なぜ給食を残してはいけないの?完食指導はいま。「こどもに新しい味を知る喜びを」
全国の自治体で公立小中学校の給食費無償化が進む中、物価高騰によって給食の量、栄養、味を維持することが難しくなっている地域もあります。食べ残しが少ない「日本一おいしい給食」を目指して徳島県神山町内の給食づくりを担当する元小学校教員に、令和の給食事情について聞きました。
ーー樋口さんは小学校教員を14年間つとめた後、NPOで食農教育や給食づくりに携わっています。最近の小学校の給食事情について教えてください。
私はもともと神奈川県の公立小学校で教員をしていました。私が小学生だったころは給食を残さずに食べさせる完食指導が厳しくて、掃除の時間になっても泣きながら食べている子がいましたが、教員になってからはそこまで強く指導をしている教員を見かけたことはありません。それでも給食の時間も指導の一環ですから、教員として給食と向き合っていました。
給食の時間は準備から片付けまで45分間の学校がほとんど。時間内に食べ終えられるようこどもたちに声をかけて回るので、教員は座る暇もないほどの慌ただしさです。私は料理をつくったり食べたりするのが好きなんですが、それと比べて給食は栄養を摂取する単なる手段のように思えてきて、給食を食べられなくなってしまった時期がありました。
こどもたちには食べることを嫌いになってほしくなくて、教員を辞めて食に関わる仕事を始めようと決めました。
ある研修で「こどもは苦味や酸味を受け入れづらいため苦手なメニューがあるけれど、生涯にわたって食べられないわけではない」と聞いたことがあります。給食以外の食事でも栄養を摂ることはできますから、給食を無理して食べるよりも楽しく食べる経験をしたほうが、長い人生を通しての食生活は豊かになると思います。
そんな思いで食の領域に総合的に携わりたくて2016年、徳島県神山町で官民共同で設立された「フードハブ・プロジェクト」に入社。同社から2022年3月にNPO法人「まちの食農教育」を立ち上げ、町内の小中学校で栄養教諭と連携しながら食農教育を実践しています。2023年4月に開校した全寮制の私立高専「神山まるごと高専」の給食づくりにも関わっています。
まさかこんな形で改めて給食に関わることになるとは思ってもいませんでしたが、給食づくりでは生産、調達、流通、料理など食の課題の全体像を見ることができるので、給食って奥が深いなと感じています。
ーー厳しい完食指導は減ってきたものの、フードロスなど残食の問題には注目が集まっています。教室ではどのようにバランスを取っているのでしょうか。
担任教員の指導方針が給食にも影響していることが多いと感じます。高圧的な完食指導は、食べることを苦手にさせてしまう可能性があります。逆に、教員が無関心だったり多忙だったりすると、残食が極端に多くなるクラスもあります。
大人と同様、こどもの体調やおなかの空き具合は人それぞれ違います。クラス全員に同じ量を配膳するのではなく、自分が食べられそうなぶんだけ盛り付けるようにすると、こども自身が必要な食事量がわかるようになり、体調管理もできるようになります。また、こども同士がお互いの体調を思いやることにもつながります。
自宅で食べる量と、学校で食べる量が異なる子もいます。家よりもがんばってたくさん食べようとする子、初めての食材に挑戦してみようとする子、こだわりが強くて一つの食材しか食べようとしない子など、食べ方には個性が表れます。もしくは、自宅できちんと食事ができていないというサインに気づけることもあります。保護者面談などでは、担任と家庭が給食の時間の様子も情報共有できるといいと思います。
ーー文部科学省の2023年度の学校給食実施状況調査によると、給食を自校で調理している小学校は46.4%。過半数の小学校では学校給食センターなどから調理済みの給食が運ばれています。「冷たい」「味がよくない」というのも残食の背景にあるようですね。
自校調理であれ学校給食センターの調理であれ、学校と連携して給食を改善していくのが理想です。神山町の学校給食センターでは、調理スタッフが残食の状況を見ながら同じ食材でもおいしく食べてもらえるように調理法を工夫したり、こどもたちが育てた野菜を献立に取り入れたりしています。
各学校では、栄養教諭が献立づくりの工夫を教員や児童に共有したり、栄養摂取の必要性を伝えたりすると、残食量にも変化が表れるはずです。
こどもの「嫌い」にはいくつか種類があります。食べたことがあるけれどどうしても身体が受け付けない場合もあれば、食べたことがないからわからない、いわゆる「食べず嫌い」の場合もあります。それを見極めるためにコミュニケーションをとることが大切だと思っています。
身体が受け付けない場合は、無理して食べさせる必要はないと考えます。食べたことがない場合は、「一口だけ食べてみたら」と声をかけてみてください。「◯◯によく似た味だよ」と食べた経験がある食材に置き換えて表現したり、大人がおいしそうに食べて見せたりして、こどもが安心して食べられる環境をつくっていけるといいですね。
食べたことがないものが食べられたという経験は、こどもにとってもうれしいもので、成長の一歩です。アレルギーや誤嚥(ごえん)は命に関わりますから、責任問題に発展することを恐れて慎重になる学校もあります。それでも、こどもが新しい味を知る貴重な経験を大人がみすみす奪わないように、前向きに関わっていきたいものです。
私は小学生のとき、徳島の郷土料理である「そば米汁」を給食で食べて感動し、母につくってもらったことがあります。郷土料理や海外の料理を給食に取り入れる試みは増えており、こどもが地域の食文化や多様な文化に触れる機会にもなっています。
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— 政府広報オンライン (@gov_online) April 17, 2024
あなたの思い出の給食はどれ?🍚
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今、給食を食べているこどもたちと、お父さん・お母さん世代、おじいちゃん・おばあちゃん世代とでは、慣れ親しんだメニューが異なります。みなさんの思い出に残っている給食メニューを年代別に紹介!https://t.co/EQllpIbPXz@MAFF_JAPAN pic.twitter.com/NO9nVvnrmN
政府広報のXのポストには「今の給食はこんなに豪華じゃない」「うちの子は足りないと言っている」といったリプライが多数ついた
給食に期待しすぎない
ーー先の調査から小学校の給食費を試算すると、1食あたり約269円になります。物価高騰の影響で、品数や栄養バランスに乏しい献立を見かけることがあります。一方で、困窮家庭などでは、給食がない長期休みにはこどもの栄養不足が心配だという声もあります。
予算内に収めるために食材の質を落とすという発想ではなく、こどもたちに良質な食材を提供するために予算をどう確保するかという方向に、大人の認識を変えてほしいです。
ただ、1日3食とした場合の年間1095回の全食事回数のうち、給食は150〜200回くらいで2割に届きません。給食が充実しているにこしたことはありませんが、こどもの成長のためには、残り8割の食事をどのように充実させていくかも大切です。給食に批判を向けるだけではなく、総合的に考えていきたいです。
ーーコロナ禍では、給食の時間に会話が禁じられ、全員が前を向いて食べる「黙食」でした。ルールが緩和された今、給食の時間を楽しくするためにどんな工夫がされているのでしょう。
給食の時間に何を重視するかは担任の先生の考え方によるところが大きく、楽しくしゃべって会食のような雰囲気にするクラス、「黙食」をそのまま続けているクラス、音楽や映像を流すクラスなど、さまざまです。
低学年のころは、おしゃべりに夢中になると咀嚼が進まないので、食事に集中する「もぐもぐタイム」をつくる先生もいます。テーマを決めてみんなで話したり、ランチルームに集まって他学年と交流する時間にする学校もあります。
小さな身体に大きなおたまをもって一生懸命おかずをよそっていた1年生が、だんだん体格が大きくなり、配膳を効率的にできるようになり、たくさん食べられるようになる姿には感動させられています。食べることを通してさまざまなことを学べるのが給食の意義ですが、やはり食べることの楽しさを経験してほしいと思います。
こどもは大人をよく見ています。大人がおいしく食べる姿を見せたり、食材に興味をもつ話をしたりして、食べることの楽しさや喜びをたくさん伝えていきたいです。