過去の自分を救えなくても、未来の子どもを助けたい。虐待から生き延びた若者70人が映画で声をあげた
子どものころに虐待や貧困を経験した若者たち70人が、生きづらさを言葉にしたドキュメンタリー映画「REAL VOICE」が全編無料で公開されています。顔を出した人、背中で訴える人。語ることを決めた若者たちの思いとは。
厚生労働省によると、2020年4月から2021年3月までの1年間で虐待によって亡くなった子どもは全国で77人。5日に1人の子どもが命を奪われたということになります。
児童虐待を経験した若者たちのドキュメンタリー映画「REAL VOICE」に出演した人の中には、死と隣り合わせの状況からかろうじて生き延びた人もいます。親から殴られたり、食事をもらえなかったり。虐待を受けていることを周りの大人に相談しても取り合ってもらえなかった人や、気づいてもらえずに自力で生き抜いた人、相談できずに悩み続けた人たちがいます。
食事はワカメと湯
アヤさん(21歳、仮名)は貧困家庭に生まれ、乳児院と児童養護施設に預けられ、6歳で家庭に戻りました。母親が昼夜問わず働いていたため、アヤさんが食事を作り、下のきょうだいの面倒をみていました。味噌がなくワカメを戻した湯を飲むような生活で、電気やガス、水道もしょっちゅう止まっていたといいます。
阿部紫桜さん(20歳、仮名)は小学2年生のときに東日本大震災で被災。母親の実家に身を寄せた後、母親のパートナーから身体的な虐待を受けました。一時保護、家庭復帰、殴られてまた一時保護されることを繰り返し、「たたかれたと嘘をついてごめんなさい」と謝罪を強制されて動画を撮影されたこともありました。
2人の中学時代は、いずれも一般的な中学生とはほど遠い環境でした。アヤさんは夜に働かざるを得なくなり、うつ病とパニック障害が重症化して入院。紫桜さんは児童心理治療施設(心理的な問題により社会生活に適応することが困難な子どもが暮らす施設)に入所しました。映画は、アヤさんが過去を振り返る証言と、紫桜さんの現在進行形の家族との関わりを中心に進んでいきます。
また映画では、若者たちが顔を出して、あるいは後ろ姿で、虐待の経験を通して感じたことや、虐待を受けている子どもたちへのメッセージを一言ずつ語っています。
「ひとりの人間として子どもと向き合ってほしい。完璧な親じゃなくていい」
「小学生のときに校長先生が気づいてくれて救われた。学校ももっと生徒のことを気にかけて」
「家に帰らない子どもを非行だと決めつけないでほしい」
「生きづらいと感じても、輝ける場所は必ずある」
生き延びた人生を知ってほしい
この映画は、自身も生後4カ月から19歳まで乳児院、児童養護施設、自立援助ホームで育った山本昌子さんが企画・監督をつとめています。
山本さんは、児童養護施設出身者を支援する「ACHAプロジェクト」を主宰。活動を通してつながった若者たちの多くが、虐待のフラッシュバックやパニック障害などの後遺症に苦しんでおり、そのせいで仕事に支障をきたしている人もいます。また、親との関係に悩み続けている人や社会の偏見を恐れている人もおり、「虐待は大人になっても終わるわけではない」と強く感じたといいます。
「子どもの命が奪われる悲しい事件に瞬間的にスポットを当てるだけでなく、かろうじて生き続けてきた子たちのその後の人生を知ってほしい」
そんな思いから全国の当事者に出演を呼びかけ、北海道から沖縄まで32都道府県に撮影に出向きました。撮影資金はクラウドファンディングで募りました。
2023年4月12日に東京・六本木であった完成披露上映会には、支援者ら約570名が参加。涙を浮かべながら完成した映画を見守る当事者の姿もありました。
誰かのためになる瞬間
虐待で苦しんだ時期やその後の人生を言葉にまとめるのは簡単ではありません。5秒から10秒のメッセージを撮影するために4時間ほど話を聞くこともあったといいます。途中で意向が変わり、出演を取りやめた人もいました。
山本さんは、葛藤や苦労がありつつも撮り続けた理由をこう語ります。
「親から理不尽に殴られた理由はいくら考えてもわかりません。虐待された経験を私たちが肯定できるのは、それが誰かのためになる瞬間しかないのです。過去の自分は救えなくても、未来の子どもたちにつなげたい。そんな強い思いをもって協力してくれた当事者の声を、この映画を通して多くの人に届けたいです」
映画「REAL VOICE」は期間限定で無料配信中。無料上映イベントも予定されています。視聴と詳細はサイトから。
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