「海を見たことがない」 楽しいはずの夏休みに、悲しむ子どもがいる

小林明子

海水浴やキャンプ、旅行など、多くの子どもたちが夏休みのお出かけを楽しみにしています。だからこそ、家族とお出かけできない子どもたちは、寂しさをよりいっそう募らせることになるのです。この「体験格差」をなくそうと、NPOと企業が乗り出しました。

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが2022年10月、小学生の子どもがいる保護者2097人を対象に実施した調査によると、世帯年収300万円未満の家庭の子どもの約3人に1人が、1年を通じて学校外の体験活動を何もしていないことがわかりました。学校外の体験活動をしていない子どもの割合は、世帯年収600万円以上の世帯の約2.6倍にもなっていました。

「#夏休み格差をなくそう プロジェクト」
出典:「#夏休み格差をなくそうプロジェクト」 記者会見資料

学校外の体験活動とは、習い事やスポーツ、文化体験、旅行などのこと。この調査から明らかになったのは、家庭の経済状況による子どもの「体験格差」です。特に学校がない夏休みは、遊びに行ける子と行けない子の格差が大きくなるのです。

「真っ白な絵日記の前で、寂しい思いをしている子どもたちがいます。『どこにも行きたくないから安心して』という子どもの気遣いに負い目を感じる母親たちがいます」

認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹さんは、ひとり親家庭を支援する活動の中で、この「夏休み格差」を解消する必要性を感じたといいます。

「これまでも食料品の提供などはしてきましたが、困窮している子育て家庭が真っ先に削るのが、遊びや外出にかかる費用です。子どもにとって遊びは『心の栄養』です。『海を見たことがない』『キャンプに行ったことがない』という子どもたちに体験の機会を提供したいと考えました」

釣りの様子
家庭の事情によって、夏休みに子どもができる体験に差が生まれている
Adobe Stock /  godfather

1回のおでかけに1万円以上

フローレンスは2023年7月12日、「#夏休み格差をなくそう プロジェクト」をスタートし、記者会見を開きました。

プロジェクトのパートナー企業として、遊びの予約サイト「アソビュー」、日本航空、日本生命、日本テレビなど計8社が体験クーポンやプログラムを用意し、全国1000世帯に提供するというものです。クーポン費や運営費として個人や法人の寄付を募っています。

出典:「#夏休み格差をなくそうプロジェクト」 記者会見資料

アソビュー株式会社代表執行役員CEOの山野智久さんによると、アソビュー会員の平均お出かけ回数は年間23.5回。年間を通して週末のうち半分ほどはお出かけしている計算になるといいます。

また1回のお出かけの平均単価は1万3409円で、年間で約30万円を遊びや体験に使っていることがうかがえます。

「核家族化や近所のつながりが少なくなったことで、昔なら無料でできていた体験が、お金をかけないとできなくなってきています。そのために、家庭の経済格差による体験格差が大きくなっているのです」

夏休み格差をなくそうプロジェクト会見
「#夏休み格差をなくそう プロジェクト」の記者会見
OTEMOTO

飛距離をお金で買う

一流アスリートによる個人指導を提供する「ドリームコーチング」の一環で「かけっこ教室」を提供するという日本テレビ。社長室新規事業部の新谷保志さんも「いまは運動も有料で体験するものになってしまいました」と話します。

「放課後に公園で友達と野球やサッカーをする子どもの姿がなくなり、数千円を超える月謝を払ってチームに入らなければスポーツができない地域もあります。ユニフォームや道具にもお金がかかり、少年野球の金属バットは3万円から4万円するものも。親の間では『飛距離をお金で買う』という言葉が普通に飛び交うほどです」

「経済格差は運動格差になり、健康格差にもつながりかねません。子どもの頃の運動を、経済的な理由であきらめてほしくありません」

走ることは他のスポーツに比べて出費が少なく、いつでもどこでもひとりでも取り組めることから「かけっこ教室」を通して陸上に触れてほしい、と提供を決めたといいます。

ただ新谷さんは、運動格差をなくすためには別の課題もあると言います。

「子どもの送り迎えや水分補給が当番制になっているチームもあり、親が週末に動けなかったり車がなかったりすると、子どもを参加させづらいこともあるんです」

さまざまな「余裕のなさ」

慶應義塾大学総合政策学部教授の中室牧子さん(教育経済学)も記者会見でこう指摘しました。

「困窮している家庭では、子どもの体験に経済的な投資ができないだけでなく、親の働き方によっては『時間投資』ができないという問題もあります」

駒崎さんは、このように話しています。

「子どもを遊びに連れていけないのは、お金の問題だけでなく、時間や精神的な余裕などさまざまな要因が折り重なっています。親が連れて行くことさえままならないケースに関しては、このプロジェクトはまだ力不足です」

「このプロジェクトがきっかけで、夏休みがリスクになる子どもたちがいることが広く知られることで、児童館など公的な施設でのプログラムの充実や、行政の支援を拡充する議論につながることを期待しています。すべての子どもたちが遊びから疎外されない社会にしていきたいです」

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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