチンカーでサラダやトルティーヤに調理して食べてもらう取り組みでしたが、本業である農作業と両立することが難しくなり、断念しました。
観光農園の失敗を糧に、野菜の価値がもっと上がるような伝え方をしたいと、2022年に柳沢農園がプロデュースするレストラン「Jord Y farm kichen」をオープンしました。アメーラトマトをはじめとする自家農園の野菜を使った料理を提供しています。
野菜を農園からレストランに提供するだけでなく、逆もあります。レストランで生じた野菜くずなどのロス部分を農園に持ち帰って土に還し、再び野菜を育てているのです。
「アメーラトマト以外の野菜をすべて、加工品にしたりレストランで料理したりして自分のところで消費するようにすれば、つくり手の思いを直接、消費者に届けることができます。また、自分で価格を設定できるので、むやみに野菜の価値を下げずに済みます。目標は『売らない農業』です」
軽井沢ならではのニーズ
柳沢さんは、かつて父親がしたように、栽培しやすい作物を探すことで農業の働き方改革にも挑戦しています。
観光客が多い軽井沢ならではのニーズを汲み取り、エディブルフラワーやハーブ、スプラウトなど、見た目が華やかな野菜をミックスしたサラダセットをホテルやレストランに提供しています。
「珍しい野菜は、一般的な野菜よりも高価値で取引できます。また、水やりの手間がかからなかったり、腰をかがめず立ったままで世話ができたりすることも考慮しています」
「移住してきた人たちが軽井沢ブランドを使っておもしろいことをしているのを見ると、軽井沢出身者としては負けていられません」
2024年7月26日には、2軒目のレストランを軽井沢安東美術館にオープンしました。農園と食卓、つくる人と食べる人をつなぐ拠点となるよう、柳沢さんの探究は続きます。